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最近ちょっとお疲れ気味

堤未果「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)

2008-01-28 23:06:49 | 読書
 堤未果「ルポ 貧困大国アメリカ」(岩波新書)を読みました。

 著者はアメリカの大学を卒業後、アメリカで就職、勤務している中で.11のテロを体験をした後、ジャーナリストとなった方です。彼女は、ローンの破綻で家を失った人や、高額な医療費を払えずまともな治療が受けられない人、ハリケーンで家を失い人間として最低の生活を強いられている人、貧困故に過酷かつ危険なイラクへ出稼ぎに行かざるを得なくなった人などなど、様々なアメリカの経済弱者やNGOなどに対して丹念にインタビューを重ね、このルポをまとめています。アメリカにも貧困層は多いとは知識では知っていたつもりですが、彼らの置かれた絶望的な状況と、そのような状況にある貧しいアメリカ人の数の多さははるかに私の想像を超えていました。
 たとえば、アメリカでは低収入の家庭の子供たちは、収入の水準によって学校で割引給食(国から一部補助が出る)または無料で給食を受けることができる「フードプログラム」という制度があるのですが、このプログラムに登録した生徒数は全米で実に3,002万6,000人にものぼります。人口約3億人の大国とはいえ、この数はとても世界一豊かな国とは言えない数字であると思います。

 さらに衝撃的であったのが、そうした弱者の群れが、民営化の名のもとで軍産複合体の巨大ビジネスの食い物になってしまっている、というおぞましい現実です。
 儲けを最優先する民営の医療保険は高額で、多くの企業は負担できません。このため企業が負担しきれない部分は個人が支払うことになるのですが、その負担は経済弱者にとってあまりに高額です(盲腸の手術でたった1日入院するだけで個人負担が1万2000ドル!)。医療機関も競争原理が導入され、投資家を満足させるために効率が重視するあまり、医療サービスは大幅に低下しています。
 民営化されたのは医療という「命の現場」だけでなく、「教育の現場」も同様です。アメリカは階層社会で、大学卒業の資格がなければ条件の良い職業に就くことは難しいのですが、大学の学費は高額です。このため巨額なローン負担を抱える学生が多いのです。そしてそのような学生に「手をさしのべている」のが軍なのですが、入隊してもローン負担はなかなか減らずに、イラクの前線に送られるという厳しい現実があります。そしてアメリカでは戦争すら民営化が進んでおり、イラクのような戦地においても物資の輸送業務などは民間会社にアウトソーシングされています。そこで自爆テロなどに怯えながら丸腰でトラックの運転手や倉庫の作業員などとして働いているのは、医療費の負担などで貧困層に転落したアメリカ人と、ネパールなどアメリカよりも貧しい国々の人々なのです。

 こうした状況について、彼女がインタビューしたある人権NGOのスタッフは以下のように述べています。
 
(以下引用)
「もはや徴兵制は必要ないのです。」
「政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためでなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちはその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです。」
(引用終わり)

 悪夢であるとしか思えません。

 日本は実は社会主義国家だとよく言われてきました。グローバリゼーションの中で日本経済が活力を維持していくには法人税の引き下げだ、役所の仕事の民営化だと主張されています。私も日本の行きすぎた平等主義や硬直的なお役所仕事には辟易しますが、企業として担うべきコストをいたずらに国民に転嫁したり、国が本来担う領域まで経済原理に委ねようという政策は、こうしたアメリカの例を見るまでもなく危険だと思います。
 人件費、土地、水、電力、などコストの高い日本がグローバリゼーションの中を生きていくには、コスト(中でも人件費)を下げるしかない、という発想はそもそも安易に過ぎる思います。多少コスト高であっても世界市場から求められるような、魅力ある、高付加価値な財とサービスを生み出していくことこそ、これからの日本の課題でしょう。そして、そのための企業の努力をバックアップし、各種のインフラ整備(たとえば社会福祉制度も、安心して働くことができるための産業インフラの1つだと思います)を進めていく政策が政府に求められているのではないかと考えます。