クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

片葉の葦 ―小埼沼伝説(2)―

2006年05月16日 | 奇談・昔語りの部屋
これは埼玉県行田市の「小埼沼」に伝わるもうひとつの奇談です。
その名も「片葉の葦」。

いまは昔、村には仲の良い夫婦が暮らしていました。
妻は「おさきさん」といって片目が盲目でしたが、
気立てがよく働き者で、初めての赤ん坊をもうけたばかりでした。

ある日のこと、おさきさんはまだ生後間もない赤ん坊を背負い、
畑仕事に出掛けます。
畑は小埼沼の近くで、
おさきさんは赤ん坊をあぜ道に置いて仕事を始めました。

額に汗して働き、ひと休みしようとしたときです。
手の甲で汗を拭いながらふとあぜ道に視線をやると、
赤ん坊の姿がありません。
おさきさんは手にしていた鎌を放り投げます。
その場に駆け寄って辺りを見回しましたが、
可愛い赤ん坊の姿はどこにもないのでした。

するとそのときです。
小埼沼の中ほどで、
赤ん坊がプカリと浮かんでいるのが見えました。
おさきさんは慌てて沼に飛び込みます。

彼女はその不自然さに気が付かなかったのでしょう。
波が立ち、沼の水面が揺らぎます。
赤ん坊の姿もゆらゆら歪むと、音もなく消えてしまいました。
おさきさんはハッと空を見上げます。
そこには大きな大鷲が木にとまっていました。
その足にはおさきさんの赤ん坊が……。

沼に浮かんで見えた赤ん坊は、
実は鷲にとらえられた姿を映したものだったのです。
おさきさんは「あっ」と声を上げました。
すると次の瞬間、沼の深みに足を取られます。
慌てて手足をバタつかせましたが、
うまく泳ぐことができません。
悲鳴を上げるも虚しく辺りに響き渡り、
ついには沼の底へと消えてしまいました。

それからというもの、
小埼沼に生える葦は不思議なことにみな片葉ということです。
沼に消えていったおさきさんの一念がそうさせるのか、
そこに棲む蛇や蛙の片目も潰れているとか……。

現在の小埼沼は小さな窪地しかありません。
『忍名所図會』や「埼玉沼並尾崎沼邊之圖」(『新編武蔵風土記稿』所収)には、
かつて水を湛えていた頃の光景を絵に留めています。

その図に見えるのは、石碑とおぼしきものと大きな1本の木。
おさきさんの赤ん坊をさらった大鷲は、
この木にとまっていたのでしょうか。
絵の小埼沼はさほどの大きさではなく、見た目は穏やかですが、
「おさき姫」や「片葉の葦」のように、
悲しい話をいまに伝えています。

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1 コメント

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Unknown (はに丸)
2017-07-28 01:05:46
三ヶ尻の千手観音が出現した池の魚も片目で、観音菩薩の眷属だとされています。
小埼沼の片葉の葦と片目の生き物の話しは聞いたことあります。
魚は池の周りを列をなしてグルグル廻るので、葦の葉などで片目を傷つけるのでみな片目になってしまう、と何かの本に書いてありました。

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