冬の陽だまり 夏の木かげ

宮澤賢治じゃないけれど、ソウイウモノニワタシハナリタイ !
旧ブログタイトル 「 アラ環の人生立て直しプログラム 」

共感と相互作用

2017-05-21 10:00:00 | 友人
Kさんとは、ほとんど奇跡的な出会いでした。
普通に考えたら、出会うはずのない人です。

お互い大きな苦しみを抱えて、ここまで生きてきました。

Kさんの生い立ちにまつわる苦しみは、
ブログ 『 ねこなんて大っ嫌い 』 のポンままさんに近いのですが、
今の状況が、私と酷似しているのです。

出会いの頃のKさんは、自分に起こっている何もかもを恨み、
自分が苦しんで死んでいく姿を見せることでしか、
周囲の理解を得ることはできないのでは…
と考えてしまうほどの苦しみや孤独と闘っていました。
そして、そんな自分を責め続けていました。

それは、かつての私の姿でした。

放っておけませんでした。


私は、どうやってここまで立ち直ったんだっけ!?
ずっと遡ってみました。

一番助けになったのは、娘の存在、息子たちの存在でした。
子どもたちの理解と協力があったから、立ち向かう勇気と力がわいたのだと思います。

それから、スピリチュアルな視点、宗教観(時にはそれが回復の妨害にもなりましたけど)、
そんなことをバックボーンにして、
一つひとつ自分と深く対話し、
一つひとつの現実と向き合い、戦ってきた結果なんだと思います。

ブログも、自分を客観視するのにとても役に立ちましたし、
心温まる多くの励ましのコメントにも、どれだけ勇気付けられたかわかりません。


Kさんに今一番必要なのは、理解者だと思いました。
ジャッジを入れず、その存在を丸ごと受け入れ、愛してあげる存在だと思いました。

当時、周囲にそういう存在が誰もいなかったKさん
一番わかってあげられるのは私ではないかと思い、ついお節介してしまったのでした。



Kさんが手作りしてくれたストラップです。

今のKさんは、宮崎あおい似の笑顔がとても素敵で、
そんなに大きな苦しみを抱えている人には、とても見えません。

それに最近の行動力には目を見張るものがあり、
完全に抜かれた~! という感じです。


こんな風に書いてくると、
一方的に私が 「 してあげた 」 ことを吹聴したいのかと
思われてしまうかもしれませんが、それは違います。

彼女の変わっていく姿に、逆に私が癒され、元気をもらっていました。
与えた分だけ、時にはそれ以上に、私の方が与えてもらっていました。
つまり、相互作用でした。


Kさんの家族に奇跡が起こるのも、そう遠い日ではないような気がします。


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12年かかって完成!?

2017-03-07 11:00:01 | 友人
12年前、1つ目の職場を退職した時に、
その時は、迷わず (1年限定で) パッチワーク教室に通いました。

最初に作ったのが、タペストリー (50㎝×50㎝)
次がポーチ (18㎝×12㎝:半月形)
次がクッション (40㎝×40㎝)
これらは、昨年迷った末に、手放してしまいました。

今手元に残っているのは、4つ目に作った、これだけです。



(持ち手の部分を除いて、35㎝×30㎝)


そして、5つ目の、作りかけのものがありました。


 



こんな状態だったものが、こんなふうに完成しました。


  
(持ち手の部分を除いて、25㎝×20㎝)


実はこれ、自分でやったんじゃないんです。
2週間ほど前に、例の 「物々交換の友人」 に、続きをお願いしたのでした。(笑)

いつまでも 「物々交換の友人」 ではなんですから、これからはYちゃんと記します。

高校時代から、Yちゃん、紅実ちゃん、還暦近くなっても、Yちゃん、紅実ちゃん、
きっとこれからも…。

Yちゃんは、快く引き受けてくれました。
そして、こんなに早く、こんなに素敵に仕上げてくれました。


ちなみに、今日の話題の中心は、これから先、どこで暮らすか!?
二人とも家を複数抱えているのです。

Yちゃんは、ついこの間まで、転勤族でした。
それもあって、10年ぶり、6年ぶりなんてことになっていたのです。
でも、何年ぶりであろうと、昨日の続きのように話が盛り上がる…!
本当に嬉しく、ありがたいことです。

二人とも、今の場所を選べば、こうして時々会えるんですけどね。

でも、二人とも、もう少し模様眺めをしないと、結論は出せないようです。

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適材適所な物々交換 その後

2017-01-30 19:30:00 | 友人
物々交換の友人と、無事、2週間後に会いました。
事前に、時間・場所を打合せする2人のメールには、
10年後にならなくて本当に良かったね! 」の文字が…。

いきさつをご存じない方は、こちら からご覧いただけます。

無事に、約束の端切れを彼女に渡すことが出来ました。

今日も手作りのオーバーコートとプルオーバーで現れた彼女、
待ち合わせの店内で、早速、嬉しそうに布合わせを始めました。


目の前の彼女は、幸せそうに微笑んでいますが、
実は彼女には、私にもうちあけられない、深くて大きな悲しみがあるのです。

彼女は、悩み苦しみの類を解決するには、「3つのT」 が必要と言います。

Tears (涙)
Talk (話す)
Times (時間)


そう言いながら、
彼女は、まだ私に 話し(Talk)、泣く(Tears) ことが出来ないでいるのです。


…というか、彼女はむしろその悲しみを、手放すまいとしているように、私には見えます。
手放してはいけないと思っている…と言った方が近いでしょうか?
そうして、自分を責め続けているようにも感じてしまうのです。

以前の私なら、短絡的に、
目の前の彼女を、何とか楽にしてあげたいと思ったことでしょう。

でも、今はちょっと違います。
その苦しみに、うんざりするほど、どっぷりつかってほしいと思うのです。
気が済むまで…。

だって、それは、彼女が大切にしたいことだから…。


40歳を過ぎても、ど真ん中ストレートでしか勝負できない私に、
変化球を教えてくれた人がいました。
いや、むしろ、「故意四球(フォアボール)=敬遠」というべきでしょうか?

良くならない権利も、認めてあげるべきではないですか?」

その人のことも、これから語る日が来るかもしれません。



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適材適所な物々交換

2017-01-14 19:30:02 | 友人
私の、数少ない貴重な友人の一人と、6年ぶりに会いました。


彼女とは、高校で3年間同じクラスでした。

その後進学して、彼女は東京の郊外に、私は横浜の郊外に、卒業まで住んでいました。

彼女は アパート → 一軒家、私は寮だったので、週末は彼女の家に泊めてもらい、
夜が明けるまでおしゃべりし、(止まらない ) それから少し仮眠し、
二人で 6大学バレーボールのリーグ戦 を見に行き、
試合を見ながら、騒々しい体育館の中で、また尽きないおしゃべりの続きをする。

…ということをよくやっていました。

話題は、他愛も無いことだったと思います。


二人とも、親の職業をはじめ、育った環境も全く違うし、
彼女は二人姉妹の次女、私は二人姉妹の長女なのに、
考え方、行動、好きなことまで、笑えるくらい似ています

でも、不思議とお目当ての選手だけは、一致したことがありませんでした。


その日も、2時間はあっという間でした。(やっぱり止まらない 
めったに合わない分、話が尽きないということもあるのでしょうけど、
その辺のところは、10~20代の頃と、何も変わっていません。

6年前に会った、その前が、さらに10年以上前だったかな…?


ところで、彼女が 
アメリカ製のハイスペックなラップ」 を、仙台の分と東京の分まで含め 3個 と、
今話題の 「チアシード」 ・ 「キヌア」 を、
お土産に持ってきてくれました。

姪っ子さんがアメリカに住んでいて、
箱単位 (コストコのイメージだそうです ) で送ってくるので消費しきれないのだとか…。





一方、彼女は、まだ洋裁や小物づくりを続けていました。

その日身に着けていた 「プルオーバー」 ・ 「スヌード」 ・ 「トートバッグ」 も手作りとのこと。 
売り物にできるくらい充分上手なのに、未だに教室に通い続けて、腕を磨いているようです。 


「 だって、楽しいんだもん!  」 と目を輝かせます。 

そこで、ハタ と思い当り、
私の夢の残骸の一つである 「端切れ」 を引き取ってもらえないかと尋ねたところ、
喜んで!! 」 …ということで、取引成立    また近いうちに会う約束をしました。





有意義な 物々交換 が出来ました。  


近いうちに」 が、また10年後にならないようにしなくちゃね 


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