kumiの「だんだん」ブログ

「だんだん」は、故郷の方言で「ありがとう」という意味。

生きとし生けるものに★だんだん★ダンダン★   

大阪オフ会から里へ…

2015-10-31 | Weblog


ハゼノキの紅葉   10/29

 

29日と30日にお誘いを受けてラッシーママさんと大阪のブログ友達のお宅に1泊しました。

翌日は、隣県にある義弟の四十九日に行くのにも、都合がピッタリ合ったのです。

お逢いしたのはあざみさん1と2 とても逢いたい方でした。思ったとおり気さくで思いやりのある方でした。

若くして連れ合いさまを亡くされましたが、近くにお嬢さん一家があり心強いと仰ってました。

ただ最近体調が悪いのが分かって迷いました。いざとなれば主婦の我々なら何とかなると決行です。

それに助っ人がいるとのことで、ちょっと安心、ちょっと不安のまま大阪下り・・・

2日分を一気に載せてしまいますので、写真だけでも楽しんで下さいませ~全てスマホで撮りました。

 

ママさんと新大阪まで新幹線で、待ち合わせの大阪駅に乗り換えますが…

彼女、西方面は不案内で乗り物もチンプンカンプン。関西通いに慣れてるワタクシが一緒で良かったね 

あざみさんとママさんは手芸が好きで、玄人並みの数々の作品を拝見しています。

趣味が合えば参考になることも多かろうと、2人を紹介したのです。

すぐに作り方などを教えあって、良い作品が完成していて良かったな~と思います♪

もう1人は、やはりブログをなさるのん子さん(前編) のん子さん(後編

私は存じませんでしたが皆さんとは旧知の方です。

ブログ友達の不思議で何ら違和感がありませんね。親しいおばちゃん感覚です。

私はブログで受けるイメージと、実際のギャップがあると常々言われるので、覚悟しております

早速お昼ですが、喋るか食べるかどっちかにしろって具合に弾んだ対面でした。

グルメ街で食べた写真がぼやけて、載せられないので悪しからず。美味しゅうございました♪

 


上から見下ろした大阪の街。初めてです。

 

まずは大阪城観光ですが、その前に水上バスに乗りたいと我儘言って、お船から岸を眺めました。

橋桁が低い川を通過する時は、屋根が自動で30cm下がります。

松江の堀川遊覧は小舟ですが、極端に低い橋が多く、たびたび寝転び状態になるのを想い出しました。

 

 


桜の通り抜けで知られる造幣局

 

 


噴水が舞い上がってる。前座席は中近東のご夫婦が休みなく写真撮ってました。

 

 


お城に添った道は公孫樹並木。

 


極楽橋から擬宝珠越しに堀川を見る。

 

             
       秀頼と淀殿自刃の地                         石垣の反り方を撮ったつもり

 


大阪城・秀吉の黄金の茶室がある

 


天守閣の屋根にカラス軍団が凄かった。 

以前に登った城で、古城の趣に欠けるので私はパス。周囲は異国語の洪水ですよ!

3人がお城に消えた間、広場の隅々までウオーキングしたり、ベンチで休んだりでリラックスしました。

 

あれこれ乗換えて最寄り駅に降りた途端、あざみさんが助っ人を見つけた!

ブログでも時々登場してますが、笑いの神様と呼ぶ「ふみちゃん」

綺麗に整理整頓された邸宅にお邪魔させて頂きました。ふいに我が家の汚れを思ったりして・・・

5人お揃いで楽しい夕餉タイムです。

 


茶碗蒸し・天麩羅・卵とアボガドと山芋のしぐれ(映ってない)など手作りです。
買出ししたお寿司や惣菜が要らないほどのご馳走でした。

 

あざみさんは数年前まで、某ホテルの調理を15年間担当されて、料理はお手の物です。

絶妙の味付けにお酒もすすみ、本当に美味しかったです。

ブログの話題も盛り上がりましたが、私は知らないこともありちょっと驚いた。

ブログしてないふみちゃんは、笑いの神様は引っ込めて、上手な聞き役に回ってました♪

のんこさんは翌日の用事があり、ふみちゃんと夜一緒に帰られました。

残った3人はその後もペチャクチャ話して更けていきました・・・

 

★2日目はあざみさんの美味しいサンドイッチで朝食。これまた食べやすい味でしたね~

 


右は持参したイチジクのワイン煮で昨夜のデザートです。汁が漏れないよう、平にするのに苦労しました。

 

オウムのピーちゃんが「オハヨー」と挨拶してくれました。

もとは迷い鳥だったらしく、飼い主不在で今は彼女の家族になってます。

慣れるとディズニーの曲を歌うんですよ。思わず録音してしまいましたんです

 

           
    ママおはよー                               東京のおばちゃんは糞を避けて帽子スタイル

 

ふみちゃんも再び現れてこれから一緒に観光です。話しの種に「アベノハルカス」へ行きたいとお願いしました。

 


超高層ビルとしては日本一。地上60階・高さ300m。
スカイツリー・東京タワーに次ぐ高さです。

 


ガラス張りの天上界から見下ろす風景。ガスがかかっていない時はもっと遠くまで見えます。

 


熟女も記念写真

 

名残惜しいけれど、11時過ぎにサヨナラして芦屋に向かいました。

 


2日の間に乗り物を沢山利用しましたねー

 


今もテニスの教え子から花が届きます。
慕われた義弟は、天国でボールを追いかけているでしょう。

 

何時間PCの前に座っていただろうか…もう切り上げます。

書き足りないことは他の友達が載せてくれるでしょう。

あざみさん、のんこさん、ふみちゃん、ママさん。友達の和と輪をありがとうございました。

またお逢いしましょう。だんだん♪

 

 

 

 

 

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記念ハイキング&寿司パーティー

2015-10-28 | Weblog


林道より青梅市街を望む。  10/27

 


青梅駅→辛垣城址→雷電山→二俣尾駅(青い線で歩きました)

 

以前から個人で山歩きを楽しむうちに、友が友を呼んでグループの形になったのが2005年。

頼りになるリーダーご夫妻が行き先を設定して、月に1度のハイキングを実施するようになり10周年です。

仲間の夫婦が経営する喫茶店の名を借りて「えごの樹ハイキング」の名称も付けました。

その後も新たな友達を取り込みながら、今に続いています。

27日は初めの頃に登った「雷電山・494m」を歩き、夕方からお仲間の身内さんが営む寿司屋で宴会となりました。

記念ですからね 寿司パーティーですからね 集まりましたわよ、21人も!

正確には山歩きしたのは18人。都合で宴会に直行した人が3人ですね。

サプライズのフラダンスまで飛び出して、そりゃもう大賑わいの一日でした~

気温があがった日で、高齢者軍団の血圧も…いえ、トーンも上がりっぱなしでした。

 

 


秋の実

 


林道をウオーキングする人が大勢いて、すれ違うたびに「こんにちは♪」
緩やかな道を過ぎて山へ向かうとアップダウンが始まりました。汗が吹き出します。 

 


標高は低いけれどきつい!
休憩所が完備されていて長い休憩をとりました。

 


1・ツルリンドウ 2・センブリ 3・コウヤボウキ 4・ミミガタテンナンショウ(マムシ草) 5・タツナミソウみたい?

 


1・センブリ 2・野菊にしておこう 3・コウヤボウキ 4・ヤブコウジ

 


山並みに高圧線がズラリ・・・

 


飛びっきりの笑顔が揃いました♪

 

結構な上り下りで消耗してます。雷電山は樹木に遮られて展望が良くない為、開けた場所で早めの昼食タイム。

辛垣城址、雷電山は特に面白みの無い山で、早々に下ります。

 


渋滞だよ~~

 

私はストックを忘れて、痛みだした膝を庇ってるのを見抜いたおじ様が、貸してくれました。

それなのに石ころに乗ってしまい(石車と呼称してる)両膝をついて前にドスン!

我ながら上手に転んだらしく、タイツに穴が空いただけ…前を歩く華奢な彼女にぶつかったら、大変なことになっていた!

擦り傷程度でした。でも膝のショックは大きくて、1歩踏み出すと痛くて、再びヒアルロン酸注射!

 


山の楽しさを教えてくれたリーダー夫妻。最年長の彼が一番頑丈です。

 

 
もうひと踏ん張りで里山に出ます。

 


ノコンギク

 

青梅駅から登り二俣尾駅に下り、電車で羽村駅の寿司屋さんへ向かいました

乾杯の後、リーダー夫妻の挨拶から始まり、全員の自己紹介を兼ねて想い出を語り…

 


親分さま、姉御さま、今後もよろしくお願いします。 

 

飲めや歌えや(あ、歌は無しね)で盛り上がりまして。スナップ写真を回して見入ったり。

今年は4人の男性が77歳の喜寿を迎えました。そこで思ってもいないサプライズが!

突如フラダンスが始まり、彼女からレイが贈られました。楽しい贈り物でしたよ~

 


若手の彼女、フラダンス上手です♪
左から2番目が夫で、30日に喜寿になるので飛び込み参加です(山は早々にリタイア)
その右隣のおじ様は、もうすぐ喜寿ということで、無理矢理レイをかけられた!

 

メンバーのお兄さんが経営していて、飲み物の大サービスを戴きました。

最後のお寿司が食べきれず、お持ち帰りも多々あり。吟味されたお刺身が絶品!

 

 

★えごの樹ハイキング・想い出の日★

 

清書したレジュメが配られました。★印が付いてるのは宿泊の旅 は夏合宿 ★は冬のスノーシュー合宿。

特別な印は、日本を飛び出してアメリカ・コロラド・ロッキーマウンテン。4,083mと3,500mの頂上に立ちました。

ちょっと変わってるのが小笠原の父島。25時間半の船旅でしたねぇ。

海を疾走してホエールウオッチング。そして戦跡が残る山中を歩いて、ハートロック(千尋岩)の崖に行きました。 

 


気がつけばこんな年数を経ていました。

 

無理せずに、いつまでも山を楽しみたいものです。


数日留守しますが、コメント欄を開けておきますね

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ハーモニー♪

2015-10-26 | Weblog


10/24  ふるさとの四季は5曲メドレー  

 

 


気持ちよく歌ってました♪ 

 

耳の肥えた先輩から好評価を頂きました。新たな選曲を吟味して次へ臨みたいと思います。

 

区切りがついた日曜日は六本木までお出掛け。

友人の展示会のチケットを貰ったので「新国立美術館」で鑑賞してきました。

全部見る訳にはいかず、友人が出展してる部屋に直行。

どんなインスピレーションかイマジネーションか、凄い作品があるものです。

 


お洒落な美術館でワクワクします。

 

帰りに出合った祭は六本木ハロウィン。家族連れが奇抜な仮装で練り歩いていました。

 


10/25

 


黒マントやぬいぐるみなどの仮装パーティ♪

 

コメント欄は閉じております

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音楽は楽しいね♪

2015-10-21 | Weblog


 

 

週末は市の音楽祭で、7回目のステージに立ちます。

合唱サークルが発足して11年目を迎え、追い込み練習も仕上げの段階。

発声指導の先生が赤ちゃんを産んでから、我が街へ来るには遠過ぎて、ただ今育児休暇中です。

その為、つてを頼って臨時の先生に指揮をお願いしました。

代わりの先生には、すでに決まっていた曲目の細部を、重箱の隅をつつくように注意されてまーす!

       人数少ないのに三部合唱が基本で、1人の責任が重大! パートごとに駄目出しされて冷や汗が出ます

 

 


今日も今日とて公民館に行くと、びっくりしたな、もう!
子連れママさんの催しでもあるんでしょうか、電動自転車がズラリ


 

 
アルトパート頑張って♪

 


手前の紫色の服が、臨時に指導を受けている先生。練習に使う公民館で本番の稽古。 

 

 

話し変わって、育児休暇中の先生のお宅です。半年ぶりに自宅でのレッスンを再開されました。

ワタクシ、声楽習った訳でも無いのに、いい年してボイストレーニングを受けてるんです。

身体の器官を駆使して声を出す・・・それを実感するだけでも効果はある! 今までの試みは徒労ではなかったのね。

坊やは機嫌のよい子に成長し、稽古の時はベビーシッターさんと仲良く待っています♪

 


トレーニング再開

 

先生主催の「定期発表会」もございまして、怖気づきながらも、2度のステージに立ちました。

でも今年はお産されて、無期限延期状態だったのをいいことに、サボるサボる!

 

先日いきなり「来年〇月に決まりました」って、エエーッ、エエーッ!!

まぁ、ごねても仕方ありません。曲目は決まってるし・・・歌の上達の早道は、ステージに立つことだから・・・

 

素人の冷や水と心得てやるしかないです。という訳で、サークルの発表が終われば独唱で冷や汗かくことになりました。

唯一勇気を貰えるのは、サークルでピアノ伴奏を担当して下さる先生と一緒に習ってるから♪

先生も歌うことが好きで、お互いの発声を聴きながら勉強です。

ご自分のピアノコンサートや、他の伴奏のステージが忙しく、まだソロの舞台に専念する暇が無さそうです。 

 


ピアノ弾くのはボイストレーナーの先生(合唱サークルへの復帰も間近いでしょう)
発声練習に余念のないピアノの先生。

 

今日(水)は市のホールで友達のハーモニカを聴いてきました。

去年も聴きましたが、各地から集まったハーモニカ愛好者の多さは凄いです。

 


女性5人の演奏で、友達は3段構えの最低音部を吹きます。
息継ぎする暇もないような連続音。侮るなかれ、ハーモニカです!

 

 

 

槇の実はポロポロと落ちるようになりました。先日干した実をパンに入れて焼きました。

 


ドライフルーツほど強い味はなく食べやすかった♪

 

 

 

 

 

 

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足尾の翁

2015-10-17 | Weblog


豊かな実り 10/16

 

関東の厄除け三大師で知られる「佐野厄除け大師」の地元、栃木県佐野市へ友達と行ってきました。

お大師さんの別名は『春日丘山惣宗寺』 立派な金飾が施された社です。

以前は観光で行きましたが、この日は田中正造の地元を訪ねるのが目的でした。

考えは持っているけど、政治的な話題は避けたい方、堅苦しいのは嫌な人がいるでしょうね。

堅苦しいつもりではないですが、読みにくい方はパスなさって下さいね。

昨日早朝の出発ですが、首都高の渋滞に巻き込まれました。何とか3時間で無事に到着。帰りも渋滞だった!

 

 

   
鉢を被ったキャラクター♪                               お土産の佐野ラーメン(ねじり麺ですね)    

 

本題にまいります。Wiki引用で「田中正造」の生涯を簡潔にまとめます。

 

田中正造(大正元年撮影)
 田中正造は、天保12(1841)年11月3日に栃木県佐野市小中町(旧旗川村)で、旗本六角家の名主である富蔵,サキ夫妻の長男として生まれた。
 名主になった正造は、不正をはたらく領主と対立するなどの苦難を乗り越え、明治10年代には自由民権運動家として、また栃木県議会の指導者となっていった。
 明治23年の第1回総選挙で衆議院議員に当選し、そのころ農作物や魚に大きな被害を与えていた足尾銅山の鉱毒問題を繰り返し国会でとりあげ、渡良瀬川沿いの人々を救うため努力した。
 しかし国の政策に改善が見られず、ついに明治34(1901)年12月10日、天皇に直訴した。
 その後、鉱毒事件は社会問題にまで広まったが解決せず。
 正造は悲痛な思いで谷中村に住み、治水の名のもとに滅亡に追い込まれようとした谷中村を救おうと、農民とともに村の貯水池化に反対し再建に取り組んだが、大正2(1913)年9月4日に71歳10か月で世を去った。
 

 

この時代、日本は長い江戸幕府による封建制を脱却し、殖産興国を旗じるしとして世界の列強という国々に肩を並べようとしていた。

列強と肩を並べるには、当時世界的に流行した領土拡大と、他国を植民地化するという政策を、国策として推し進める必要があった。
当時の銅は絹とともに、外貨を稼ぐための最大の商品価値を有していた。そのため国は、これら増産のために大口生産者に相当な肩入れをした。
足尾銅山は、この当時国内において40~50%の銅生産率で、国内第1位を誇っていた。
手っ取り早く言うと「銅と絹を売って、軍艦と兵隊を手に入れ、アジアの隣国へ侵略し、領土拡大を画策した。」のである。
こうした政治背景の中で、正造は「足尾銅山の操業をやめさせろ!」「戦争は犯罪である。世界の軍備を全廃するよう日本から進言すべきだ!」と明治政府に迫る。
正造の行動でのクライマックスの一つは「天皇への直訴」であるが、直訴に関する当時の最高刑は「死刑」であり、正造は真に命を賭けて行動したのである。
 
 
 
 
未だに余波の残る公害は「熊本・水俣病」「新潟・水俣病」「富山・イタイイタイ病」「三重・四日市喘息
 
メチル化合物、カドミウム、コンビナートの排ガスなどの垂れ流しでした。
 
しかしそれより前に猛毒ガスの垂れ流しで、全滅の事態に晒されたのが「栃木・足尾鉱毒事件」なのです。
 
被害が拡大しないよう、国の政策で渡良瀬遊水地を作ったことが悲惨な結果を招くことになりました。
 
実り豊かな付近一帯は汚染され、故郷を取り戻すべく、田中正造の生涯をかけた闘いがはじまりました。
 
解説があるので、お暇があれば読んでみて下さいね。
 
  
真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし      
                             
                               田中正造
 
 
 
 
S48年に足尾銅山は閉鎖され、治水、植林、ダム工事などで一応の終息を向かえました。
 
が、今も計測器に多少の鉱毒反応が見られるそうです。まるで福島原発の二の舞!
 
足尾銅山跡地は今では観光地になり、トロッコ電車で中へ入ることが出来ます。
 
また風光明媚な渡良瀬渓谷にも、トロッコ電車が走ってますね。ついでに歴史を振り返るのも良いかも…
 
説明はこれくらいにして、以下、順に廻った写真のアップです。お寺や碑文ばっかりですよ~
 
 
 
 

ツワブキが咲いていました
 
 
 

正造翁の生家
 
 
 
 
 
 
 
 
 

妻のカツと納められた墓(生家の向かいにある)
 
 
 

欅の大木の下に祠あり(矢印) この一角で集会などをした。
 
 
 
 

人丸神社。裏に湧水の源流が吹き出す場所がある。
 
 
 

食べられる実以外は名前どうでも良い!?
 
 
 

ぼやけてるけど、黒い穴から源流が出ている。
 
 
 

睡蓮の葉が残って見た目は分からないけれど、実際はとても澄んだ池。鯉が泳いでる♪
ここから堰を通って、それぞれの田畑に水が流れ込んでいる。
 
 
 
 
毒流す 悪さ止めずば我止まず 渡良瀬利根に 血を流すとも
 
田中正造 
 
 
 
 

右の像は正造翁の蓑笠姿。
 
 
 

これもお墓
 
 
 
実は田中正造は全てを村に寄付して、ボロをまとったまま、極貧のうちに他所の民家で息を引き取りました。
 
本葬は、佐野厄除け大師で執り行われましたが、お骨は6ヶ所の村に分骨されています。
 
最も悲惨を蒙った地域が、翁の魂を祀りたかったのではないかと、これは私の思うことですが・・・
 
それでアチコチ廻って寺を突き止めて、地元の方々が丁寧に保存している墓にお参りしました。
 
 
  
 
 
 
佐野厄除け大師本殿。折りしも護摩供養の真っ最中。
 
 
 
 

金ぴかのお堂
 
 
 
 

境内に石を積み上げたお墓。嗚呼慈侠と刻んである。
石川啄木は、翁の働きに同感していたそうで、句を詠んでいます
 
 
夕川の 葦は枯れたり血にまとう 民の叫びの など悲しきや
 
石川啄木
 
 
 
 

マユミ
 
 
 
 
          
顕彰碑                                    寿徳寺
 
 
 
 
佐野ラーメンはお土産用にして、定食処でお昼を食べました。
元気盛り返して、午後は「佐野市郷土博物館」にも寄りました。表では等身大の銅像が迎えてくれました。
 
 
 
 
 
 
 
 

佐野市の伝統工芸で幟に描かれた鐘き様
 
 


雲龍寺。この寺が農民反対闘争の拠点になった。

 

 


横は渡良瀬川の土手

 


この字、読める方いますか?


コメント下さった方が「禁葷酒・きんくんしゅ」と教えてくれました♪
葷はネギ科の植物(ノビル・エシャロット・にんにく)など、匂いがきついもの。
酒は名のとおりで、修行の妨げになるものは門から入るべからず・・・ということでありました!
生臭坊主の意味もあるのかな。でももうお参りしたもん…

 

 


「足尾鉱毒事件被告之碑」 薄れて読み辛いが最後まで読みました。

 


渡良瀬川

 

駆け足でしたが行く目的は果たしました。しばらく、渡良瀬川を眺めてから帰路につきました。

埼玉県秩父市・秩父事件を巡る機会を得て、今度は足尾鉱毒にも触れることになりました。

特に、明治時代の世の中の変化がもたらしたもの。それは庶民の犠牲が大きかったのだと分かります。

現代にも通じる政治と民の格差、環境汚染の悲惨は、あってはならないことです。

 


 

  

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幼稚園最後の運動会

2015-10-12 | Weblog


始まりの体操  10/12

 

前日の雨で延びた運動会が、秋晴れのもと行われました。

元気はつらつな子どもたちの声、最高ですね♪

年長の男子孫は今年が最後で、来年度は小学生になります。月日の経つのは、何と早いこと・・・

勇んで応援に出掛けてきたけれど…ずっと立ちんぼが辛くなってきた。

植え込みの縁石にドカッと腰下ろして休むことしばしば!

同類の年配の方々、あっちこっちで座り込み体制でしたよ。

敬老席は早い者勝ちだし、ちょっと抵抗があるしで宙に浮いたシニアです。

絶対的に高齢者が多く、孫は見たくとも身体がきつい・・・何とかせにゃいかんぞ、これは…

本日はひたすら運動会写真のアップです。季節柄、運動会を載せる方が多いから飽きますね。

適宜通り過ぎて下さいませネ。最近はつい便利でスマホ撮りばかりです。

 


9時から鳴り物入りで入場行進。

 


恒例の綱引き

 


父兄参加の親子競技

 


昨今問題視される人間ピラミッド。まだ可愛いもんですね♪

 


笛の号令に忠実で、さぞ練習したんでしょう。

 


さすが、年長組の踊りはまとまってる。1ヵ所に円陣を作り決めてみせます。

 


リレーは孫のクラス(うめ組さん)がトップでゴール

 

お爺さんは日毎に外出嫌いになり、またお婆さんだけの出番でした。

来年からは小学校で兄弟揃って応援出来るね。楽しませてくれてありがとう~

 

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高尾山ハイキング

2015-10-07 | Weblog


ヤマボウシの実   10/5 高尾山

 

 

膝の痛みに泣いていた6月~7月。全ては飲み食い三昧のせい… 

運動をストップして整形外科に通い、加齢による軟骨の磨耗と言われて注射を5回。

少しづつ回復に向かい、8月は檜枝岐遠征にも参加しました。会津駒ケ岳は最初から諦め、尾瀬歩きに変更。

しかし帰りに膝がチクチク痛んで再び落ち込む・・・またヒアルロン酸注入ですわ

あれから久し振りの高尾山ハイキングです。12人の馴染みの顔ぶれが出揃いました。

高尾駅から小仏へバス→小仏峠城山高尾山へと歩き、稲荷山途中から6号路高尾山口のコース。

ウーム、足慣らしにはちと手強くないかい。途中棄権にでもなったらどうしよう…

色々心配したけれど、親分がゆったり休憩を取ってくれて取り越し苦労でした~

 


紫色の矢印

 


バスを下りて山道に入ります。ここから旧甲州街道になります。
今日も山になびく人の群れ~

 

 
小仏峠の地蔵さま

 


城山から高尾山までは3km。何とか付いて行ってます。

 



マークの花

 


天狗のお出迎え♪

 


メンバーが多くてベンチを占領!

 


相模湖が見えます。

 


高尾山まではアップダウンが続きます。昼食はもみじ茶屋横の東屋で

 

高尾山頂上
午後から晴れる筈が、1日中曇りで富士山は残念。

 

言うまでもないですが、高尾山は2007年にフランス・ミシュラン店の観光ガイドランクで「三ツ星」を冠しています。

山では「富士山」と「高尾山」だけ。急激な人気で、民族大移動が続いています。

ビジターセンター、トイレも新設され、山道は木道が整備されて、ハイヒールでも歩けそうでした。

 


タマアジサイの蕾と花

 

下りはケーブルカーに乗る筈だったのに、その案は廃棄されちゃった!

稲荷山コースで下って、途中から6号路に出たんですわ。足への負担は下りで最高潮に!

 


京王線始発駅もお洒落に模様替え。北口近くに日帰り温泉も出来たそうです

 

痛くなった膝をお風呂で癒して・・・…でも腿が痛くて階段の下りにイタタタ!

これからも、足手まといにならぬようにと願うのみ・・・

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自然の恵みをだんだん♪

2015-10-02 | Weblog


帰宅したら槇の実が熟していました。
お酒に漬けるのをやめて日に干してみようと思います。ドライフルーツならぬドライベリーになるかな?

 


黒くなったのがよろしい。緑色は種子で有毒なのでサヨナラ~~

 

 

ホテルが満杯で、実家にお世話になって…もっとゆっくりしたいけれど良いんです。することがないから

 

最終日に列車に乗る前に、市内の友達と邂逅のひと時。外せないスケジュールだよね♪

元気な顔を見てひと安心。お喋り止まりませんね、次回に続きだねーってことで!  

頼んでおいた「ひな祭のお菓子セット」を、啓さんが買ってきてくれた  松江のしきたりで雛餅を作る器です。

 


白い器に餡を詰めた団子を押し付けて、柄の部分に色を塗ります。椿の葉を敷いて蒸します。
(バックの餅はネlット引用しました)

田舎は「いが餅」と呼び、器も花鳥風月で手の込んだ模様だった。家族総出で作りましたね。

 

 

 

連休明けの午後、やくも号→新幹線のぞみ号乗り換えで東京へ。自由席も難なく座れました。

 

 


やくも号で松江ー岡山まで2時間半の乗車。

 

 
岡山で買った駅弁は新幹線の夕食

 

 

実家の野菜やコープで仕入れた買い物は箱詰めで送りました。早速夜なべで張り切って!

 


1 粒は不揃いだけど安くて甘い実です。皮を剥いてから計る。
2 砂糖、レモンと煮ると粒々(種子)が浮き上がるので無くなるまで取り除く。
3 灰汁が浮くのでこれも除くこと→約20分でトロミが出たら完成

 

 


ワイン煮は皮付きで上にペーパーで蓋をしてかき混ぜないこと。
仕上げにシナモンを振りかけました。

 


野菜は自家製。番茶は薬缶に煮出して四六時中飲んでいます。

 

左の茶色の実は「ナツメ・クロウメモドキ科ですがご存知でしょうか。乾燥したのを口にした方もいるのではないかな。

アジアにはナツメの樹木が多く、生のまま健康食として食べています。日本では時々しか見かけません・・・

パサパサの実で甘味も薄いですが好きなんです。大粒に惹かれて思わず買ってしまった!

 


ホームベーカリーにミックスして焼きました。
ナツメのパンとイチジクジャム

 

ゴーヤは20本以上あり、食べきれないのは保存です。

 


味噌を上にして並べて数日冷蔵庫に入れてから食べる。
写真の味噌は塗り過ぎ! もっと薄く擦り込んで、そのまま小口切りにすると美味しかった♪

 

 


冷蔵庫で長持ちしますね♪

 

 

 

田舎の景色は いつも変わらない   人も変わらない  

ふるさとへ   だから行きたくなる

そしてまた   懐かしむ わたしがいる


 

 

 

 

 


 

 

 

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