kumiの「だんだん」ブログ

「だんだん」は、故郷の方言で「ありがとう」という意味。

生きとし生けるものに★だんだん★ダンダン★   

出会いのオアシス

2006-11-29 | Weblog
友人ご夫妻は東京郊外の、野火止用水が流れる一角で喫茶店を開いている。
もう6年が過ぎた。
始めは「こんな陸の孤島みたいな所で、不安がいっぱい」だったが、ご夫婦の醸し出す魅力と大勢の友達が味方して、今では常連さん、通りがかりの人、犬と散歩中の人々が寄り、雰囲気のいいお店ナンバーワン
小さなギャラリーにもなっていて、今まで多くの作品を観る機会があった。
ミニコンサートもしかり・・・。
庭いっぱいに植物が茂り、小鳥が餌をついばみに訪れ、前には蛍を育成する用水が流れる。
全てが小さい規模だけど人々はやってくる。あの夫婦に会いに…そして友達に会いに…癒しを得て帰るために……。



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バレーボールよ 今は昔・・・

2006-11-27 | Weblog

夜は大興奮
日本バレー男子が、チュニジアに逆転で勝った
24年ぶりにベスト8強に進んだのだ!

 

低迷続きで俯いていた選手が、こうべを上げてガッツで戦い勝ったのだ。
多分これから負けが続いても(縁起でもないこと言うけど・・・)、逆転勝ちは大きな自信につながるはずだ。

 

 ただねぇ、騒がしいだけの応援はヤダネ。それに、日本選手だけ映すのやめてくれないかなぁ。相手チームのカッコいい人、見たいのよ

 

不肖ワタクシ、小学校4年の時に、背丈があるからとバレーボールを習わされて、6年生で出場した松江市大会で、男女とも優勝してしまったすごい経験がある。

 

あの時は、学校も村もひっくり返る騒ぎになり(他にニュースがないし・・・)選手はキョトキョトしながらも、慰労会の食事につられてひな壇に座ったものである。
地域の中学校では注目の的で迎えられ、いずれは県大会、中国大会に臨むべく、春夏秋冬を鬼先生にしごかれまくった。

 

現在は「ルイス・C・ティファニー美術館」になっているが、その前身は我が中学校であり、校庭の向こうは宍道湖が広がっていて水も綺麗だった。
夏はプールが無いから、宍道湖に境界線を立てて水泳教室が開かれるという、のどかな学校風景。

 

バレー部員は朝夕以外にも合宿や夏季練習があり、弁当だけでは戦が出来ぬ。そこで・・・宍道湖に入りシジミ採りである。
山ほど採れたシジミを市内のパン屋さんへ持って行き、コッペパンと交換してもらったのだ。着色料ガンガンのイチゴジャムなるものを塗ったパンのおいしかったこと



将来を嘱望された()ものの、ことはそう簡単ではなく、成果はあがらなかった。

 

青年団(ウワァー、懐かしい響き・・・)活動が盛んな時代だったから、バラバラに進んだ高校を終えると、類は友を呼ぶでまた部員が戻ってきた。
何度か大会に出ていたが、いつしか結婚などでそれぞれの道を歩き出した。

 

懐かしい青春の一ページ・・・・・・


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石見銀山・写真特集♪♪

2006-11-25 | Weblog

銀山で唯一公開されている間歩(坑道)


五百羅漢(右の小屋に安置されてる。橋は造形美の極地 


過去にタイムスリップして町並みを歩く(大森町)


佐毘売山神社(さひめやま神社) 鉱山の守り神
16世紀中頃建立。この古さよ~ 


温泉津温泉・「ますや」の風呂
湯の花がこびりついていて、1週間ほど滞在したい宿
ドラマ撮影で使われたばかり・・・

神社や町並みの写真は、ベテランの友人が撮ったもの。
もっと載せてもいいけど、もったいなくて…。ハイ!ここまでよ。
中途半端に終わったアドベンチャー。
いつか、リュック背負って銀山をウロウロしてる
わたしがいるかも知れないなぁ。

  
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石見銀山・・・特集!

2006-11-24 | Weblog

 

成人するまで島根県松江市(小学生の時に合併して、村から市に昇格しました~♪)で生まれ育った。
高校生の時には、津和野まで行ったことがあるけれど、その手前の山深い土地に、「石見銀山」なる歴史がひっそりと眠っていたとはつゆ知らなかった
そのうえ、いきなり世界遺産だという。
観光地として有名でもなく、簡単にアクセス出来る場所でもないし・・・あるいはこのまま、埋もれた文化施設を抱えながら、細々と暮らしを続けていた筈の人々・・・。
訪れた先々で、びっくり仰天し面食らっているのが窺え、こちらも複雑ではあった。
でもとにかく実体験して、その奥深さにますます興味をそそられた。
なにせ広~~い  まだ発掘中で踏み込めない所が多く、パンフレットには載っていても、草ボーボーに覆われていて、どれが何やら説明がなきゃ分かりゃしない。 
600余りもある坑道は崩壊の危機に晒されているため、多分開放出来ないだろう。現在は一箇所の間歩(坑道)だけが通り抜けるよう、整理されただけ・・・
ほんとは、工人さん達の過酷な銀採取の実態が分かるから、見学する人はもっと見たいと思うのではないかな。私がそうだったから・・・

 

ともあれ、「石見銀山探検」の始めの一歩は消化不良で、「もう一度行かなければならぬ」であった。


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小さな旅をして・・・

2006-11-21 | Weblog


旅ともいえない小さな場所に行きました
わたしのお気に入りなのです
一人でフラッと来るのが好きなのです
湖と山々といっぱいの空が広がっています

 

ここは寒いときに来るのがいいのです
身体中を縮こませて土手を歩いていると
前後左右から冷たい風があたってきて
心のなかまでいたぶられている心地なのです

 

あなたの思い出を探しながら
暗くなるまで歩いてきました
もう お骨になってしまったでしょうね
若い頃 旦那様と交わしたラブレターを
木箱に仕舞っていたなんて
それをいっしょに焼いてと頼んだなんて
あなたらしくもなく でもそれがあなただったのですか

大人ぶったフリをしていても弱いだけのわたし・・・
あなたに頼れる安心が支えになっていたわたし・・・
うつむいていてはいけないね
またここにきてみます




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この日が来るのを・・・

2006-11-20 | Weblog

生きるのをやめたいと思う時
生きたいと思う時
逃げてしまいたいと思う時
逃げてはいけないと思う時
誰かの胸に飛び込みたいと思う時
そうしてはいけないと思う時

あなたはいつも頷いて聞いていた・・・
大きなあなた、心を交わしたあなた・・・

どうして逝ってしまうのですか
わたしではなく
なぜあなたなのですか
支えを失くして行くあて無く
彷徨ってしまいそうです

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☆写真のページ☆

2006-11-16 | Weblog
「投入堂」への道のり…    
途中にある「地蔵堂」 この縁側は斜めに傾いでいて、人が立っている前は絶壁!友人は
一巡したけど、私はまたしても足が竦んで動けず!三徳山の紅葉は素晴らしい!   



カズラ、鎖、縄などをフルに活用して、ヨイコラショッと登っていく。
岩ゴロゴロの難所もそれ行け、やれ行けで乗り越えて…。



会えました、崖っぷちの小さなお堂に! みんな「あぁーっ!」と言うなり静かになります。



「城下町の松江にて…」
松平のお殿様はこよなく茶をたしなまれ、それにつき物のお菓子が美味しいとの評判。
しかし、ここに珍なるお茶があるのです。「ボテボテ茶」
抹茶や、お菓子に縁のない庶民の暮らしから生まれたものらしいけれど。
番茶を飲む習慣があり、それを抹茶の如く泡立て、豆、漬物、黒米、etc、
何でもいいからまぜこぜに入れてすすったものらしい。
「こりゃ変わってる、面白い!」を経験!



佐太神社・・・我が故郷を思う時、忘れられないのが「お忌みさん」
みんなを強引に引っ張って行ってしまった。


「鳴り砂」の琴が浜海岸
伯備線で日本海側に来てから、海岸沿いのルート9をひた走った。
山へ登る機会は多いけど、海を見ながらの旅は久しぶりでしょう。
「♪~う~みはひろいな~おおきいな~~♪い~ってみたいなよそのく~に~~♪」


石見銀山は、デジカメのバッテリーが無くなったので、
友人からの転送を待っているところ。しばらくのご辛抱を…









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行ってきました、山陰へ~!

2006-11-16 | Weblog

ただ今~~! 旅は大成功でした~。

 

「弁当忘れても、傘忘れるな!」の合言葉があるくらい、雨の多い山陰だけど、四人の気合には敵わなかったようで・・・。
時々雨が降るだけで、とってもいい旅になりました。
全行程は全てクリア! 御一行様の案内役としてはアヤフヤではありましたが、独断と偏見で突っ走りました。

 

どこもかしこも、開発が進まないせいか、かえってしっとりした町並みや人の優しさに旅情をそそられました。

 

まぁとにかく、揃いも揃って食べる口もしゃべる口も、とめどがなくて、もうほんとに・・・。
あまり買い物しないタイプなのに、手が千切れるほどの土産を買い込んだ人もいて・・・。

 

三泊四日の行程をお披露目して、いずれかの折りの参考にしていただけましたら幸いです。写真は別枠で紹介いたします。

 

土地の慣わしで、島根県東部(松江、出雲方面)は出雲と言い、西部(大田、益田、津和野方面)は石見(いわみ)と申します。

 

一日目・
新幹線岡山乗換え→伯備線で「米子」へ
(ローカル線に乗りたいとの希望で、時間はかかったけど・・・百名山の『伯耆大山』が雪景色で迎えてくれました)

 

米子でレンタカーを借りて、旅の終わりの出雲空港まで車で移動。
鳥取県の倉吉へ(赤瓦土塀群を見学)・倉吉→「三朝温泉泊

二日目・
三徳山・三佛寺の国宝 「投入堂」参拝
(旅のハイライト!・前回夫と登った時は、苦しくて失神寸前だったけれど、その後の山歩きの甲斐あったか、今回は順調でした)

 

午後→松江市に移動。松江城(別名『千鳥城』とも言います・国宝です)拝観(宍道湖を中心に、松江を一望出来ます)
→「ホテル一畑泊」(夕食は外食で、みなみの『鯛めし』)

 

三日目・
松江観光(堀川遊覧・小泉八雲旧居・塩見縄手・武家屋敷を歩く)

 

佐太神社参拝(実家に近い中世末期の建立神社。出雲風土記に登場する。日本史の好きな方はご存知でしょう)
11/21からお祭りの賑わいが始り、私達はこの時期を『お忌みさん』と呼んでお参りします。
正月のお年玉は無くて、『お忌みさん』に行くお小遣いがお年玉の代わりだったかな?。
神楽殿で舞われる「八岐大蛇」が、今でも眼に焼きついています。

 

→我が実家周辺の、川と田んぼの農道を駆け巡る。
「田舎とは聞いていたけど、ほんとにすごい田舎だねっ!」 友は、ズケズケと言ってくれました~。

 

→出雲大社参拝・有名過ぎるから説明は省きます(名物・割子そばを体験)

 

午後→石見に移動(道の駅などで、新鮮な魚介の昼食を~)
→サンドミュージアム(砂の博物館・デッカイ一年計の砂時計で有名)
→琴が浜海岸(鳴り砂で知られてるけど、雨が降った後で、砂は鳴いてくれず残念!)

 

→「旅館ますや泊」(石見銀山の温泉宿で、明治からの創業。湯の花びっしり)

 

四日目・
石見銀山アドベンチャー(第二のハイライト!)

 

教訓・・・広すぎてパンフレットのイメージと大違い。二日くらいかけてハイキングしないと全体像が摑めない。
時間の許す限り歩き回ったけど・・・要所の写真も撮ったけど・・・

 

→後ろ髪惹かれつつ、出雲空港へ引き返し、帰路につきました。

 

ずっと海の幸、山の幸に舌鼓をうったのは良いけれど・・・。
誰かさんが、三瓶山の放牧地で育まれた「島根牛」の店を見つけて
『肉食べたーいっ!』と叫んでいましたよ

ざっとこんな道中でしたが、まだまだ行きたい所がありました。新たな楽しみは次の機会にと致します。

  

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行ってまいりま~~す♪

2006-11-11 | Weblog

ずーっと秋晴れだったのに、来週の山陰は今ひとつはっきりしないのが気がかりだが・・・。
私を除く三人が、次から次と内臓の病気やら股関節痛、はては直前に右腕を手ひどく打撲する人までいて、まるで試合を前にして故障者続出の感あり。
「投入堂」には果たして何人登れることやら。
満身創痍で、いざ行かん      

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失う前に見ておきたい映画

2006-11-09 | Weblog

錦織良成」監督をご存知だろうか。

 

90年代に監督デビューして後、2,002年に島根県平田市の、
日本海を臨む小学校の実話をもとにした
白い船
で、
限定上映ながら観客10万人を動員した。

 

松江の実家に帰郷した時、兄がいきなり
「あの平田が映画になったけんのぉ」と言いながら、
ビデオテープをセットして、TVの前に座り込んだ。
あらすじはいたって簡単素朴・・・。

 

教室の窓から見える海を、毎日通る白い船。
それが豪華フェリーと分かり、いつかはあの船に乗れたら良い
ナァ、と眺めていて、本当に招待されてしまうお話しである。

 

ちょっと端折り過ぎの解説ではあるが、ざっとこんな感じで・・・。
途中までは退屈しそうな進み方なのに、それが終わってみれば
「本当にいい映画を観させてもらった」なのである。
日本がもう失いそうな人の心と、素朴な暮らしが共感をもって
浸みてくる。

 

ジワーッと浸み込んでくる様々な感動を抑えられず、
映画感想文というか、エッセイを綴ってしまったっけ。
配役はそうそうたるメンバーが出演してるけれども、これは
ネットでも紹介してるから、見ていただければと思う。

 

監督は今後、島根県を照準にして映画を作るらしい。

その第一弾が「白い船
二弾は「おろち伝説」  
そしていよいよ、第三弾に「BATADEN・一畑電車物語」を持ってくるのだ。
その前に
「ミラクルバナナ」
という、島根に関係ないのが封切り
間近だが、なかなか面白いストーリーとの評である。


実家から東京に帰る時は、出雲空港を利用することが多く、
兄の車で送ってもらうのが常である。

 

途中、平田を通りかかると、メインストリートには、
白い船の平田市』と大看板がデデーン!と建てられている。
ちなみに監督は出雲市出身である。

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