結婚しても子供が生まれても、おじいさんおばあさんになっても、ずっと手をつないで町を歩いていたい。
それが祥恵の理想だった。
けれども間もなく祥恵の夫になろうとしている紘一は、町はおろか、二人きりの部屋の中でもめったに祥恵に触れようとはしなかった。
自ら触れようとしたがらないだけではない。
祥恵が冗談を言いながら手を伸ばすだけでもわずかに顔が歪むのだった。
付き合い始めた頃にはそんな紘一の態度に、彼の気持ちを疑ったこともある。
けれどもある時、
「お袋に抱っこされた記憶ってないんだよな。親父はたまに帰ってきても酔っ払って俺を殴るだけだったし」
紘一が自嘲めいた口調でそう言うのを聞いてから、祥恵は彼に無理に触れるのはやめることにした。
そうは思っても、映画館や遊園地で仲良く手をつないで歩いているカップルを見かけると、祥恵は寂しさを感じずにはいられなかった。
たった一度だけ、紘一の方から手を伸ばして彼女の手を取ったことがある。
まだ付き合い始めて間もない頃、真夜中に山奥の湖の近くへ流れ星を探しに行ったときのことだ。
ひと気のない湖畔に下りる階段は外灯もなくて、そろそろと足を踏み出していた祥恵の右手に、紘一が黙って手を伸ばしてきた。
それでも握ったのは彼女の小指一本だけだった。
紘一が眠っているとき、その瞬間だけが祥恵が彼にゆっくりと触れられる時間だ。
彼の寝息が聞こえ始めてから、そっと頬に手を伸ばす。
くせっけのある髪に優しく指を通す。
うっすらと血の流れが見えるまぶたに唇を近付ける。
起こさないように気を配りながら、筋肉質な腕を抱きしめてみる。
そしてプロポーズの言葉を思い出つつ、二人の将来に想いを馳せるのだった。
幼い頃から私に出会うまでの時間より、私と過ごした時間のほうが長くなれば、いつしか自然と触れ合えるようになるだろうか。
彼が私を想ってくれていることは信じられるから、後は時が解決してくれるのを待つしかないのだろうか。
私の溢れるような想いは言葉だけでは伝えきれないけれど、少しでも触れていくことで彼の中に流れ込んでくれるだろうか……。
おじいさんおばあさんになった二人の姿を想像しながら、祥恵はすうっと眠りに落ちていくのだった。
それが祥恵の理想だった。
けれども間もなく祥恵の夫になろうとしている紘一は、町はおろか、二人きりの部屋の中でもめったに祥恵に触れようとはしなかった。
自ら触れようとしたがらないだけではない。
祥恵が冗談を言いながら手を伸ばすだけでもわずかに顔が歪むのだった。
付き合い始めた頃にはそんな紘一の態度に、彼の気持ちを疑ったこともある。
けれどもある時、
「お袋に抱っこされた記憶ってないんだよな。親父はたまに帰ってきても酔っ払って俺を殴るだけだったし」
紘一が自嘲めいた口調でそう言うのを聞いてから、祥恵は彼に無理に触れるのはやめることにした。
そうは思っても、映画館や遊園地で仲良く手をつないで歩いているカップルを見かけると、祥恵は寂しさを感じずにはいられなかった。
たった一度だけ、紘一の方から手を伸ばして彼女の手を取ったことがある。
まだ付き合い始めて間もない頃、真夜中に山奥の湖の近くへ流れ星を探しに行ったときのことだ。
ひと気のない湖畔に下りる階段は外灯もなくて、そろそろと足を踏み出していた祥恵の右手に、紘一が黙って手を伸ばしてきた。
それでも握ったのは彼女の小指一本だけだった。
紘一が眠っているとき、その瞬間だけが祥恵が彼にゆっくりと触れられる時間だ。
彼の寝息が聞こえ始めてから、そっと頬に手を伸ばす。
くせっけのある髪に優しく指を通す。
うっすらと血の流れが見えるまぶたに唇を近付ける。
起こさないように気を配りながら、筋肉質な腕を抱きしめてみる。
そしてプロポーズの言葉を思い出つつ、二人の将来に想いを馳せるのだった。
幼い頃から私に出会うまでの時間より、私と過ごした時間のほうが長くなれば、いつしか自然と触れ合えるようになるだろうか。
彼が私を想ってくれていることは信じられるから、後は時が解決してくれるのを待つしかないのだろうか。
私の溢れるような想いは言葉だけでは伝えきれないけれど、少しでも触れていくことで彼の中に流れ込んでくれるだろうか……。
おじいさんおばあさんになった二人の姿を想像しながら、祥恵はすうっと眠りに落ちていくのだった。