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Re:三郎君の成績

2025-01-19 15:46:41 | 日記
前項を書いてから思い出しました。
小学校の低学年まではなまじ「計算しましょう」という宿題を出すのではなく、見出し画像のように、色を塗りながら規則性に気が付かせるようなことをしたらどうかと思います。
小生昔学習塾の講師をしていました。その時の経験をベースに書いています。

※画像が見えにくい場合、拡大してご覧ください。
もちろん小学生相手なので、実際は「むらさき」などはひらがなで書きます。

三郎君の成績

2025-01-16 10:40:43 | 日記
三郎君は勉強がよくできます。
クラスの皆から一目おかれるほどで、人に勉強を教えるのも上手いのです。光輝(こうき)君から「三郎は先生より教え方がうまい」と言われているくらいです。
ところが、意外なことに三郎君は入学したての一年生の頃は成績が悪かったのです。「よくできる」「できる」「がんばろう」の三段階評価で図工だけは「よくできる」で、後は「できる」「がんばろう」ばかりでした。
ご両親は、「(お姉ちゃんの)悦子より物覚えはいいんだけど、おかしいね。」という受け止め方をしていました。本を熱心に読むし、年の割に言葉の数も豊富だからです。
お姉ちゃんの悦子さんは、「三郎は頭いいけど、なんだかぼんやりしていて先生の話を聞いてないんじゃないかな。」という意味のことを言っていました。
そうなのです。読んだ本を頭の中で反芻(はんすう)したり、続きを自分で考えてみたりで、先生の話を上の空で聞いていることが多かったのです。
きっかけは二年生のかけ算九九でした。ににんがし、にさんがろく…と音声で覚えていきましたが、なんだか数字と言葉が結びつかないのです。
自分で何かルールというか規則のようなものを見つけたかったのです。
きっかけは、5の段は覚えやすく、一桁目が5と0のくり返しだったことです。
ごー、ろくななはちきゅう、じゅう
で、間に4つの数字が並ぶことに気が付きました。
そして、
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
数字をこういう具合に書いてみて、
「二の段は友達と友達の間に邪魔がひとり入る」
「三の段は友達と友達の間に邪魔がふたり入る」
「四の段は邪魔が三人入る」…と仮定して、挟まる数字を塗りつぶして無視してみました。
2●4●6●8●10●12…
3●●6●●9●●12●●…
4●●●8●●●12●●●16…とノートに書いてみました。「分かった」と思いました。何気なくそれをのぞき込んだ佐々木先生が
「あっ、すごい。三郎君工夫しているわね。」と褒めてくれたばかりか、クラスみんなにそのノートを真似して黒板に写して見せたのです。
そして、
「三郎君はだいたい頭いいんだからもっとテストで点が取れるわよ。」
と言ってくれ、その言葉に照れてしまいました。もちろん嬉しくもあったのです。
二九=18で終わりじゃなく、20、22、24…
三九=27で終わりじゃなく、30、33、36…
と、かけ算九九に収まらないところまで考えるようになったのです。
何より「三郎君はだいたい頭いいんだから…」という言葉に三郎君は勇気づけられました。
三郎君は本当に三年生になってから「よくできる」ばかりになりました。
佐々木先生のことは今でもいい先生だと思っています。
五年生になった今、三郎君が二年生の二学期まで勉強が苦手だったことを、皆知らなかったり、忘れたりしています。
おまけ;最小公倍数を習ったときに三郎君は「『一番小さい共通番号』のことだな」と理解しました。
4、8、12、16、20、24、28、32、36
6、12、18、24、30、36、42、48、54
4と6の最小公倍数は12、次は24、次36ですが
三郎君は12、24、36を「共通番号」と名付けていたのです。

三郎君の浮遊

2025-01-03 20:05:48 | 日記
三郎君は、今でこそ健康ですが小さい頃は熱をよく出して二、三日寝込むことがありました。
すると夜中に天井が目の前に迫ってきて、いつの間にか忍者ハットリ君みたいに天井や壁を歩いているのです。しばらく時間がたつと元の様に布団に戻って、さっき天井を歩いたことを思い出し、夢だったのか、本当だったのか区別が付きませんが、その愉快さに笑ってしまいます。
すると翌朝、熱が下がっていて良い気分になっているのでした。
そんなことを何回か経験しました。
小学校も四年生くらいになると、軽い風邪は引きますが寝込むようなことはありません。だから、あの天井を歩く感覚は二年くらい経験していません。
本で幽体離脱という現象があることを知りました。
「あれは幽体離脱だったのかな」と思いました。

最近よく見るのは夢の中の夢です。
とんでもないことや起こるはずのないことが起きて、「あ、これは夢なんだ」と気が付いて目が覚めます。また、とんでもないことが起きて、また夢だと気が付きます。そこで本当に目が覚めます。二回も夢を見るなんて不思議にも思いますが、それが痛快でもあります。

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小生の子どもの頃の経験を元に書きました。あれは幽体離脱だったのだろうと思っています。

感謝の気持ち

2025-01-01 04:52:43 | 日記
「感謝しています。」

という。

では何に感謝するのか?

配偶者であれ、親であれ、友達であれ、一般的に対象は《誰か》である。

カープの四番打者だった山本浩二は引退の時の手記で「自分の身体よ、ありがとう。」と綴っていた。一見、おかしな表現だが、自分と自分の肉体を分けて考えている(と思えばいい)。練習したり、打席に立ったり、球を投げたりする自分と、配球を読んだり、ボールの落下地点を予測したり、インタビューに受け答えたりする自分とを分けている。山本にとって、いや我々にとって、肉体とは借り物に過ぎないのかもしれない。つまり《精神》《思考》《心》こそ自分自身なのである。

「三郎君」とその周辺の人々、番外編として相撲取りである「梅の若」を主人公にして童話風の話を書いて参りましたが、本年も続けたいと思います。
今年もよろしくお願いします。