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美術館さすらひ 06「夢二からちひろへ」 ~子どもの本の先駆者たち~ 「ちひろ美術館・東京」

2014-11-16 14:56:16 | In an Art Museum

温もりの光に包まれているような数珠の作品が続く。

大正モダニズムの流行作家として今も色褪せない竹久夢二が描く児童向けの童画。そのタッチは美人画のそれとは異なり、柔らかい画風で描かれている。

ちひろ美術館(東京)で11月6日より開催されている「夢二からちひろへ」は子どもの本のうつり変わりを日本を代表する童画作家の原画にて振り返る企画展である。

大正期に黎明を迎えた子ども向け書籍の文化は時代とともに著しい成長を見せ、いくつもの雑誌が刊行されるとともに、多くの作家を輩出した。

 

今回の企画展は、その代表的な作家として、竹久夢二、岡本帰一、清水良雄、武井武雄、初山滋、深沢省三、村山知義、茂田井武、そしていわさきちひろへと続く、子どもの本の系譜を見ることができる。

 

「子ども向けの絵」というと、大きな誤解があるかもしれない。絵本をはじめとする書籍は、今でもそうしたラベルが貼られていることは否定できない。しかしながら、近年柳田邦男が「大人こそ絵本を読もう」と呼びかけているように、それはもはや子どもだけのものではない。また、佐々木宏子は「絵本は絵と文章による芸術作品」とその著書や論文において事ある毎に訴えている。したがって、絵本における絵は挿絵というべきものではなく、瀬田貞二が語るように「画文独立の」極めて珍しい媒体なのである。絵本はすでにひとつのジャンルとして確立されているといえるだろう。その足跡を辿る意味でも、今回の企画展は貴重な場となっている。

今回の企画展に集められた原画は約65点。戦火を潜り抜け、今も文字通り色褪せないどころか、輝き続けているのは何故か。

それは、子どもとともに向き合い、常に子どもの視点からしぼり出された子どもの心象風景がそこに描かれているからに他ならない。それはファンタジーというものではなく、だれもが必ず持っていた誰にも冒されない心の風景であると思われるが、いつしかやがてその世界を自ら閉じてしまう宿命を持ちあわせるものだ。儚くもあり、だが懐かしくもあるその風景がそこに描かれている。

 

竹久夢二 「華の園」に描かれる世界観、初山滋「日本けんぶつ」の色彩。武井武雄「りんごの皮むき」の独特な構図。そして茂田井武「おめでとう」の繊細さ。そのいずれの作品のベースには子どもへの優しい眼差しと、子どもらの心の風景に肉薄する烈しさが同居する。

そうして、描き継がれていった作家たちの魂と技術がいわさきちひろへと繋がっていった。

 

谷本誠剛によると1970年ないし1980年代にかけて、イギリスではポストモダン的な絵本が台頭してきたと指摘する。ジョン・バーニンガム、アンソニー・ブラウンなどがその代表である。

 だが、日本でもすでにいわさきがポストモダン的絵本を1972年にすでに描きあげていた。

「ゆきのひのたんじょうび」である。

 

これはひとつの奇跡である。そこに辿りつく日本の絵本がどのような道筋を辿ってきたのか。それを知りうることも今回の企画展の目的ではあるが、それよりもそのプロセスのマイルストーン的な作家が垣間見せる心象風景がどのように作品に表出されているのか。さらにはその風景を今も見る者の心の中に仕舞われているか、それを確かめるという意味で、意義の深いものといえるのではないだろうか。

「夢二からちひろへ」は12月21日まで(前期)。後期は12月23日から2015年1月31日まで、ちひろ美術館・東京で開かれている。

 

※写真の撮影・掲載にあたっては「ちひろ美術館」の許可をいただいております。

 

参考文献

佐々木宏子(1975)絵本と想像性-三歳まえの子どもにとって絵本とは何か-高文堂出版社

瀬田貞二 (1985) 子どもの本評論集絵本論 福音館書店

谷本誠剛(2002)現代絵本と子ども読者 柏書房

柳田邦男(2006)大人が絵本に涙する時 平凡社

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