
今は林道がゲートで閉鎖されているため許可をいただき、この一帯を案内してくれる飛鳥町の竹平巨嗣(ひろし)さんと巡る機会を得ました。
私個人としては3回目となるのですが、かつて林業が盛んだった頃、賀田湾まで索道で13キロの距離を高さ最高30mもある支柱などをはじめ、109基が設置され13キロの距離を1日30tもの材木が運ばれていました。
最初の写真は、文政年間に植栽されたとする200年生の杉が15ヘクタールの中に582本が残る場所です。
一緒に行かれた方の人影がありますので、大体の大きさなどがわかると思います。
ここは参考林として永久に残すことになっています。
モミやツガの群落やトガサワラの群落が残る貴重な山です。
トロッコが通っていた険しい山道で、断崖絶壁の崖がありました。
当時橋がかかっており(現在は道路)戦時中、徴兵されて戦地に行くことに悲観した男女が心中をした場所と竹平さんが教えてくれました。
木々が生い茂っていますが、その木々がなければ断崖絶壁の場所です。
戦争がおこした悲しい物語の一つとして車を止めて、ここで話していただきました。
五郷分校跡地については、次回に。