工藤鍼灸院・院長のひとりごと2

真岡市(ハローワーク向かい)
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忘れられない

2007年08月04日 23時50分02秒 | その他
昔々、私が小学4年生の頃だったでしょうかねぇ。担任の先生はモイズミ先生という定年間近のおばちゃん先生でございました。

おもしろい先生でしてね。悪さを致しますと「小アンパン」「大アンパン」「ねじり飴」のうちどれかを選ばされました。どれもいわゆる体罰なんですけどね、小アンパンってのは一番軽い刑で普通のビンタ。大アンパンってのはちょっぴりスケールアップ致しまして、左右同時ビンタ。ねじり飴はさらに激しく、左右のほっぺをギュ~っと強くつねられる。今の教育現場でやろうものなら大問題になるであろう行為ばかりですが、昔は悪さをすれば先生にぶっ飛ばされるなんてごく当たり前の事でしたし、正当な理由があればそれが認められた時代でありました。滝沢先生がラグビー部員をひとりずつぶん殴ってもお咎めを受ける事などなく、逆に感謝されてしまうような時代でしたからねぇ。昔は愛のある教育に溢れていた、そんな世の中でした。
モイズミ先生は下校前にはクラス全員にコキリコ節を歌わせたりもしておりまして、それはそれは自由奔放な先生でございましたよ。

でね、私にはそのモイズミ先生に関する忘れられない出来事があるのです。

あれは国語の時間の出来事でした。
その日の教材は教科書に載っていた、上野動物園のハナコというゾウのお話でしてね。
戦時中、東京での本土戦を警戒した上層部からの命令で、上野動物園の猛獣に毒殺命令が下ります。トラやチーターがその対象となり、飼育員は渋々毒入りの餌で殺していきますが、ゾウのハナコだけは毒入りの餌を食べない。最後にはついにハナコは餓死させられるわけですが、そのお話を読んでいたモイズミ先生の声が突然、上ずりましてね。どうしたのかと思いましてクラスの全員が教科書から目を離して先生を見たのですが、そうしましたらね、先生は涙を流しながらハナコのお話を読んでいたのであります。ハンカチで目頭を押さえながら涙声で朗読を続けるその先生の姿は、小学4年生の子どもにとっては大変衝撃的な光景でございました。
全て読み終えるとモイズミ先生は何事もなかったかのように授業を再開させたのですが、ガキの私はその後の授業の内容など何も覚えておらず、ただその時の先生の涙は20年以上経った今でも鮮明に記憶に残っております。しかしながら、その時はなぜゾウの話でそんなに泣けるのかが不思議で仕方なかったんですよ。確かに悲しいお話ではありましたが、子ども達の前で号泣するような内容ではないだろうと。そんな風に思えてならなかったのであります。

今になって考えてみますとね、先生はリアルタイムで戦争を経験した年代です。あれはゾウの話だけで泣いていたのではなく、ゾウの悲哀な死を通して戦争の頃のつらい体験を思い出して泣いていたのだと、大人になってからふと気付いたのです。
そういえば、先生には戦時中のお話をたくさん聞かされたような気が致します。イモやカボチャをたくさん食べ過ぎて今はあまり好きではないとか、先生の息子さんはカボチャが好きだったそうで、戦時中にはそればかり食べていたと話したら「じゃあ戦争している時代に生まれれば良かった」と言うのでその時にはきつく叱ったとか。当時は深く考えもしなかったお話ですが、今思えば戦争を体験した人にしかわからない恐怖や不安、不平不満などを聞く事のできた貴重な経験になっています。

何だか話がまとまりませんが、今晩放送されていたハナコのドラマを観て、モイズミ先生を懐かしく思い出しております。
先生はお元気にされているのでしょうか・・・。
コメント (1)
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