秘境という名の山村から&道後湯の町暮らし

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)の山村暮らし&湯の町暮らし

晩秋のしずかなぶな林に別れを告げて

2018年11月07日 | Weblog


そこはかとない晩秋のぶな林は何時になく寂しげに佇んで、しずかな冬枯れへと移り変わりゆく
その風情は人生の黄昏期を過ぎ行くわが身に似てなにをかいわんや




















































































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晩秋という時間のはかなさ

2018年11月02日 | Weblog


晩秋と云う時間が刻々と過ぎて自然の風景も、動植物のいのちも、わが人生も
なんとなく儚く感じるときの、あの切なさ、時間に抗うことなく、だからこそ
すべてが愛おしく思うのだろうか













































































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ぶな林の黄葉に魅せられて

2018年10月28日 | Weblog


ぶな林の黄葉三昧、
天気よさそうだし、陽射しもあり、ぶな林が黄金色にかがやくことだろう、と

期待して近郊の山に出向いたが、何時の間にか、雲が多くなり、思ったほど陽射しに恵まれず
それほどでもないぶなの黄葉で、山頂は風強くて寒かった
































































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秋深まれば 自然の恵みに零余子飯

2018年10月19日 | Weblog


歩いていて、はっと気づき、時期だから生っていることだろう、と周りをキョロキョロと
見ながら歩いていると行く先々で小粒ながら、零余子が生っている

彼方此方で採って零余子飯をするぐらい採れた、晩ご飯は今年最初の零余子飯にしよう
自然の織り成す四季の機敏に、気づき、丁寧に、いま、ここに、生きる、を実感するごとに

自分の平凡な人生のある一日が、いつもと違って輝いてしまうことのうれしさ、たのしさ、を
クオリアとして感性に映し出すことによろこびを感じる

が、それも一時のこと時間の流れがすべてを過去のものとしてしまう、なぜだかわからないが
過去が流れ去って、どこかに行ってしまう一秒前、10分前、一年まえ、100年前も同じことである

90年、100年生きたから、もう、充分だ、何時死んでもいい、とはならない、
100年の過去が消えてしまっているのだ、クオリア(質感)としは確かめることさえ出来ない、
確かな質感として身体に触れることが出来るものは、いま、ここに、生きていることだけである

時間の流れは不思議なものだな、人生のすべてを押し流してどこかへ消してしまう、このやるせなさ、寂しさは
だからこそなのか、いま、ここに、生きていることが愛おしいのかもしれないな













































































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秋の紅葉と山々の眺望を楽しみ、高山に遊びて

2018年10月15日 | Weblog


以前から少し足に痺れが出てくるなと気楽に考えていたが、今年1月になって左足が鉛のように重くなり
痺れも酷くなって、普段に、歩くのさえ、大変な状態になり、もう、これで山歩きもアウトだなと諦めていたが

腰痛ストレッチを兎に角やってみよう、やらないことには始まらないと思い直して
毎日、朝夕に30,40分のストレッチをじっくりとやり始めて約9ヶ月ほどになる

その間に、普段の歩きは欠かさず、4-5kをこなして、近郊の低山を偶に歩いて少しずち良くなり
その成果を求めて、82歳の挑戦に高山に目標を決めて登ってきた

一歩一歩じっくりと、焦らず、うしろからの人たちに抜かれるままに、樹林の紅葉を楽しみ
リンドウを愛でて、周囲の山々の眺望を楽しみながら、秋のひと時を高山に遊ぶことが出来た





















































































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秋の深まる林道歩きに霧は渦巻いて

2018年10月12日 | Weblog


祖谷に泊まった翌朝はよく林道を、歩き、をすることにしています
明けて直ぐのことが多いですから、日の出直前のこと、大抵霧が巻いていますが

運がよければ雲海を眺めることもできます、なにしろ、標高800前後の林道歩きですので
雲、霧、の動きは目まぐるしく変わります、この間に民家は5,6、軒あります

まだ、外にでられているひとはいません、ときには、お家の娘さんが、畑で焚き火をしていたりしますので
声かけして立ち話をたのしむことがあります

そんなわけで、しずかな林道の変わり行く風景、四季の花々を
じっくりと眺めてひと時を過ごすのをたのしんでいます

このようなひと時をもてるのも祖谷ならではと思います、ひとりぼっちのしずかな時間
なんともこころが豊かに、生きているよなあ、としみじみと思ってしまいます






















































タカネハンショウズルの花後のそう果


























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深まり行く秋色のなか小さなアケビの実を味わいて

2018年10月06日 | Weblog


台風の風もかなりあり、雲の動きもありで、陽射しがあったり曇ったりだが少し蒸し暑い感じであった、
市内を見渡す展望台のところに、アケビの実がたわわにぶら下がっている

下がっている小枝を掴んで引っ張り寄せ、小さいが割れている実をひとつ収穫して齧ってみると
甘い美味しさが口いっぱいに広がってうれしい心地、道すがら、葉っぱも色づき

セイタカアワダチソウも咲き始め、ドングリもたくさん、コロコロ
秋の味覚や深まり行く秋色をたのしむ、歩きに、いま、ここに、生きる、を実感してうれしくなった



















































































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秋の赤い実に取り付かれて、粉山椒を作る嵌めに

2018年10月05日 | Weblog


まったくもって、ここんとこ、山椒に取り付かれてしまった、ぼくにあきれ返っています
日干しにした果実が弾けて、中から黒い種が出て来ました、黒い種と果皮を別々に選り分けましたが、

これがなかなかやりこかった、種は小枝を持って少し揉めば外れるのですが
果皮を小枝から外すのがなななか外れなくて苦労しました
んが、果皮と種とどちらを、使うのでしょうか、ご存知ですか、

わが祖谷の友も知らんかったらしく、ようけ、選り分けて果皮を捨てて
頼まれたお家に種を持っていったのですが間違いで果皮が入用とのこと
失敗して一からやり直したらしいです
そんな訳で果皮を後数日乾燥させて、すり鉢で潰すと粉山椒の出来上がりとなります


さてさて、山椒に拘り続けてきましたが、胡椒引きの器具がないので、すり鉢で粉にすることにしましたが
これが大変なこと、力仕事続きで腕から腰から疲労困憊続きです、

まさに、山椒に取り付かれて往生しましたわい、果皮の粉を作りました
果皮の粉を少し舐めてみますと、ピリっと味と香りが口に広がりました
後から少しだけしびれる感じがしました、こんなもんでしょうな、

種の粉も作ってみましたが、まったく、味もそっけも無く使い物にならない、役立たずでした、
種はやはり、青いうちに、作るのがいいようですね
しかし、山椒自身にとっては種が次世代を繋ぐ大事な命の糧なのだ、人間の勝手にされては堪らんよなあ



























































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秋の実が赤く染まるも曇り勝ちばかりの感性の至らなさ

2018年10月02日 | Weblog

ひとの目というものは見ているようでほとんど、見えてないものだ、と
つくづく思い知って愕然としてしもうたな

同じ小道を何回となく歩いて、自然の木々や草花を眺めては楽しんでいる身でありながら
道程のすぐそばの雑木林に混じって山椒の木があろうとは知らなかった

いま、赤い実をたくさん付けているので、目に留まったのだ、最初はイヌサンショだろうと思ったが
しげしげと眺めてみると棘が対生に生えている、イヌサンショは互生だから、ほんものの山椒に間違いなかろう
と実が付いている小枝を数本頂いて実を収獲した、粉山椒でも作ってみるかな

収穫した赤い果実を日干しにすると果実のなかから、黒い種が弾けて出てくるが、
粉山椒にするのは、赤い果皮であって、黒い種は取り除く、種は味も無くて非常に硬くて不味い
乾燥した果皮をすり鉢に入れてすりこ木で潰すと、粉山椒が出来上がる

それにしても、気づき、を大切にしながら、暮らしているにも関らず
見えてないということは、こころの目の感性の至らなさなのだろうな










山椒の木の赤い実












収穫した赤い実












日に干すと黒い種が弾けて出る
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樹林のなかを彷徨えば秋の花々にこころ和みて

2018年09月28日 | Weblog

雨上がりの樹林帯の登山道はしっとりとした雰囲気に包まれて、心地よい
微かな秋風を身体に受けながら、ゆっくりと歩けばアケボノソウがきれいに咲いてうれしくなる

ツルニンジンには今年は駄目かなと思っていたが、何とか間に合って見る事が出来た
ちょうどそこで、登って来られた知り合いに逢って挨拶代わりに、その方が、おお!ジイソブが咲いていますね
と云われて、ええ!、それ何?と戸惑ってしまった

その方が云われるには、花の斑点がじいさんのソバカスに似ているので、そう呼ぶこともありますよ
少し小さめのツルニンジンをバアソブと云います、とのことであった
ソブとはソバカスのことで長野県の木曽地方の方言が、別名になったようである

ほかの花では、キバナアキギリ、アキチョウジ、オオバショウマ、サラシナショウマ、シコクブシ、など
季節が来れば咲きそろうことは、自然界も気候に左右されながらも、我慢づよく次世代に繋ごうとする

自然のほんの少しだけ、指先の先っちょぐらいしか知らないわけで、計り知れない自然の諸々に
仰天しながら、謙虚に生きることが望まれているのであろう

動植物の連鎖は普段に、いま、ここに、生きるだけのことに集中している、すばらしいことだ
ほんとは、ぼくらも、いま、ここに、しか生きてないのだけれど、つとめて、意識することだよね












アケボノソウ













ツルニンジン(別名 ジイソブ)



























キバナアキギリ














アキチョウジ













オオバショウマ












ナナカマドの実

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林道歩きに四季折節の風景、山中の風景は尽きることなし

2018年09月23日 | Weblog


2004年秋に久保集落の借家に居ついて丸4年を過ごし、2008年秋に孫の守を仰せつかって
久保を引き払って、生活道具をいまの「わとうち」に移して、松山に帰って、孫の守の合間に
「わとうち」に通い、祖谷の風景、花木をたのしむようになって、10年が経った、感慨深いものがあるよなあ

わとうちの庭の草木もずいぶん大きく育ってきた、お気に入りはムラサキシキブの深紫の小さな実は
何時眺めてもこころ落ち着くし、マユミの赤い実もすばらしい、いろいろな花も咲き乱れて
いつもこころを豊かにしてくれるかけがえの無い自然の友だけにうれしくもあり、たのしい時間を持たせてくれるのである


祖谷の林道歩きはいろいろな風景や花木を見つけては、はてな?と思うことがよくある
そのひとつに、はて?こんな奇妙な花は何だろう、白い花弁が大きく飛び出し、曲がってそり返ってその先端は2つに分かれ
くねくねした感じでなんだか異国の踊りを踊っているみたいだし、大きな青い実がデンと付いている、

これが妙に気になっていた、調べてみようと、花の名は、ナンバンハコベ(南蛮繫縷)であった
花のかたちが異国風なので、南蛮と付けられたそうだが、れっきとした日本の在来種だそうだ
ナデシコ科の多年草、山野に生え、茎は細長く、蔓性、大きな青い実は晩秋には黒く熟して中にある種を落とすということである

自然の豊かな祖谷ならではのいろんな事柄に出会うことは心身ともにすばらしいことである













わとうち庵の居間

















ムラサキシキブの実















マユミの実
















ナンバンハコベ















そばの花















ススキと百合
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菜菜子の超気ままにエッセイ( 或る小銭物語)

2018年09月20日 | Weblog


ある日の朝。セルフのガソリンスタンドで、カード会員値引きの画面操作の早押しを高速でやり過ぎて
値引きが出来ていないまま精算をし、損をしてしまった。損をした金額は、30円と少々。

1日の始まりに30円を落とした気分になって、テンションは下がり、いつものコンビニに寄る。
スパゲッティの30円の値引き券を持っていた事を思いだし、さっきの30円を取り戻す為に、背に腹は変えられない。
断腸の思いでスパゲッティを颯爽とレジに持って行った。

時々見かける知り合いと、軽く挨拶をして、会計を済ませてコンビニを出た。
何か忘れた気がして、車に乗り、思い出した。
肝心の30円の値引き券をお財布から出す事を忘れていた。

朝から合計60円を落とした気分になって、60円をどこで取り返そうか、暫し考えてみた。
小銭に妙に執着するこのヤヤコシイ性分は、幼少期に培われたものだ。

昔、昔。我が家に時々やって来た、変なオジサン。
変なオジサンは、いつも同じヨレヨレの、着物のような服を着ていた。
オジサンが入って来ると、家の中は臭くなった。何の臭いだったかは忘れてしまったけど、兎に角、臭かった。
そんな変なオジサンと、時々道で会う事があった。

オジサンが向こうから近付いて来るのが判ったら、わたしは必ず立ち止まった。
変なオジサンは、フラフラと酔拳みたいに歩いていた。
わたしを見つけると、必ず立ち止まり、顔をクシャクシャにして、何故か嬉しそうだった。

そして必ず こう言った。
「お~~ラーメンの子かぁ、10円いるか~10円やるぞ~」
わたしは必ず1歩下がり、言い返した。
「10円や、いらんわ!!」
「10円やるわっ!ホリャア~」

と変なオジサンは、手品みたいに10円玉を取り出して、目の前で見せびらかし、わたしが取りに行かないと
必ず10円を道路に軽く転がした。そして、再び酔拳の様に、立ち去った。

「お金放ったら、バチ当たるんじゃわ~!!」
と変なオジサンの背中に思い切り叫びながら、
わたしは道路に転がった10円玉を、必死で探した。オカッパ頭が地を這う。
そして必ず拾っていた。

あの頃の小銭の感触が、以後の私の人生に影響を及ぼした。
「小銭を笑う奴は、小銭に泣く」
お金は小銭から始まり、
小銭で終わる?

セコい独り言を書いていると、メディアが月旅行を発信していた。久々のおっとろっしゃあ!
同じ1日なのに、
みんな時間の使い方が違う。
時間の使い方は違うけど
同じ時代に生まれて来た。
昭和に生まれて 良かった。
進化と共に
人は何を失って
何を得ているのだろう…

時代や人に左右されないで
私はわたしを
その日までチマチマと生きて行く。


変なオジサンは
「つとさん」
と呼ばれていた。
つとさん~
カムバッ~ク~!

草 々
























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林道歩きはたのしくも山中の景色に尽きることなし

2018年09月18日 | Weblog

方丈記31 「また麓にひとつの柴の庵あり、」に
「夜静かなれば、窓の月に故人を忍び、猿の声に袖をうるほす、、、、、、世に遠ざかる程を知る、、、、、、、、、
あるはまた、山中の景色、折につけて尽くることなし。いはんや、深く思ひ、深く知らん人のためには、云々、、、、、、」

柴の庵で一番のたのしみは朝食を済ませてからの林道歩きである、標高800前後の林道は
滅多に人や車の通ることは無いのでしずかであるから、たっぷり、2時間あまりを費やして
花木を愛で、霧が渦巻く山々の風景を愛で、ときには人家のひとが畑に居れば立ち話を楽しみ
それは、正に山中の景色、尽きることなし、である

標高がそこそこあり、四季折節の花を見つけて喜びに浸るもよしだ、今年はツルリンドウを見出し
時期的にどうかな?と思っていた、高嶺半鐘蔓(タカネハンショウズル)の蕾がたくさんあり
咲いているのが2,3輪、また、ヤマジノホトトギスも咲いていた
コスモスが空に向かって歌い、ススキの穂が棚引く様はこころ和むひと時でもあった

































ツルリンドウ













タカネハンショウズル













タカネハンショウズルの開花













ヤマジノホトトギス














コスモス












ススキ

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山の秋色はそれぞれ工夫を凝らせた実のりに感嘆します

2018年09月12日 | Weblog


山の秋色は植物たち、それぞれの、工夫を凝らした次世代への命を繋げる実のりですね、
カエデは羽をつけた翼果をいっぱい実らせています、葉が落ちるころ、枯れた翼果を
風に乗せて遠くへ旅立ちをしますが、面白いものですね、

ガマズミの実はまだ青いですが、真っ赤になると甘酸っぱく美味しい果実になり小鳥たちの餌にいいですし
果実酒にしても美味しいですね、ナルコユリか、ホウチャクソウか、判断しかねますが、黒い実をつけていました
秋色の景色を演出してうれしい秋の山でした















イロハモミジの翼果


















ガマズミの実

















ナルコユリ?ホウチャクソウ?の黒い実















イヌザンショウ?
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秋雨の恵みに色づく秋の風景はこころに沁みて

2018年09月08日 | Weblog


雨がポロポロ降っている、かなり涼しい空気に包まれて心地よく、しっとりとした冷気が
肌に刺すように熱気を奪って、少し肌寒さを覚える

シコクブシの咲き具合を見て来ようと、ぽつり、ぽつり、と降る雨の登山道をゆっくりと歩いて
秋の匂いをかぎながら、シコクブシの花を探してみるが、小さな蕾が無数に出ているものの
咲いているのは、一株、二株、だけであった、まだ、この山は7日~10日ほど向こうのようである

サラシナショウマもたくさん細い花芽をつけた茎は伸びているが、シコクブシと同じぐらいかかるだろうな、
ナナカマドの実が赤く色づき出しているし、ヤマジノホトトギスはいまが、盛りであった

シギンカラマツの小さな白糸の花がひっそりと足元に咲いて、わたしを見てちょうだい、と訴えている
林道には赤い彼岸花が咲き始めて、コスモスの花も色を添えた、山の秋を先取りした秋雨のひと時をたのしんだ















トリカブト(シコクブシ)
















ナナカマドの赤い実















ヤマジノホトトギス















シギンカラマツの白糸の花
















彼岸花














コスモス

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