秘境という名の山村から(東祖谷)

にちにちこれこうにち 秘境奥祖谷(東祖谷山)

菜菜子の気ままにエッセイ(食文化・熱く語りて・外は雨)

2021年05月19日 | Weblog
自粛生活が長引く今、
食の安全が注目されている。その中に於いて全国のユーザーから熱い視線を向けられているのが、
秘境祖谷地方で栽培されたこんにゃくである。

無農薬の畑で栽培されたと言うよりも、出荷を前提としない彼女の畑は、
昔からそのような科学肥料は使用しない、その存在さえ知らない彼女にすれば、
それはごく当たり前のことなのである。

収穫した蒟蒻芋を、鉄鍋で炊き、炊き上がったら小さく切り、ジューサーに入れる。
昔はすり鉢で練っていたのに、便利なものを友人に貰ったと、彼女は笑う。

さっきまで芋だったものが、数時間後には、粘りをもつ食材に変化し、
灰から取った天然の灰汁を時々足しながら、手の感覚で何度も混ぜていく。

私達が取材に訪れた時は、「初めての事で、緊張します。誰がこんなに、広めたんですか」
と彼女は恥ずかしそうに笑うが、70代後半とは思えない位、動作は機敏である。

彼女の作るこんにゃくを、2年前に帰省していた知人の息子さんが食べた。事の始まりは至ってシンプルである。
この息子さんは、東京で暮らしていて、こんにゃくを食べるのはコンビニのパックに入ったおでんの具のみ。
彼女にお土産を持参し、10年振りに訪ねた時の出来事である。

こんにゃくを手のひらで丸めながら、大鍋に入れ、沈んでいたこんにゃくが、浮きあがってくる。
浮きあがったこんにゃくの表面を、掬い網の木の面で突いている。暫くして一つを掬い上げ、ザルに入れる。
こんにゃくの色は灰色と赤錆色を僅かに足したような、何とも複雑な色合いだ。

『食べてみる?』
と聞かれ、彼は食べられるのか?と問い直した。
『さしみで食べたら、美味しいから』
と彼女に勧められるまま、少し冷ましたこんにゃくを手でちぎり、醤油をかけて一口、かじった。
口の中で広がる、歯応えのある食感と独特の芋の香り。滑らかでいて、舌に残る繊維質の風味。
一口目を食べて、醤油を少しかけて(手のひらの隙間から、醤油が流れていく)二口目。

こんにゃくって、こんな味だったのか!それまで彼は、スポンジを噛むような
こんにゃくの食感しか知らなかったから、そのこんにゃくの風味に、酷く感動した。
そして、ツイッターで呟いた。
祖谷のこんにゃく、絶品!
こんにゃくって、こんな味だった!
本物が、故郷で眠っていた!

その呟きが、瞬く間に拡散され、そして世界に発信された。
が、一年前から自粛生活となり、誰もがこの場所を、特定出来ないでいた。
祖谷地方と言っても、広い。
西祖谷を祖谷と呼ぶ人もいて、地元の人は蕎麦もこんにゃくも、自分で打ったり、作ったり出来る。

我々地方の取材人が、東京のテレビ局から依頼を受け、ようやく彼女に取材許可を得た。
徳島ナンバーの車だから、村の人の冷ややかな視線も受けずに済んだ。
他県のナンバーに神経質になっていると言う、情報もあった。

本物の味に行き着いた私達は、思案した。
この場所を特定されない様に、情報を届けたい。
そもそも、それを届けて何か良いことはあるのか?彼女の平穏な暮らしに、何かしらの、弊害が生じないか。
知りたい、見たい人がいるから、情報番組は成り立つ。スポンサーも付く。
思案しながらも、仕事と割り切り、今回の取材を終えた。

確かに、あの酷道の先に、山々に隠れた集落に、本物の味が在ることを実感出来た。
たかがこんにゃく。されど、こんにゃく。
秘境、祖谷。
未知なる魅力の詰まった山里。

深い山々の渓谷から、霧が駆け上がっていくその一瞬、一瞬で変わる景色は、
モノクロ画のように聡明で、自然界が無言のままで、地響きを起こしている様に見えた。
流れる風は、静かに空に続いていく。風が呼吸している。
再び、この村が、県外客を笑って迎える事が出来る日が、
1日も早く訪れることを祈りながら、今回の取材後記とする。


オールフィクションでお届け致しました、祖谷こんにゃく宣伝?バージョンでございました。
本当に、美味しかったです。
彼女の作ったこんにゃく。
やっぱり、本物は在ります。

            草草






























コメント
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