こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

世界を知覚しなおすとき・・・

2012年08月25日 | 未整理
森羅万象の受け皿である私の身体が、心(成育史の)と体(生物としての)と
魂(時空を超えた愛そのものの)の3つの要素からできているとして、
この身体の質を改善したいなあと、最近とみに、強く意識するようになりました。

意識するとどうなるか。とても単純なコトですが、言葉で表現するならば、
五感を通して世界を眺めるときに、無意識で多少灰色がかったフィルターをかけていたのを、
知覚を意識したならば、意識して旧いフィルターをはずして、
世界をクリアーに眺めなおす、新たに感じなおす…そんな感じです。

フィルターを付け替えて知覚しなおす。。。これこそ、
やらなければならなかった基本中の基本だったのではないかなと思うのです。

いちいち意識するとどうなるかというと、ふと感じると―それはたとえば、
窓を吹き抜ける風のときもあれば、小鳥のさえずりのときもあるし、
今キーボードを打ち込んでいる行為もそうですし、
運転しながら目に入る、おばあさん達の立ち話の光景とか、
意識して知覚する現象のすべてですが-ふと意識して知覚しなおすと、
いつも、なんとなく口元がゆるんでしまう。微笑んでしまうことが多いですね。

新鮮な感受性をもって世界を知覚しなおすことで、
森羅万象の体験を意識的に幸福曲線に移行しているわけですが、
すべては幸福曲線で世界を受けとめる確かな身体をつくるためです。

この身体がなくては、人生を悔いなく生き抜くことはできません。
今やっていることは、わたしの幸福な人生の核心の課題なのだと思います。
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