こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

内なるもの、希求するもの

2019年06月10日 | 自己実現
平成から令和へ。改元の一連の行事に触れながら、
近代史に俄然興味が湧いてきました。
明治、大正、昭和を知ることは、自分の生育史で
合間見えた大人たちの生きた時代を知ることだったと、
今更ながら、こんな当たり前のことに感動しています、、。

大事件の顛末があって、そのとき何が起こっていたのか。
近代史では聞き取り調査の資料や、広範囲に渡り
分析作業を丹念に進めた著作やルポルタージュなど、
事件を巡って相対する両者の立場と言い分を
かなり正確に知ることができますが、それらを読み進めて、
そうだったのか!と新しい理解をいくつも得ることで、
それですっきりするかと言えばそうでもなくて、
どうして、こういうことになってしまうのか?
パタンと本を閉じては、けっきょく人間は何も変っていないし、
現在に至るまで同じ事を繰り返しているのだなァ。。。
そんな感情が湧いてくるのも正直なところなのです。

しかし、すっきりしない感情を抱きながらあれこれ思い巡らすことに
意味がある気がしているのも本当なので、
しばらくは興味と関心がこの時代に注がれることになるのでしょう。

生育史の背景にある薄ぼんやりしていたところに、
薄明かりが照らされたような、意外な意識化が起こることもあって、
ごくささやかなことでも、それはちょっと愉しいですね。
大正時代、上京していた祖父が丸ビルに居て大震災の難を逃れたという話を、
直接、聴いてみたかったと今になって思うなど想像もしませんでしたから。。。

歴史を知り思い巡らすことは鎮魂にも通じて、
内なる魂の希求であるかもしれない、ふとそんなことも思うのです。

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