こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

小さなウソ、小さな不一致

2015年04月21日 | 
深層心理での本音が意識や言葉と一致していれば、心理療法上の問題はありません。
しかし心の奥深い部分での本音と頭・心での意識・言葉があまりにも相違している場合は
大きな問題が潜んでいます。(*生き甲斐の心理学・第3章〔20〕より)

じーっと上記の文章を見ていると、人が(私が)正常と異常の狭間、
中間地帯を、おっとっとぉ、、と揺れながらも辛うじて、
健全を保ちながら過ごしている日常の姿が見えてくるようですが、
時に大きな不一致が起こったとしても、不一致に気付きさえすれば、
その瞬間に振り子は一致に向かうことになります。

不一致に対する感受性が冴えてくると自他に関係なく不一致を知覚した瞬間、
暗い気分に墜ち込むような心が固まり感情の流れが途絶える。。。
そんな気配に包まれるので、人々との接触を遠ざけたくなる心境になったりしますが、
他人を遠ざけることはできても、いついかなるときも自分だけはピタリとくっついてくるのだから、
不一致を知覚しても、そう簡単には心が固まらない考え方を確立しておくことですね。

つまるところ。それは人間に対する深い理解ということなのだと思いますが、
人間の本質は不安。その前提に立って不一致という現象を見つめる必要があります。

人間の本質が不安であるならば、微かな不安が人間の常態ともいえるわけで、
あなたも私も基本的には不安が常態ということになるでしょう。そして、
あなたも私も人は、いつでも安心を求めていて、求めているその要求が、
ときに不一致という形で現れてくるわけです。

安心であれば不一致は顕れてこないはずで、本質に根ざした不安ゆえの不一致と捉えれば、
不一致を体現している目の前の対象に共感的な理解が生まれてくることでしょう。
あなたも私も。人は愛を感じている限りにおいては、いつでも安心に包まれていますが、
そんなことはありえないし不可能です。もし可能だったら光と影の美しさもないわけで、
そんな世界は考えただけで、そっとしますが。

愛を感じていれば不一致は起こらない。人間の本質が不安ゆえの不一致。
それを思い出せば不一致に遭遇しても動じることなく穏やかさをキープできそうです。

不一致とは、日常的な言葉でいえば小さなウソといった感じですが、
あなたと私、人に対する共感的理解、人間観を確立することで、
そうやすやすと感情が乱されない。健やかな感情生活が望めそうですね。
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