こころの羅針盤

私の人生に待ちうける「意識」の大海原・・・心と身体と魂と、日々の感情生活を語ります。

大勢の他人と、未知の感情と。。。

2015年04月20日 | 光と復活体
今朝は、直前まで見ていた夢を思い出すと可笑しくて、
床から起き上がるや声をたてて笑ってしまいました。

既知の他人や未知の他人、とにかく登場人物が多くて、
私のあずかり知らぬところで何か計画が進んでいるらしいのですが、
人々を歓迎しているわけでもなく、かといって困っているふうもなし。
家人が意図して何かが始まろうとしていることだけは理解しています。
夢の中で案外たくましく行動している私なのですが、
大勢の人々は私の感情を表しているのではないか。そんな直感をもちました。

悔いのない人生とは? 一つの見方として
人生の前半で、抑制、抑圧してきたモノを(感情を)、
人生の後半で十全に昇華することが叶うならば、
人生に悔いは残らないのではないかと思います。
後半生の感情生活を、のびのびと私らしく生きるのです。

感情生活に関して他人のせいにしたり環境のせいにしたり、言い訳は通りません。
健全な感情生活をつくりだすのは、本人(私)の意思にかかっていて、
私が私をどれくらい受容しているのか。どれくらい肯定的に受け留めているのか。
感情生活は、その一点にかかっているのだと思います。
とはいえ。どのような感情生活を求めるのか、求めないのかも人それぞれなので、
求める人は求めるし、求めない人は求めない。人生いろいろです。
でも一ついえるのは自己受容と感情の昇華に不真面目であるとき(無関心であるとき)、
他者受容も叶わないし本物の和をつくりだすこともできないのではないか。そんな気がします。

今朝の夢に出てきた家人は、これまで表れていなかった私自身かもしれないと思います。
大勢を招いて私は何を始めようとしているのでしょうね?判りませんが、ワルイことではなさそうですね。
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