この本で僕はすっかり田崎先生のファンになってしまった。「統計力学〈1〉(田崎 晴明著)」は、今年僕が読んだ物理学書にランキングをつけるとすればおそらく1位となるだろう。この本で勉強できる今の学生は恵まれていると思った。連休に時間がとれたので後半を集中して読むことができた。ありがたい連休だった。ブログ記事の投稿数がこのところ激減しているのも田崎先生の本に僕が熱中しているためである。(笑)
統計力学では原子や分子のミクロな運動のニュートン力学的視点から確率論へ視点を変えることを出発点としている。測定値として観測されるマクロな世界の物理量や物理量が従う法則を確率モデルを使った手法で導き出す手法だ。中学や高校で学習する平均や分散、標準偏差などは無数の粒子の運動がもたらす結果に結びつき明快な理論によって現実世界の現象を正確に説明してくれる。
無数の粒子の運動の組み合わせがとりうる状態、つまり「無数の粒子×各粒子の無数の状態の数」を分配関数として表現し、確率的に最もおこりやすい状態の集合が現実世界での観測量、つまり僕たちが日常感知する物理量をきわめて正確に予測する。その背景にあるのは無数の粒子がもたらす確率論の大数法則の収束性だ。
統計力学には粒子を古典力学として扱う手法と量子力学的粒子として扱う手法に分かれるが、本書は量子力学的な導出方法を主軸に置いている。そのほうが理論をすっきりと説明できるからだ。なので量子力学を学んでから読むことをお勧めする。
前著「熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)」でもそうであったのだが、田崎先生の本の魅力はその「まえがき」や「脚注」にある。(もちろん本文が優れていることは言うまでもない。)先生ご自身が専門とされている統計力学や熱力学の論理構造に感動し、その感動の深い意味合いをこれから学ぼうとする読者に雄弁に語りかけている。「脚注」も徹底していて、くどいと思われるまでに解説の厳密さを真摯に追求されている。本書12ページ目においてはなんと本文はページ上部の3行だけで、その下には小さい文字で45行にわたる脚注が書かれている。
本文についても読者をぐいぐい引きつける。ところどころに「~ということは驚くべきことである。」のように段落を結んでいる箇所が見受けられるが、それらはまさに理論物理学史のマイルストーンとなる数々の法則が統計力学のシンプルな仮定から導きだされる瞬間なのだ。
また他の統計力学の教科書でよく見られる間違いや勘違いについてもその誤りを指摘してくれているのはありがたい。特に統計力学は物理的な状態としての「等重率の原理」を数学としての確率論のモデルを使って計算を進めるのが通常行われているる方法だ。数学理論としての「エルゴード仮説」から導くべきものでないということをこの本で田崎先生は説明されている。
この部分は自分の理解不足が判明したため翌日に修正追記しました。
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しかしエルゴード仮説についての記述は一般的に認められた定説というわけではなく田崎先生独自の主張であり、これについて「勇み足ではないか」という意見がMackyさんのブログの「等重率の原理とエルゴード仮説」という記事で詳しく述べられている。
また田崎先生ご自身も、この本の出版後にこのページで詳しくお考えを述べられているので紹介しておこう。
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物理学のそれぞれの分野はいわばロールプレーイングゲームのステージであり、各ステージはそれぞれ異なった法則に支配されている。ところが不思議なことに隣のステージの法則には必ず矛盾なくつながる扉が用意されているのだ。「統計力学ステージ」も熱力学や電磁気学、量子力学と見事なまでにつながっており、その境界を突破する数式が導かれたときの感動は、次のステージの扉を開ける秘密の鍵を与えられるような感覚だ。(ちなみに僕はゲームはしない人であるが。)
僕自身、統計力学については「統計力学を学ぶ人のために:芦田正巳著」で入門した。これは入門用としてはいちばんよい本だと思う。けれどもこの本は内容を最低限必要な事柄にフォーカスしているので統計力学の応用例については学ぶことができない。
その点、田崎先生のこの本は第5章以降で理想気体、鎖状分子の弾性、常磁性、比熱、電磁場と黒体輻射の問題など統計力学の応用例を深く学ぶことができる。これらの物理現象が確率論をベースとする論理だけで説明できるのは新鮮な驚きである。幸いこの本について僕は応用例や章末の演習問題を含めてほぼすべて理解することができた。
まるで理科好きな中学生が相対性理論の入門書を読むようにここ数年僕は物理学書を読みあさっている。「勉強」や「試験対策」というスタイルでじっくり取り組んでもいいし、僕のようにむさぼり読むのにも適しているのがこの本のよさだと思った。
この本については「アトムの物理ノート」でも「「統計力学1」田崎晴明著(培風館)」という記事で第7章の「電磁場と黒体輻射」について感想を書かれているのでお読みいただきたい。
さて、明日から続編の「統計力学〈2〉(田崎 晴明著)」に進もう。
統計力学〈1〉(田崎 晴明著)
統計力学〈2〉(田崎 晴明著)
熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)
関連サイト:
田崎先生のホームページ:本の詳細な解説や正誤表が読めます。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/halJ.htm
関連記事:
熱力学―現代的な視点から(田崎 晴明著)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b4897aa001b274d176c3d676f691ced2
統計力学〈2〉(田崎 晴明著)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/bb7189e7f9437ef342757a9199863e8a
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「統計力学〈1〉(田崎 晴明著)」目次
第1章:統計力学とは何か
- 統計力学とその背景
- 本書についてのいくつかの注意
第2章:確率論入門
- 確率論の基本
- 物理量のゆらぎと大数の法則
- 連続変数の扱い
第3章:量子論からの準備
- エネルギー固有状態
- 状態数
第4章:平衡統計力学の基礎
- 平衡状態の本質
- カノニカル分布の導出
- カノニカル分布の基本的な性質
第5章:カノニカル分布の基本的な応用
- カノニカル分布のまとめ
- 理想気体
- 常磁性体と関連するモデル
- 比熱の一般的なふるまい
- 調和振動子の平衡状態
- 古典的な粒子の系
- 二原子分子理想気体の熱容量
第6章:格子振動と結晶の比熱
- アインシュタインモデルとその問題点
- 一次元格子系の固有振動のモード
- 連成振動の一般論
- 三次元の結晶の統計力学
第7章:電磁場と黒体輻射
- 簡単な歴史的背景と問題設定
- 電磁場と調和振動子
- 古典論の破綻
- 量子論による黒体輻射の扱い
付録A:数学的な補足
- いくつかの積分
- スターリングの公式
- ν次元球の体積
読まれているようで。うらやましい。
私は、、熱力の本を読み始めたばかり。2章を終えた程度。確かに田崎先生の本は、独自色があるようです。
と言っても、この分野は、学生時代読んだことがあるぐらいで、他書との比較について、コメントできるような立場ではありません。
準静的操作に捉われない立場で書かれているように思える。
まあ、私もなんとか頑張って読んでみます。
僕が感動できるのも大学時代に物理学をほとんど学んでいないため、特に新鮮に思えるからだと思います。(数学専攻でした。)
熱力学の本のほうも教科書っぽくない息づかいがありますね。ぜひぜひ楽しんでください。
僕は小説のように一気に読んでしまって田崎先生に申し訳ないくらいです。
http://d.hatena.ne.jp/rikunora/20090201/p1
ここ見たんで
実はこの本を既に購入し、ちょうど今日届いたばかりなのです。のぶゆきさんのご紹介のあまりのタイミングのよさ、偶然の一致に驚いているところです。
チャンドラセカール先生の「プリンキピア講義」の本は週末に書店で内容を見てきました。高価な上、いつでも購入できる本なので読む時間がでてきそうになったら入手しようと思っています。
あとブルーバックスから和田純夫先生の「プリンキピアを読む」がでていて、こちらは分量も手ごろなので読み始めました。
ところで英語やラテン語、フランス語について「プリンキピア」は絶版になっていず、通常の物理学書の価格で販売されています。それに比べて日本語のはすべて絶版になってしまっています。人類にとって貴重な財産であるこの科学書が出版されていないとはなんと嘆かわしいことかと思いました。
近々プリンキピアについての記事を書こうとネタや資料を少しずつ準備しているところです。