とね日記

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虚数や複素数に大小がないのはなぜ?

2015年02月28日 16時55分22秒 | 理科復活プロジェクト

今回は虚数や複素数のことを学んだ高校生向けの記事。

科学史上はじめて虚数が物理学の方程式に(本質的な意味において)使われたのは1925年のハイゼンベルクの行列力学や1926年のシュレーディンガー方程式で、この2つはともに原子や電子など非常に小さい粒子の量子的状態のありさまを記述したものだった。(その後、2つの方程式は同等であることが数学的に証明された。)

ハイゼンベルクの行列力学の方程式 (ウィキペディアの記事


シュレーディンガー方程式 (ウィキペディアの記事


原子や電子などミクロな粒子(量子)について、ハイゼンベルクの行列力学の方程式はその粒子的な性質、シュレーディンガー方程式は波動的な性質をもっていることを示している。

原子や電子にくらべれば私たちの世界はとてつもなく大きい。しかし私たち自身も含めてこの世界のあらゆるモノは原子や電子などがたくさん集まってできているわけだから、この2つの方程式はいわばこの世界に物質が存在している在りかたを基礎づけているとても大切な式なのだ。

けれどもこれらの方程式が発表されたとき、物理学会は大騒ぎになった。方程式の中に虚数 i が定数として使われていたからだ。そして方程式を解いても虚数 i はそのまま残ってしまうのだ。

アイザック・ニュートンによる力学3法則以来、数百年の歴史の中で発見されてきた物理学の方程式はすべて実数だけで記述されていた。なぜなら物理学で扱うことがらはすべて「大きさをもつ量」、「大小関係を比較できる量」であらわされるからだ。

位置や速度、加速度、時間、質量、温度、運動量、エネルギー、電流、電圧、抵抗値などあらゆる物理量は「大きさ」をもっている。たとえ電磁波(電場と磁場)のように目に見えなくても大きさをもつ量であらわせることが、この世界における存在の証である。(参考記事:「実在とは何か? (別冊日経サイエンス)」)

しかし虚数 i が意味するのは非存在性。虚数には「大きさ」という性質がないからである。これが現実世界をあらわす物理学の方程式にあらわれたとき、式をどのように解釈したらよいのかわからくなってしまったのだ。


高校では物理ではなく数学の授業で虚数や複素数を学ぶ。2乗して-1になる数が存在するとして、それをとりあえず i として表し虚数と呼ぶことにしようという導入のしかただ。その導入は数学の世界だけで「とりあえず」認めたものであり、現実世界の何かに対応するものではなかったことを思い出してほしい。

1637年にデカルトが初めて「虚数」という言葉を使ったそうだ。ただし、虚数の考え方自体はそれ以前の1500年代にジェロラモ・カルダーノによって発見されており、レオンハルト・オイラーやカール・フリードリヒ・ガウスを経て、人々に受け入れられるようになったという。虚数の導入は代数学や解析学(微積分)にとってきわめて自然で、数学の発展に欠くことができないものになった。しかし受け入れられたと言ってもそれはあくまで数学上のことだけである。


高校数学では虚数や複素数に大小関係はないと教えられる。しかしそう言われても腑に落ちない。i < 2i のような気がするし、そのように大小関係を定義してもよいのではないのだろうか?

正解を先に言うと「大小関係ではなく順序関係を定義しようとすればできるのだが、それは私たちが使っている四則演算の法則とつじつまが合うようには定義できない。」ということである。

「大小関係」というのは「順序関係」のうちのひとつだ。「順序関係」は無数にあり、ある特定の規則にしたがうと順序がひととおりに決まるように定義する。規則が違えば順序関係も違ってくる。大小関係のほうが四則演算の法則を満たすという条件が加わるので順序関係よりも制限が強くなっている。つまり 順序関係 ⊃ 大小関係 ということだ。

日常生活で「大小」と「順序」をこのように区別して意識することはないだろうけれども、これが数学における「一般化」の一例である。

たえとえばお金(硬貨と紙幣)を金額の順に並べたのは大小関係を満たしていることになる。けれどもトランプのカードや花札、マージャンの牌などを並べる方法はいくつも考えられるので、方法をひとつ決めて並べればそれは順序関係しか満たされていない。トランプの場合、数字だけに着目すれば大小関係にしたがって並べることができるが、スペードやハートなどのマークを優先して並べると途中で数字の大小関係は逆転するのでただの順序関係になってしまう。さらにジョーカーは数字がついていないので、たいてい先頭に置くか末尾に置くかのどちらかで大小関係にはならない。

虚数や複素数は計算できる数なのに大小関係がないというのがおもしろいところだ。

それでは私たちが馴染んでいる四則演算を満たすような大小関係、つまり私たちがふだん大小関係と呼んでいる性質が虚数や複素数にはなぜ無いのだろう?それをこれから証明する。

まず虚数のケースから始めよう。


虚数に大小関係がないことの証明

私たちが大小関係をくらべるとき使うのは「不等式」だ。大きさで比べられる何かの量があったとき、それはプラスの値かゼロ、マイナスの値の3つのうちどれかだ。虚数 i はゼロではないからプラスかマイナスのどちらかであるかは明らかだろう。つまり、次のどちらかの不等式が成り立つ。

i > 0 または i < 0 のどちらかが成り立つ。(この記事トップ画像の式「i < 2i ?」についても両辺から i を引けば「0 < i ?」と同じことになる。)

まずi > 0が成り立つと仮定してみよう。

ここで私たちは2つの数、αとβがありそれらがともにプラスだとすると次の不等式が同時に成り立つことを知っている。これは慣れ親しんでいる四則演算の法則とも矛盾しない。

α+β > 0 と αβ > 0 は同時に成り立つ。

αとβの値は任意にとってよいので、ここでα=β= i (>0)としてみよう。するとひとつ上の式は次のようになる。

ii > 0 と i ^2 (i の2乗) > 0 は同時に成り立つ。

i の2乗は定義により-1であるから、上の式は次のようになる。

2i > 0 と -1 > 0 は同時に成り立つ。

つまり

i > 0 と -1 > 0 は同時に成り立つ。

赤色で示した部分は矛盾である。したがってi > 0と仮定したのがこの矛盾をひきおこしたので、i > 0ではないことがわかった。

それでは次にi < 0が成り立つと仮定してみよう。

そして2つのマイナスの数、αとβを考えたとき次の不等式が成り立つことを私たちは知っている。

α+β < 0 と αβ > 0 は同時に成り立つ。

αとβの値は任意にとってよいので、例えばここでα=β= i (<0)としてみよう。するとひとつ上の式は次のようになる。

ii < 0 と i ^2 (i の2乗) > 0 は同時に成り立つ。

i の2乗は定義により-1であるから、上の式は次のようになる。

2i < 0 と -1 > 0 は同時に成り立つ。

つまり

i < 0 と -1 > 0 は同時に成り立つ。

赤色で示した部分は矛盾である。したがってi < 0と仮定したのがこの矛盾をひきおこしたので、i < 0ではないことがわかった。

したがって i > 0 と i < 0 はどちらも成り立たないことになり虚数 i は大小を比べられない数であることが証明された。

「大小を考えられる通常の四則演算を満たす数は2乗すれば必ずプラスかゼロになるので、2乗してマイナスになる虚数のような数は大小関係をもたない。」とひとことで言ってしまえばそれまでなのだが、詳しく証明すると上のようになるわけである。

このように私たちが日常使っている四則演算を満たす大小関係を虚数はもっていないわけだが、「順序関係」を定義することはできる。そのいちばん単純な例は次のようなものだ。順序関係を「→」であらわすことにする。

i → 2i → 3i → 4i → ....

くどいようだがこれは「順序関係」であって「大小関係」ではない。そしてこれらの虚数と実数の間に大小関係はない。


複素数に大小関係がないことについて

aとbが実数のときa+biという数を複素数と呼ぶことも高校数学で学ぶ。複素数に大小関係がないことの証明は結局のところ上記の虚数の場合に帰着することができる。複素数は実部と虚部の和としてあらわされ、虚部に大小関係の性質がないからだ。

しかし複素数にも「順序関係」を定義することはできる。たとえば次のようなものだ。2つの複素数α、βを次のように置く。a, b, c, dは実数とする。

α=a+bi, β=c+di

複素数αとβの間に順序関係があり、それを次のように定義してみるとしよう。

もしa≧cのとき、つまり実部に大小関係があるときは順序関係をそのままa+bi≧c+diで定義し、

そしてもしa=cならば、つまり実部が同じ場合、もしb≧dのときa+bi ≧c+di であると定義するのだ。

このように定義すると複素数αとβは、必ずα≦β、α≧βのどちらかが成り立つ順序関係となる。

例をあげればこの順序関係は次のようなものだ。

1 → 1+i → 1+2i → 2 → 2+i → 2+3i → ...

さらに私たちが日常扱う実数で成り立つ次の3つの性質(順序の公理)が、上で定義した複素数の順序関係でも成り立っていることを確認することができる。(ここでは順序関係「→」を「≦」であらわす。またα、β、γは複素数とする。)

α≦α (反射律)
α≦β および β≦α ならば α=β (反対称律)
α≦β および β≦γ ならば α≦γ (推移律)

もうほとんど大小関係が成り立っているように見えてしまうが、そうではない。私たちの四則計算に整合する大小関係になっていないことは、さきほどの虚数のケースで証明したようにα=β=i とした場合に矛盾した結果がでてきた例で確認したばかりである。

通常の数(実数)では成り立っている次の2つの性質が複素数では(そして虚数でも)成り立っていない。先ほどの定義だけでなく、複素数はどのように順序関係を定義してもこの2つの条件を満たすことはできないのだ。

α ≦ β ならば任意の γ に対して α + γ ≦ β + γ
α ≦ β 、0 ≦ γ に対して αγ ≦ βγ


虚数が物質の存在の基礎方程式にあらわれることを受け入れた結果、原子や電子のようなミクロの世界の物理法則を解き明かすことになる量子力学が誕生し、それまで説明がつかなかった電磁気現象や物質の性質などが説明できるようになった。つまりトランジスタやダイオードなど半導体を使った電子部品が作れるようになった。エレクトロニクス技術は量子力学のおかげで誕生したと言ってよい。

参考ページ:

導体・絶縁体・半導体(物理のかぎしっぽ)
http://hooktail.sub.jp/solid/differenceOfResistance/

それと同時に物理学者は直観的には受け入れがたい数々の奇妙な状況を現実として受け入れなければならなくなったのだ。次の記事でくわしく紹介しているので、ぜひお読みいただきたい。

虚数は私たちの世界観を変えてしまった。
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/ed35400df27a2bc7e597531c08d99869


今日の話は次回の記事に続く。


注意: この記事の冒頭で「科学史上はじめて虚数が物理学の方程式に(本質的な意味において)使われたのは~」と書いたが、なぜ「本質的な意味で」と括弧書きしたかというと、本質的ではない虚数の使い方をすることが物理学の方程式であるからだ。たとえば電子回路の「RLC回路」などの計算で方程式をたて、虚数を含んでいる「オイラーの公式」を使って解く場合がある。これはそうしたほうが簡単に解くことができるからで、電子回路の状態の中に虚数で示される何かがあるわけではない。あくまで数学の世界の中の便法として虚数が使われているだけなのだ。


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