とね日記

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量子力学II 第2版(朝永振一郎著)

2007年09月17日 20時40分04秒 | 物理学、数学

物理学を専攻している大学生が教養課程で力学や電磁気学を学び、3年目の専門課程で量子力学に取り組もうとするとき朝永先生の教科書を選ぶかディラックの教科書を選ぶかという2つの選択肢がある。もちろん担当教官がまったく別の教科書を選ぶこともあるが、たいていの教科書はこれら2つのどちらかに近い。(あまりに自由闊達なファインマンの教科書を講義に使う教官はまれであろう。)

天才物理学者ディラックの量子力学は名著であるが、初学者には難解すぎるため、同じ名著であってもわかりやすい朝永先生の教科書をお勧めする。第1巻では量子力学の黎明期からボーアの量子論(前期量子力学)までを数式による説明よりも実際の物理現象を言葉で理解させようという方針で書かれているからだ。「正統派」といっていい。

第1巻の「量子力学I第2版」(朝永振一郎著)では前期量子力学でおぼろげながらわかってきた光子や電子のミクロな性質、つまり波動性と粒子性の不可分性、プランクの仮説を導入することによってそれらの粒子のエネルギーや位置、運動量や状態が不連続なとびとびの値をとることを解説している。

今回読み終えた第2巻の「量子力学II第2版」(朝永振一郎著)では第1巻の仮説をさらに発展させる。章は第1巻からの通し番号なので第6章からはじまるが、この章では物質の波動論と題し、光子や電子だけでなく、ミクロな物質はすべて波動性と粒子性があることを仮定している。物質波として具体的には1つの粒子を前提とした「ドブロイの波動方程式」という微分方程式を提示し、波動方程式を解くことによってその固有値や固有関数の性質を示し、エネルギーの壁を粒子が通り抜けてしまうというトンネル効果や物質波の散乱が実験結果と理論で一致していることを解説している。また水素原子の電子軌道が特定のとびとびの方向に存在することについてもボーアの理論と矛盾することなくドブロイの波動方程式から説明可能であることを示している。

第7章から量子力学の総本山である「シュレディンガー方程式」が導入される。第1巻のハイゼンベルグのマトリックス量子力学では粒子のとびとびの状態をマトリックスで表現可能なことが示されていたが、これを数学的に解くことは非常に困難であった。シュレディンガーはドブロイの波動方程式を変形した結果得られる方程式の表現とマトリックス量子力学から得られる方程式の表現に対応関係があることに気づいた。さらに波動方程式の固有関数、固有値(W)とマトリックス方程式の固有ベクトルや固有値(エネルギーE)についても対応関係、波動関数の微分演算子とマトリックス演算子の交換関係が見事に対応していることがわかた。これらのことにヒントを得、シュレディンガーはあらゆる粒子を量子として見なした場合に成立する「シュレディンガーの波動方程式」を導いた。波動方程式という微分方程式の形で量子力学が記述され、マトリックス力学では解けなかった物理的現象が数学的に解くことができるようになった。

シュレディンガーの波動方程式は1粒子の場合を記述するとドブロイの波動方程式と完全に一致する。そのため両者を同一のものと誤解することが多いが、2つは根本的に異なるものである。ドブロイの波動方程式に含まれる波動関数は実際の空間内に広がる場を記述した関数であり、ドブロイの波動方程式は運動方程式である。量子性には縁のない古典的な場の方程式にすぎない。方程式から解くことのできる固有値(E)は波動の固有振動数のh倍という意味であってエネルギーではない。一方、シュレディンガーの波動方程式ははじめから量子力学的なもので、方程式の固有値(W)ははじめから(とびとびの)エネルギー準位である。

2つの波動方程式の違いは2粒子以上の多粒子系の場合で明らかになる。シュレディンガー方程式は粒子と粒子の間の相互作用も取り扱っており、それぞれの粒子の波動関数に線形性が成り立ち、重ね合わせの原理が成り立っている。一方、ドブロイの方程式では重ね合わせの原理が破れている。

波動方程式や波動関数というととても難しくて理解できないと思われるかもしれないが、実はそうではない。波動関数は突き詰めれば虚数をべきに持つ指数関数、つまり「博士の愛した数式」で有名なオイラーの公式であり、複素数平面と実数軸の張る空間内をぐるぐる回る螺旋(らせん)の形をしている。そういう形の関数の重ね合わせ(足し算)で表されると言えばイメージがつかめるだろう。オイラーの公式はサイン関数と虚数を掛けたコサイン関数の和であるから、その本質はサイン関数で表される振り子のような単振動と同じである。このような波動関数を解とする虚数を含む微分方程式を波動方程式と呼んでいる。

第8章ではシュレディンガー関数の物理的意味というテーマで波動方程式から計算できる運動量をはじめとするさまざまな物理量についての考察を深める。この考察を深める結果、波動性を前提とした方程式から粒子としてのさまざまな物理量を統計的、確率的に導くことができる。そして章のしめくくりとして回折と干渉の現象が波動方程式から説明できることを示し、古典力学から得られる結果を一致していることを確認している。

第9章では量子力学的状態というテーマで統計的な手法で古典力学と量子力学の違いを浮き彫りにしている。古典的なボルツマンの原理によって熱力学が統計的に解釈されたが、量子的な仮定を導入するまで熱力学は矛盾を含んだ理論だった。量子が確率的な存在にしか成りえないということがわかったため、1粒子の物理に対しても統計的な手法が適用され、粒子の運動量や位置が計算できようになった。その結果が「不確定性原理」として知られる不等式である。つまり運動量と位置を同時に正確に知ることは不可能とする原理のことだ。観測機材の精度に限界があるからではなく理論的な制約なのだ。また、こうした物理現象を測定することによって、観測するまでは波動のままで不確定だった物理量が特定の値として得られる「状態の収縮」についても述べている。波動方程式において状態の収縮は複数の定常状態が重ね合わされた形から1つの定常状態へ遷移が行われることに対応している。1つの量子において状態の重ね合わせの式から量子の確率的性質が導かれるが、(1つの量子の)複数の確率が干渉をおこすことも数式によって示される。ヤングの二重スリットの実験で1つの電子や光子が干渉縞を描くことも、この段階で理解することができる。

第10章では多粒子系と波動場というテーマでシュレディンガーの波動方程式を満たす量子が多数あった場合の統計的性質を解説している。光子はボーズ統計に従うボーズ粒子のグループに属する。ボーズ統計というのは多数の粒子が存在しているとき、1組の粒子を交換して得られる多粒子系の状態の個数、つまりそれぞれの状態に属する粒子の場合の数を計算するときに粒子の「個性」を無視して個数だけ数える考え方である。このように数え上げることによって「どの粒子がどこにいる」という問いを無意味にし、古典的な粒子とは異なる量子的な粒子の振る舞いを波動場の中で説明することが可能になる。量子力学で粒子の径路をひと筋の道と考えることが無意味であることと、ボーズ統計の粒子の数え上げ方とは密接に結びついているのだ。また、ボーズ粒子をあらわす波動関数の固有関数は対称的状態になっており、ボーズ粒子は自然界において対照的状態で存在し、その対称性は保存される。

自然界にはボーズ粒子以外の粒子も存在する。電子を代表とするフェルミ粒子でありそれらはフェルミ統計に従う。フェルミ粒子は「反対称性」があることがわかり、このことと同じ状態に属する粒子は1つだけという「パウリの排他原理」は密接に結びついている。原子の周りの電子が殻を構成し、それぞれの殻に一定個数の電子しか入れないことはこの原理によるものである。人間が地面の上に立っていられる(つまり固体は硬い)のも、究極的にはこの「パウリの排他原理」で説明される。

さらにこの章ではボーズ粒子やフェルミ粒子のシュレディンガー関数の対称性、反対称性を解説しながら量子化された場の理論を展開する。この段階にきて粒子と波動に関わるジレンマは波動場として説明がつき、粒子と波動のどちらを量子的対象と考えるかはまったく便宜上の問題であって、いろいろな問題を計算するときに便利な方を用いればよいということがわかるのである。

ところで量子の径路を考えることには意味がないということを朝永先生はわかりやすい例を使って説明している。たくさんの電球から作られた電光掲示板の右上と左上の角から長方形の対角線上の電球が次々と点滅してそれぞれ左下と右下の角に光点が移動しているように見えている状況を考える。長方形の中心で2つの光点は1つに重なってまた2つに分かれるように見える。光点の径路を考えることとは、このとき左下に到達する光点は右上から出発した光点なのかそれとも左上から出発した光点なのかを考えることであり、無意味である。実際はひとつひとつの電球が順番に点滅しているだけなのだから。量子の径路を考えることの無意味さはこれと同じである。また、電光掲示板が波動場である。

以上がこの巻の内容であるが、読み終えてみてそれまでとらえどころのなかった量子の世界が実に緻密かつ厳密な数学で表現されていることがわかった。数式の展開のすべてを理解できたわけではないが、説明に使われていた式がどのような意味を持っているかについては正しく理解できたと思っている。僕の「宇宙論プロジェクト」を始めたときに抱いた「ノーベル物理学賞を受賞した学者の書いた専門書を理解したい。」という目標はまたひとつ達成できた。1人目は「ファインマン物理学、全5巻」で達成していたので今回のは2人目である。

もちろん量子力学はこの本の初版が出版された1948年や僕が読んだ第2版が出版された1969年で完結したわけではなく、現在に至るまで発展を続けている学問である。その理論や実験の成果は先日の記事で紹介した「量子の絡み合い」や「テレポーテーション」で紹介したとおりである。

インターネットで量子力学を勉強してみたい方には次のようなページをお勧めする。

量子力学入門サイト(初心者用)
http://www.ryoushi-rikigaku.com/index.html?gclid=CLy9gaGfyo4CFSgKTAodfD6hyA

EMANの物理学(量子力学、中級者用)
http://eman-physics.net/quantum/contents.html

岡部先生の量子力学:
http://www.moge.org/okabe/temp/quantum/

阿部先生の量子力学:
http://www.phys.asa.hokkyodai.ac.jp/osamu/lectures/qm/

そもそも朝永振一郎って誰?という方はこちらをどうぞ。(そういう方はここまで読み進んでいないだろうけど。)
http://www.kahaku.go.jp/exhibitions/tour/nobel/tomonaga/p1.html

最後に、この第2巻の目次を紹介しておく。


目次(第2レベルまで)

第6章:物質の波動論
- 波動像と粒子像
- ドブロイ-アインシュタインの関係
- Davisson-Germerの実験
- ドブロイ波に対する波動方程式
- ドブロイ波に属する物質密度とエネルギー密度
- 簡単な例
- 水素原子の問題
- 波動方程式の固有値および固有関係
- 連続した固有値の場合の直行、展開定理
- トンネル効果
- 物質波の散乱
- 波動量子化の必要

第7章:シュレディンガー方程式
- まえおき
- シュレディンガー方程式
- シュレディンガー方程式とドブロイ方程式
- ハイゼンベルグ・マトリックスの構成

第8章:シュレディンガー関数の物理的意味
- シュレディンガー関数とドブロイ波
- シュレディンガー関数の統計的解釈
- 時間を含んだシュレディンガー方程式
- 重ね合わせの統計的解釈
- 運動量に対する確率
- 固有状態
- 任意の物理量に対する確率
- 物理量の期待値
- 確率の時間的変化と遷移確率
- 回折と干渉

第9章:量子力学的状態
- まえおき
- 不確定性原理
- 量子的粒子
- 物理量と測定
- 方向量子化
- 確率の干渉
- 二、三の実験についての吟味
- 状態とベクトル

第10章:多粒子系と波動場
- まえおき
- ボーズ統計
- 対称的状態
- 対称性の保存
- 量子化した波動場とボーズ粒子の集まり
- 反対称状態とフェルミ粒子
- パウリの排他原理とフェルミ統計
- フェルミ粒子と波動場

付録
- 線形微分方程式について
- フックの法則に従う力の場における波束の運動
- (43.14)のy~(ワイバー)が互いに独立であるための必要十分条件
- 連続固有値の場合の直交定理
- 連続固有値の場合の規格化の例
- 波動方程式に対するグリーンの定理
- 一般的な波束のぼやけ方


関連リンク(というより僕の記事のほうが関連リンクなのだが。):

みすず書房HPの「量子力学I 第2版」のページ
http://www.msz.co.jp/book/detail/02551.html

みすず書房HPの「量子力学II 第2版」のページ
http://www.msz.co.jp/book/detail/04105.html

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