山楽ぶらり探訪

国のまほろば大和の山野、寺社をぶらっと訪ね歩きます。
山川草木。日々是好日。

花の吉野山01

2007-04-13 20:27:45 | Weblog
花の吉野山01

 天気予報では明日は雨?ということで今朝、吉野山上千本の花矢倉から中千本あたりを周遊。天下一の花の吉野山の展望を楽しみました。

 「これはこれはとばかり花の吉野山」と貞室が詠んだように、吉野の桜は、尾根から谷を埋め、爛漫と咲き誇るさまのみごとさで広く知られています。
 吉野山が日本一の桜の名所となったのは、奈良時代の昔、役行者が金峯山寺を開くとき、感得した蔵王権限を桜の木に刻んだ故事から、神木として保護されてきたため。以来、寄進も相つぎ、吉野に住む者は桜を慈しんで大切にしてきました。
 現在約200種3万本、多くがシロヤマザクラ。若葉と同時に開花するので、凜とした気品が感じられる桜です。(吉野山保勝会HP)

花の吉野山02

2007-04-13 20:18:40 | Weblog
花の吉野山02

 ~さくらの国のさくらの名所~吉野山
 日本人は桜が大好きです。その証拠に花見といえば、チューリップやひまわりを連想しません。桜を見ることを花見といいます。日本人は花と言えば桜をイメージするのです。 その桜の名所として吉野は古来より全国に知れ渡っています。

花の吉野山03

2007-04-13 20:17:56 | Weblog
花の吉野山03

 みよしのの山辺に咲けるさくら花雪かとのみぞあやまたれける 紀友則
 こえぬ間は吉野の山のさくら花ひとづてにのみ聞きわたるかな 紀貫之

 吉野は、平安時代に編まれた古今和歌集に既に桜の名所として詠われています。その後、西行法師が、また松尾芭蕉が、などなど多くの文人墨客が吉野の花をこよなく愛し、山深い吉野に杖を引いています。
 現在、全国各地のほとんどの桜の名所には、ソメイヨシノといわれる桜が植えられています。江戸は染井町の植木屋さんが作り出したこの品種は、染井町で産まれた吉野の桜のように美しい桜という意味で名付けられたようですが、現実の吉野にはほんの少ししかありません。吉野には3万本の桜があるといわれていますが、その由来通り、いまでもその殆どはシロヤマザクラです。

石舞台と菜の花 01

2007-04-11 21:19:38 | Weblog
石舞台と菜の花 01

 特別史跡 石舞台古墳(明日香村島庄、昭和27年3月27日指定)

 この石舞台古墳は、横穴式石室をもつ方形墳で、築造は7世紀初め頃と推定されます。既に古墳上部の封土は失われ巨大な天井石が露出した姿になっています。被葬者は不明ですが、6世紀後半にこの地で政権を握っていた蘇我馬子の墓ではないかといわれています。

石舞台とさくら 02

2007-04-11 21:09:29 | Weblog
石舞台とさくら 02

 この石舞台古墳は、昭和8年と10年に京都帝国大学(当時)の浜田耕作らが中心となり発掘調査が行われた。その結果、玄室の長さ約7.6m、横約3.5m、高さ約4.7mで大小30数個の花崗岩が使用されており天井に使われている石の重さは、北側が約64t、南側が77t、総重量は約2,300tという大規模な古墳であることが判明しました。

石舞台とハナモモ 03

2007-04-11 21:08:42 | Weblog
石舞台とハナモモ 03

 石舞台の名の由来

 「石舞台」の名の由来については、一般には石の形状からとされていますが、昔 狐が女性に化けて石の上で舞いを見せた話や、この地にやってきた旅芸人が舞台 がなかったので仕方なくこの大石を舞台に演じたという話もあります。もちろん 今は石の上に登ることは禁止されていますが、少し前は、この上で弁当を広げて いる風景も見られました。

海津大崎さくら並木01

2007-04-10 20:21:51 | Weblog
海津大崎さくら並木01

 彦根城見学後、さざなみ街道を通って長浜港に向いました。途中、山内一豊の生まれ故郷、母の里道の駅に立ち寄り休憩しました。
 長浜港から琵琶湖汽船「海津大崎さくら船」に乗船。西国三十三ヶ所札所めぐり第三十番札所宝巖寺のある島として古来より人々の厚い信仰を集めてきた竹生島を眺めながら海津大崎の桜並木を遊覧船から鑑賞しました。
 

海津大崎さくら並木02

2007-04-10 19:48:27 | Weblog
海津大崎さくら並木02

琵琶湖は北西部マキノ町に位置する海津大崎、びわ湖岸延々4キロにわたる樹齢60年を越える「そめい吉野桜」約600本が植えられています。「日本さくら名所100選」にも選ばれています。
更にこの地は、琵琶湖八景「暁霧、海津大崎の岩礁」として有名な景勝地、遠くに竹生島など望め、その桜並木が何とも云えない景色に、絶妙なコントラストを醸し出していました。4~5日後満開を迎えるでしょう。


海津大崎さくら並木03

2007-04-10 19:47:42 | Weblog
海津大崎さくら並木03

 海津大崎港で下船。近くに大崎観音があり探訪。真言宗智山派の寺院で、近江西国9番の札所で、俗に「大崎観音」の名で親しまれています。
 奈良時代に泰澄によって開基され、尊像は聖徳太子の作といわれています。春には美しい桜が見事な景観を作り出します。石段を登ったところに、朱塗りの本堂や阿弥陀堂などが立っています。本堂右手にある阿弥陀堂は、安土城落城のときの血が付いた城材をそのまま利用して天井を貼っているので、「安土の血天井」としてよく知られています。
 本堂前の展望台から眺める琵琶湖は、湖南地方の優美な眺めに対して、荒々しく勇壮な眺めでした。
 JRマキノ駅から大崎観音までの海岸沿いの片道4kmの散策も素晴らしいと思われます。
 

彦根城 さくら01

2007-04-09 19:25:26 | Weblog
彦根城 さくら01

 彦根城と城下町の建設は、今からおよそ400年前の慶長(けいちょう)9年(1604)に始まり、20年近い歳月をへて完成しました。その中心をなしたのが、天守のある本丸です。

 彦根城は一度も戦を経験することなく平和な江戸時代を送りました。江戸時代の天守は、軍用建築というよりも、城下から見上げる彦根藩の象徴という役割を担っていたようです。