K.テツのひとりごと

行動記録、趣味の話などを書いてゆきます

浦川室内合奏団演奏会

2019年01月18日 | 展覧会

1月9日(水)、ムラマツリサイタルホール新大阪で開催された“浦川室内合奏団第三回演奏会”を聴きに行きました。

浦川室内合奏団は、浦川宜也氏(東京雲術大学名誉教授)門下生で関西在住音楽家を中心に作られた室内合奏団で、現役プロオーケストラプレイヤーから、研鐙を積み続けている優秀な学生まで、幅広い年代の門下生や、趣旨に賛同された音楽家達の集まり。

パンフレット(表・裏)とプログラムです。

 

 

 

1曲目は浦川宜也氏のバイオリン独奏で、ヴィバルディのヴァイオリン協奏曲集《四季》作品8から第4番ヘ短調《冬》。骨太の堂々とした演奏でした。

2曲目、3曲目は浦川氏の指揮でベートーベンの後期弦楽四重奏曲(第16番ヘ長調&第12番変ホ長調)の弦楽合奏版。コントラバスが入っているので弦楽四重奏よりもメリハリが強くなり、また深みが感じられます。第12番の演奏がとても良かったです。周りの人は「こんなに素晴らしい演奏なのだからもっと大勢の人に聞いてほしいね」と言っていました。

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伊勢神宮両参りウォーク その4(古市参宮街道 2)

2019年01月17日 | 日常のこと

一昨日のブログの続きです。

 

長峯神社です。祭神は「天鈿女命(あめのうずめのみこと)」、芸能の神様ですね。

 

麻吉旅館。1851年創業の由緒ある旅館。もとは 花月楼 麻吉 という茶屋で天明2年(1782年)の「古市街並図」に掲載されている。かつての古市の繁栄を偲ぶことができる唯一の存在で、現在も営業している。

崖山に建てられた5層6階の立派な建築。

 

麻吉つづら石稲荷。麻吉の伊勢音頭に出てくる「つずら石」を祀っている。

 

寂照寺です。家康の孫、千姫の菩提を弔うために1677年に建立された。

 

牛谷坂の下り口にある常夜燈。下の写真は牛谷坂。古市参宮街道は外宮側は間の山で登り、平坦な長峰を経て牛谷坂で下るのです。

続きは明後日のブログで。

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1月度暁月講座「中国古典に学ぶ会」

2019年01月16日 | 講座・会合

1月9日(水)朝、1月度暁月講座「中国古典に学ぶ会」に出席いたしました。出席者はやや少なめでした。

開講前の岡本元興先生のお話

*12月10日、玉屋庄兵衛氏を取材したNHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」が放映された。その中で大覚寺のおみくじカラクリのバージョンアップ作業が長い時間取り上げられた。まだ製作中で、1月31日に納品予定。2月に再びNHKが取材に来る。再編集するのだろう。

*尼崎城が三月末に完成するが、なかなか見栄えも良い。これが良い影響を与えるものになることを期待する。総会で青山氏と尼崎城について「河野未央」さんが講演する。今後河野さんが学術面から発信して頂けることを期待している。

*青山氏について

徳川家譜代家臣  忠成(ただなり) 

尼崎藩初代藩主  幸成(よしなり)梅窓院  墓は高野山、青山 梅窓院が青山墓地を管理

尼崎藩2代目藩主  幸利(よしとし)成覚院  墓は大倉山(湊川神社の北) 「青大録」は幸利の言行録

尼崎藩3代目藩主  幸督(よしまさ)泰源院  墓は大倉山(湊川神社の北) 水戸光圀公が湊川に楠木正成の顕彰碑を建てることに尽力

幸利、幸督の墓が大倉山にあるのは「幸利が大倉山からの景色を気に入ったから」といわれているが「楠木正成の墓所(のちの湊川神社)」を見ることが出来たからではないかと思う。

*その他 椿大神社(伊勢国一の宮)、郡上八幡などにお話しが広がりました。

 

テキストは37名利(名利にとらわれるな)を読み進みました。

 

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伊勢神宮両参りウォーク その3(古市参宮街道 1)

2019年01月15日 | 日常のこと

一昨日のブログの続きです。

伊勢神宮・外宮からは古市参宮街道を内宮に向けて歩いて行きます。この道は外宮と内宮を結ぶ最古の街道で江戸時代には妓楼や芝居小屋などが立ち並びお伊勢参りの人々でにぎわい、「東海道中膝栗毛」で有名な弥次さん喜多さんも歩きました。ツアーでいただいたガイドマップです。

 

外宮を出たところに「豊川茜神社」(旧豊受大明神)がありました。

 

 

岡本1丁目の交差点を左に曲がると・・・、この道が古市参宮街道です。道は舗装され、バス道路になっています。

 

瀬田川を渡る小田橋です。歴史を紹介する案内看板がありました。往時は大勢の人々が行き交ったのでしょうね。

 

瀬田川の向こうに見えるのは近鉄線です。古市参宮街道は大きく曲がっており、近鉄線とは2カ所で交差します。

 

街道沿いらしい木造の家並みが・・・。

 

 往時を偲ぶ石碑(案内石)が道沿いに建っています。お杉お玉(評判の女芸人)の碑、備前屋(古市の妓楼の代表格、志賀直哉の暗夜行路に出てくる)跡、古市芝居(古市には芝居小屋が三座あったがその一つ)跡、油屋(歌舞伎の伊勢音頭恋寝刃の舞台となった妓楼、明治になり旅館に転業)跡。

 

 

 

大林寺です。伊勢音頭恋寝刃のモデルとなった「おこん」と「いつき」の比翼塚がある。

 

街道沿いには「古市参宮街道」と染め上げた旗がたくさんあります。

 

続きは明後日のブログで。

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神戸三社参り 3(長田神社)

2019年01月14日 | 日常のこと

一昨日のブログの続きです。

JR線で明石から新長田へ、地下鉄に乗り換え長田神社前まで行くと「長田神社」までは歩いて7分ほど。

長田神社への参道だけあって、歩道橋も真っ赤です。長田神社は商工業や産業の護り神。

 

古いお店で見かけた店番猫。

 

長田神社です。多くの人はこちら側から入りますが・・・。

 

正式にはこちら(西門)からでしょうか。

 

神門を通り、拝殿へ。湊川神社ほどではないですが少し長い列ができていました。

 

おみくじは色とりどりですね。

 

無事に三社参りを終え帰途につきました。

 

 

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伊勢神宮両参りウォーク その2(伊勢神宮外宮2)

2019年01月13日 | 日常のこと

一昨日のブログの続きです。

正宮の左斜め向かいに別宮のエリアです。

 

亀石(石の橋)です。これを渡ると別宮のエリアです。

 

風邪の神をお祀りしている「風宮」。

 

大土乃御祖神を祀っている土宮。

 

多賀宮です。豊受大神の荒御霊をお祀りする別宮です。

 

下御井神社です。内部に井戸があります。


別宮のエリアから戻ります。

五丈殿・九丈殿です。お祭りが雨天の場合、神饌などを祓い清める場所です。式年遷宮の饗膳の儀もここで行われます。

 

 これで豊受大神宮(外宮)の参拝は終了、古市参宮街道へ向かいました。

続きは明後日のブログで。

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明石で玉子焼のハシゴ

2019年01月12日 | グルメ

一昨日のブログの続きです。

JR神戸駅からJR線で明石駅に到着。玉子焼きの名店へ・・・。

明石のB級グルメ「玉子焼」、明石市近辺以外では「明石焼き」と呼ばれていますね。

大阪のたこ焼きとはだいぶ違います。主な違いを挙げると・・・

生地:たこ焼きは小麦粉  玉子焼きは多めの玉子と小麦粉+じん粉(小麦粉のタンパク質分)

具材:たこ焼きはたこの他ネギや紅ショウガ   玉子焼きはたこ(店によってはあなごも)のみ

道具-鍋:たこ焼きは鉄板製で半球状の窪み    玉子焼きは銅製で窪みが平べったい

道具-調理具:たこ焼きは千枚通し   玉子焼きは菜箸

食べ方:たこ焼きはソース、しょうゆなどをぬり、魚粉、青のり等をトッピング   玉子焼きはあげいたに乗せたものを、出汁(三つ葉を入り)につけて食べる(好みでソースを塗る人も)

他にもあるかも知れませんがこんなところでしょうか。

まず2016年に新築されたパピオスあかしに移転した人気店「松竹」。11時20分から25分ほど並んで入りました。

 

外側はこんがりして香ばしく、中はふわとろです。刻み三つ葉がテーブルにおいてあり入れ放題です。人気があるのがわかります。食べ終わるとお店に入る行列は1時間待ちに・・・。丁度よい時間に入ったようです。

続いて魚の棚商店街へ・・・。

 

大漁旗が賑やかですが、漁が始まっていないので魚屋さんは休業、シャッターが目立ちますね。

 

「味よし」というお店でワカメの佃煮とイカナゴのくぎ煮を購入し、玉子焼の2軒目へ。

人気の「たこ磯」の2号店(昨年10月末に開店)です。おなじみの看板の前にあるお店です。待ち時間は10分ほど。

 

 

お酒とおでん、たこ焼き2種(具がたこ、あなご)をいただきました。

ここの玉子焼も外はこんがり焼けて香ばしく、中はふわとろ。松竹より玉子の分量が少し多めです。いくら軽い玉子焼といってもハシゴをするとお腹が一杯に・・・。おでんもいただいたし・・・。

三社参りの3社目の長田神社に向かいました。

続きは明後日のブログで。

 

 

 

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伊勢神宮両参りウォーク その1(伊勢神宮外宮 1)

2019年01月11日 | 日常のこと

1月7日(月)、クラブツーリズム主催の“クラブツーリズム専用列車「かぎろひ」で行く 平成最後の年にお伊勢参り!伊勢神宮両参りウォーク”に参加しました。

行程は大阪上本町(私は鶴橋)から専用列車「かぎろひ」にて伊勢市→伊勢神宮・外宮→古市参宮街道→猿田彦神社→おはらい町、おかげ横丁→伊勢神宮・内宮→おはらい町、おかげ横丁→五十鈴川駅から「かぎろひ」にて大阪上本町(解散)というもの。

クラブツーリズム専用列車「かぎろひ」は2両編成、7時12分鶴橋を発車。

「かぎろひ」です。2両編成ですが1号車は別のツアーのグループ、2号車が我々のグループでした。ツアー参加人員は40名強です。

 

出発が朝早かったので列車内でサンドイッチをいただきました。

 

伊勢市駅には9時42分に到着しました。豊受大神宮(伊勢神宮・外宮)までは商店街を歩いて5分ほどです。

 

配布されたパンフレットを手に参拝いたします。

天照大神のお食事を司る豊受大神をお祭りしているのです。

火除け橋をわたります。下には防火のために作られた堀川が流れています。

 

手水を使い、鳥居をくぐると・・・。

 

もうひとつ鳥居が・・・。

 

すぐ右側に神楽殿があります。

 

三ツ石です。御装束神宝や奉仕員を祓い清める式年遷宮の川原大祓が行われる場所です。

 

古殿地です。式年遷宮前はこちらに正宮が建っていました。

 

いよいよ正宮参拝です。内部は撮影禁止です。

 

正宮野屋根の部分が見えています。鰹木は9本、千木は垂直に切られています(内宮の正宮は鰹木は10本、千木は水平に切られている)。

 

正宮参拝のあと別宮を参拝しました。続きは明後日のブログで。

 

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神戸三社参り 2(湊川神社)

2019年01月10日 | 日常のこと

一昨日のブログの続きです。

湊川神社の最寄り駅は高速神戸駅ですので、生田神社からは阪急三宮から行くのが近いのですが、今回は地下鉄で湊川公園駅に向かいました。それは湊川商店街にある「豆福」に寄るためです。「豆福」は戦前から4代(60年余)続く関西でも数少ない豆菓子や手焼きのおかきなどの専門店。とても美味しいのです。


ここから大倉山経由で湊川神社までは1kmほどの距離です。湊川神社は足利尊氏と戦い、湊川の合戦で殉死した「楠木正成」を祀る神社。その墓は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立した。その後明治元年(1868年)、そ明治天皇が大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、明治5年に、湊川神社が創建されたのです。

表門をくぐると右側に楠公さんの墓所があります。そして石碑には水戸光圀が揮毫した「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字が刻まれています。


その脇には水戸光圀公の銅像が建ってます。


鳥居をくぐり社殿(戦災によって焼失したものを、昭和27年10月24日に鉄筋コンクリート造で復興新築された)で参拝。かなり長い列ができていました。


JR神戸駅まで歩き、玉子焼を食べるために明石駅へ向かいました。

続きは明後日のブログで。

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墓参

2019年01月09日 | 日常のこと

1月8日が母の命日に当たるため、1月5日(土)、伊丹の法巌寺に墓参しました。

墓参のあとの昼食はTVのCMで美味しそうだったので「丸亀製麺」でかに玉あんかけうどんをいただきました。体が温まり、GOODでした。

 

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