今度は技術提携交渉のため、ヨーロッパに初出張した時の色々について書かせて頂きます。
当時小生の持っていたカメラはキャノンの大きなカメラで海外出張には不向きであり
カメラ持って行かなかったため、写真が残っておらず残念です。
海外での最初で最後の民宿
多分1973年に、後述するイタリアの会社との技術提携交渉でヨーロッパに初めて出かけました。
先ず当社のヨーロッパ事務所のあるデュッセルドルフの事務所長さんにご挨拶に伺うと
事務所長さんは「貴方は若いのだから面白い経験をしては」と、ホテルでなく個人の家に泊まるよう手配して下さいました。
そのお宅に伺うとご主人は入院中で、奥さん、高校生の息子さん、お勤めの娘さん、そして入隊中の息子さんの5人家族でした。
滞在中に日曜があったので、入隊中の息子さんも帰宅され皆さんとお話ができました。
子供さん達は流暢な英語をしゃべるのですが、奥さん英語は余り分からず、ドイツ語でしゃべるだけですし
小生は辞書を使ってドイツ語の本は何とか読めますが、ドイツ語で会話をした経験はありません。
子供さんがいない時に、奥様はドイツ語で小生は英語、必要に応じて持参した英独辞典を利用しましたが
特に困ったことはなかった様に記憶しますから会話というのは不思議なものです。
日曜には高校生の息子さんが小生を教会へ連れて行ってくれ、其の帰りにビヤホ-ルに寄りました。
下戸の小生ですから飲まずに帰りましたが、息子さんはもしかしたら飲みたくて連れていったのかも?
というのは、その後ドイツのミュンヘンにある工場に伺った時、廊下にビール缶が一杯入った箱が置いてあったので聞くと
「休憩時間に飲むのです」と説明され、ビールは水代わりかとびっくりした覚えがあります。
事 件
小生一人家で留守番をしていた時に、電話がかかってきたのです。受話器をとって冷や汗をかきながら
「イッヒ、シュプレッヘン ニヒト ドイッチェ(私はドイツ語しゃべれません)」と
ドイツ語で叫んだのですから、相手の方はさぞびっくりされたことでしょう。忘れられない思い出です。
この時の仕事と思い出
この時は、アンモニア合成などに使う綺麗な水素を作るために、メタン等を分解してできた原料ガスから
炭酸ガスを除くプロセスの実施権を得るため、そのプロセスを保有するイタリアの会社に行きました。
会社の所在地はなんとベニスの真中に位置していたため、会社へ行く途中ベニス見物が出来ました。
ゴンドラには乗りませんでしたが、実物を初めてみました。
なおゴンドラには、その後家内とイタリア旅行に行った時に乗りました。
訪れた会社での思い出があります。昼食をご馳走になったのですが、
小生アルコールに弱いため、食事の時のワインは少しだけ頂きました。
ところがデザートに出たいちごはワインにたっぷり漬かっており、それがまた美味しかったため皆頂きました。
すると午後の打ち合わせの最中に何となくほろ酔い気分になってしまいましたが、幸い交渉は順調に纏まりホットしました。
終わり
当時小生の持っていたカメラはキャノンの大きなカメラで海外出張には不向きであり
カメラ持って行かなかったため、写真が残っておらず残念です。
海外での最初で最後の民宿
多分1973年に、後述するイタリアの会社との技術提携交渉でヨーロッパに初めて出かけました。
先ず当社のヨーロッパ事務所のあるデュッセルドルフの事務所長さんにご挨拶に伺うと
事務所長さんは「貴方は若いのだから面白い経験をしては」と、ホテルでなく個人の家に泊まるよう手配して下さいました。
そのお宅に伺うとご主人は入院中で、奥さん、高校生の息子さん、お勤めの娘さん、そして入隊中の息子さんの5人家族でした。
滞在中に日曜があったので、入隊中の息子さんも帰宅され皆さんとお話ができました。
子供さん達は流暢な英語をしゃべるのですが、奥さん英語は余り分からず、ドイツ語でしゃべるだけですし
小生は辞書を使ってドイツ語の本は何とか読めますが、ドイツ語で会話をした経験はありません。
子供さんがいない時に、奥様はドイツ語で小生は英語、必要に応じて持参した英独辞典を利用しましたが
特に困ったことはなかった様に記憶しますから会話というのは不思議なものです。
日曜には高校生の息子さんが小生を教会へ連れて行ってくれ、其の帰りにビヤホ-ルに寄りました。
ビールを楽しむ人々(借用写真)
下戸の小生ですから飲まずに帰りましたが、息子さんはもしかしたら飲みたくて連れていったのかも?
というのは、その後ドイツのミュンヘンにある工場に伺った時、廊下にビール缶が一杯入った箱が置いてあったので聞くと
「休憩時間に飲むのです」と説明され、ビールは水代わりかとびっくりした覚えがあります。
事 件
小生一人家で留守番をしていた時に、電話がかかってきたのです。受話器をとって冷や汗をかきながら
「イッヒ、シュプレッヘン ニヒト ドイッチェ(私はドイツ語しゃべれません)」と
ドイツ語で叫んだのですから、相手の方はさぞびっくりされたことでしょう。忘れられない思い出です。
この時の仕事と思い出
この時は、アンモニア合成などに使う綺麗な水素を作るために、メタン等を分解してできた原料ガスから
炭酸ガスを除くプロセスの実施権を得るため、そのプロセスを保有するイタリアの会社に行きました。
会社の所在地はなんとベニスの真中に位置していたため、会社へ行く途中ベニス見物が出来ました。
ゴンドラには乗りませんでしたが、実物を初めてみました。
なおゴンドラには、その後家内とイタリア旅行に行った時に乗りました。
訪れた会社での思い出があります。昼食をご馳走になったのですが、
小生アルコールに弱いため、食事の時のワインは少しだけ頂きました。
ところがデザートに出たいちごはワインにたっぷり漬かっており、それがまた美味しかったため皆頂きました。
すると午後の打ち合わせの最中に何となくほろ酔い気分になってしまいましたが、幸い交渉は順調に纏まりホットしました。
終わり
うちの主人も弱いけど、もう少し飲めるかな(笑)
ヨーロッパは未踏の地です、これからも行く事はないでしょうね。
観光で行くのなら、テロの心配のない所を選びたいです。
今の時代は、どこでも危険ですけどね(笑)
そんなことでいいのかなあと思いますがねえ。
もっとも僕自身は大丈夫歓迎です、アハハ
何処だったかワインよりも水の方が高かった記憶があります。
いい経験で思い出に残りますよね~
ビールを楽しむ人々・・・・文化の違いって面白いですよね。
golfunも以前ブログで紹介しましたがドイツに発注した装置の進捗状況検査後の事でした。
昼食に招かれワインを出されました。
まさか昼食時にワインとはと辞退すると彼らは楽しそうにワインを飲んでいます。
酒好きのgolfunも我慢が出来ずに私もワインを飲みたい!
彼らも笑顔で乾杯してくれました。
いやな時代になりましたね。
下戸の小生ビールも小さいコップの3分の1
位だとなんとか飲みます。家内は強いですよ。
小生は、祖父、父と飲まなかったその系統で
祖母は飲んだので、兄は結構飲みました。
ワインより水が高い場所がありましたか。
ビールを日中から水代わりに楽しむ人をみると
下戸の小生は、ちょっと羨ましくなります。
社会人になってからは、ドイツ語の本を読む
事は殆どなかったので、今は全く読めなく
なっているでしょうね。