末期高齢者になってしまった老人の日記

我が家の花の写真を中心に、日々の暮らしの中で起きたこと等を書かせていただきます。

ロダン展 第3章 人体の動勢表現

2013-03-18 19:24:17 | 東京散歩
ロダン展の報告が1,2章で途切れてしまいましたが

3,4章には面白い作品がありましたので続ける事にします。

今日は「第3章 人体の動勢表現」をご紹介します。

第4章でご紹介予定の「地獄の門」には数多くの人物像が組み込まれています。

ロダンは地獄の門を製作するにあたり、門に組み込まれたもの

組み込まれることなく習作に終わったもの等数多くの人体像を造りました。

地獄の門に組み込まれた人体像は全て裸体で、「私は美しい」「うずくまる女」

「フギット・アモール」などは、単体像として地獄の門から独立して

製作されたものもあり、今回展示されていました。

第3章の表題「人体の動勢表現」とあるように、

この章に展示されている彫刻は、激しい動きのあるものが多く

また通常の人間の動作としては考えつかないようなポーズや

複数の像の組み合わせに、ロダンの鋭敏な造形感覚を見る事が出来ます。

一方ブールデルはロダンのもとで職人として働きながら

最もよくロダンの仕事を見ていた一人として、「絶望の手」に見られる

力強く生々しい表現は、師の影響を直接的に受けたものでした。

そこから均衡のとれた独自の様式へと作風を変化させ

「横たわるセレナ」や「ヴェールの踊り」といった作品が生まれました。

以下各彫刻の解説は、西洋美術館の解説を参考に記載しました。


オーギュスト・ロダン作品

ロダン 「私は美しい」 ブロンズ 1885年頃

ロダン:私は美しい 
両脚を大きく開いた筋骨たくましい男が
のけぞるような姿勢で女を抱き上げています。
二つの人物像からなるこの作品は、地獄の門の右柱最上部に見られる群像ですが
「墜ちる男」、「うずくまる女」と題された単独像としても制作されています。
そしてその二つの像を改変し、組み合わせたものがこの像です。
ロダンは、単独像を新たな視点から見直し
本来無関係であった像を組み合わせて
全く新しい群像を作りだす手法を積極的に用いました。
ロダンのこの群像は最初「誘拐」と呼ばれ、また「肉慾の愛」とも呼ばれました。
現在の題名は、1887年以前のある段階で台座に刻み込まれたボードレールの
『悪の華』の「私は美しい……」で始まる詩句によっています。

ロダン 「うずくまる女」 ブロンズ 1882年頃
 

ロダン うずくまる女
「地獄の門」の「考える人」の左手背後で
仰向けに倒れそうな姿勢で表わされている作品とほぼ同一です。
このブロンズの単独像は、あらゆる肉体の部分が強調され
極めて不自然なポーズですが、彼女はまどろんでいます。

ロダン「フギット・アモール」ブロンズ 1887年以前

ロダン:フギット・アモール
「フギット・アモール」とは、逃げ去る愛、消えゆく愛を意味するラテン語です。
うつ伏せで、頭部と両足を上にのけぞらせ、
放心したように両手で頭を抱え込んだ若い女性。
その上に仰向けになった男性は、両腕を女性の胸にまわして
女性にしがみついていますが、今にもずれ落ちそうで不安定です。
渇望しつつ決して手中にすることのできない絶対的な愛を象徴している様です。

ロダン 「石を負うカリアティード」 ブロンズ 1920年

石を負うカリアティード
地獄の門の左柱上部の壁龕に、石を肩に担ってうずくまる若い女の像があります。
本作品では、女性は右脚を両腕で抱え、頭を右肩に預けながら
左肩で石を支えています。
古代ギリシャの、重い石の梁を軽やかに支えて直立するカリアティード
(古代建築によく見られる、梁を支える女人像柱)とは対照的に
肩にかかる重荷に打ちひしがれ
その過酷な苦難に半醒半睡のうちに耐えようとしています。
彼女は、全人類にのしかかる重荷を一身に担う象徴的な存在なのです。

ロダン「接吻」 ブロンズ 1882ー87年頃

ロダン 接吻
地獄の門の右付柱にある接吻をする男女で
ダンテの神曲にある「パオロとフランチェスカ」の悲劇から発想したもので
その男女は官能の業火にさいなまれるものでしたが
この作品の男女は、むしろ清純で熱烈な愛の勝利を謳っています。
「恋愛こそ生命の花である」と言っているロダンは
アトリエで若い男女にこの通りのポーズをさせて
真実の姿を追求したそうです。

ロダン 「美しかりしオーミエール」 ブロンズ 1885-87年

ロダン 美しかりしオーミエール
この老婆の姿は、《地獄の門》の左付け柱に
幼児と母親などとともに、誕生から青春を経て衰退に至る
人間の生命のはかなさを象徴するものとして浮彫で表わされています。
モデルとなった老婆はカイラという名のイタリア人で
ロダンはカイラにポーズをとらせ
時間をかけて丹念に観察しながらこの作品を制作しました。
老醜をさらす肉体を過酷なまでに迫真的なモデリングで捉えた彫刻は
ロダンの数多くの作品の中でも最も自然主義的なものの一つです。
オーミエールというのは、「兜屋小町(ラ・ベル・オーミエール)」と
呼ばれた絶世の美女が、年老いてから
「青春の月日が去ったのを惜しんで」詠ったバラードに由来するそうです。

ロダン 「オルフェウスとマイナスたち」 ブロンズ 1889年以前


ロダン オルフェウスとマイナスたち
マイナスたちとは、ギリシャ神話のディオニュソス
(ワインの神バッコス)につき従う狂熱的な女たちです。
オルフェウスは、ギリシャ神話で最もすぐれた詩人・音楽家で
ディオニュソスの祭の狂乱の中で女たちの手によって八つ裂きにされてしまいました。この作品ではマイナスの膝の傍らにオルフェウスの首が置かれています。   
この群像は《地獄の門》の左寄りにも見られます。
ほっそりとしていながら、なまなましく官能的な曲線を描く肉体をもつ
膝をつくマイナスは、独立した彫像として《膝をつくフォーネス》として
また膝をつく女の上の女2体は「飛翔する姿」と云う作品になりました。

ロダン 「抱き合う子供達」 大理石 1980年代

ロダン 抱き合う子供達
最後に今迄の像とは全く異なった像を掲載します。
この作品では、二人の幼児が、螺旋状にからみ合う構成をとり
光の変化にしたがって、明暗の微妙で複雑な効果を示しており
この柔らかなニュアンスが、子供の愛らしさを表現しています。
それは世紀末的ペシミズムに深く浸っていたロダンの別の側面
生に対する肯定的な側面を窺わせるものです。

エミール・アントワーヌ・ブールデルの作品

ブールデル 「絶望の手」 ブロンズ 1893-1902年頃

ブールデル 絶望の手
絶望感が漂った空を掻きむしるような苦しそうな手は生々しい表現で
ロダンの影響を直接的に受けている作品です。

ブールデル 「横たわるセレネ」 ブロンズ 1917年

ブールデル 横たわるセレネ
解説が無いのでよく分かりませんが、ギリシャ神話のセレネは
太陽神ヘリオスの妹である月の女神で、ひどく内気で孤独な性格の持ち主でした。
彼女は毎夜、兄ヘリオスが西のオケアノスの国に没して火炎車を納めると
かわって東の空に銀の船を浮かべ、こぎはじめる様です。
そんな姿と関係あるのかも知れません。
この像は絶望の手の様な生生しさは全くなく
ブールデル独自の様式に変化した事が伺えます。

ブールデル 「ヴェールの踊り」 ブロンズ 1910年

ブールデル ヴェールの踊り
これも解説がありませんが調べて見ると、この作品のモデルは
20世紀を代表するモダンダンスの祖と云われる
アメリカのダンサーのイサドラ・ダンカンです。
リヒャルト・シュトラウスのオペラ「サロメ」の第4場の中の
「7つのヴェールの踊り」の場面で
肩にかけたヴェールを両手で広げて踊る彼女のダンスを
ブールデルが見て感銘を受け彫刻を制作したとの事です。
これもブルーデル独自の様式であることが良くわかります。


ご連絡

さて20日より5日程暫く振りで長野の家に出掛けますので

その間お休みさせて頂きますのでよろしくお願いします。





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14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
湖南ジージさん 今晩は (ktemple)
2013-03-19 18:46:08
ゆっくりとご覧頂ける様で嬉しいです。
接吻は箱根の彫刻の森美術館にもありましたか。
今回掲載の彫刻は多分西洋美術館の通常展
でも大半はご覧頂けると思いますので、
機会があったらご覧になって下さい。
返信する
Unknown (湘南ジージ)
2013-03-19 15:46:10
一度観ただけで通り過ぎるには
勿体ないので「お気に入り」にしまいました
「接吻」は箱根・彫刻の森美術館で見た記憶です。
何れも素晴らしい!
生で見たいものです
返信する
ベルさん 今日は (ktemple)
2013-03-19 12:52:03
今回の像の大半は地獄の門にも類似像が
あるものですから、重い感じを受けられたのは
当然です。
小生も同様なため、子供達の像を掲載しましたが
それが重い気持ちのベルさんをホットさせた
様で、小生もホットしました。
返信する
おはようございます♪ (ベル)
2013-03-19 10:39:28
沢山のロダンの作品を、上から順番に見て来て、
『抱き合う子供達』を見た時の、あのホッと感は何なんでしょう(^_^;)

見慣れてない私にはちょっと重かったのかな(笑)
子供達の像で、肩の凝りが落ちた感じでした。
ブログの、写真の構成が良かったのでしょうね
返信する
ヒューマンさん 今日は (ktemple)
2013-03-19 09:29:41
ロダンの彫刻を見る上に何らかのご参考に
なれば嬉しい事です。
本当にここに紹介された像のモデルになられた
方達は大変だったでしょうね。
返信する
おはようございます (ヒューマン)
2013-03-19 09:25:32
ロダンの作品を漫然と見ていたような気がします。
ktempleさんの解説で理解できました
モデルさんは大変だったろうな~と思いました
返信する
Imaipoさん 今日は (ktemple)
2013-03-19 08:50:00
地獄の門は小生も何度も見ていながら、
今迄は漫然と見ていただけでしたが、今回
細かく写真を撮ってみて、改めて多くを知りました。
次回はその結果をご披露の予定ですので、
ご参考になれば幸いです。
返信する
hashiba511さん 今日は (ktemple)
2013-03-19 08:45:42
小生も彫刻は良く分りませんが、やはり
ロダンの作品の前に立つと感動を覚えます。
今回は展示品は全て西洋美術館所蔵のもの
でしたから、写真撮影自由でした。
ただ良く撮れなかった写真は、インターネットから借用しました。
返信する
三面相さん 今日は (ktemple)
2013-03-19 08:40:12
以前ご覧になったロダン作品を思い出される
契機になれれば嬉しいです。
第4章は、改めて写してきた「地獄の門」を
ご紹介する予定です。
返信する
ばたやんさん 今日は (ktemple)
2013-03-19 08:37:53
ロダンは本当に素敵な作品を多数残してくれ
其の作品を見る我々に感動を与えてくれますね。
3,4章の作品を改めて見直すと特に感じます。
返信する
お早うございます、 (Imaipo)
2013-03-19 08:09:59
見事な彫刻ですね、地獄の門は現代美術館の前庭で
見られますがその中にある一つ一つをよく見てません
今度行ったら見て見たいと思います。
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Unknown (hashiba511)
2013-03-19 05:45:47
芸術は分かりませんが、さすがに見事ですね。
撮影は許されるんでしょうか?
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Unknown (三面相)
2013-03-18 20:57:34
ロダン、まだまだたくさんありますね。
ちょっとだけ思い出して見せてもらっています。
次回、第4章にも期待しています。
返信する
Unknown (ばたやん)
2013-03-18 19:48:52
ロダンは素晴らしい作品を数多く残していますね。ブロンズ
像なのに人々に訴える力や愛を表して私達を感動させて
くれますね。沢山の作品を見せて頂いてよかったです。
ありがとうございます。
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