―そこには僕がいた。十数年前の僕が。
賛成は目の前の少年をまじまじと見た。
少年もまた、賛成から目が離せないようだった。
驚きも度を超すと、言葉が出ない。
まるで鏡面だ。
鏡を覗く少年にとって、それは、未来を映す鏡であり、賛成にとっては若返りの鏡だろう。
魔法の鏡。
よい魔法か、悪い魔法か―それはわからない。
呆然とする二人の傍にいつのまにか黒井が立っていて、応接間に入るよう促した。
冷静な表情の執事だけが、この魔法を解く鍵を握っているようだ。
少年は応接間に入るとソファには座らず、立ったままで窓辺から外の景色を眺めていた。
大きなはめ込み式の窓からは英国式の庭が見渡せる。
冬の庭園はさびしい。
派手な花を好む母などは冬の庭園には見向きもしないが、冬は冬で、独特の空気感に包まれ良いものである。
ソファに座った賛成は、自分と生き写しのような少年から、目が離せない。
―彼はいくつだろう?
身長は高い。
180センチあるかないか…。自分より少し低いくらいか?
華奢な体つきと、にぶい外光に照らされた彼の白い肌に光る産毛にはまだ幼さが残っていた。
「…黒井、どういうことだ?」
黒井は深くうなずいて、ティーセットを運んできたメイドをさっさと退がらせると、紅茶をカップに注ぎながら低い声で話しだした。
「お名前は、成哉(せいや)様とおっしゃいます」
「せいや…」
「おんとし18歳。賛成ぼっちゃまの、異母兄弟でございます。」
「…異母兄弟」
父が外で作った子供がいたのか。こんなに大きな子が。
「旦那様は成哉様をこのたび、…黄桜の籍に入れることを、決意されました。
ぼっちゃま、誤解なきよう。黄桜の基盤をより盤石なものにする為のことです。
黄桜家の跡継ぎはあくまで、ぼっちゃま。
旦那様は、ぼっちゃまを支えるために血縁のある方をお迎えすべきだと思われて―」
「ああ、ああ、…」
言葉がでてこない。
深い呼吸を繰りかえし平静を保つことが、賛成に今できる、精一杯だった。
静寂のなか賛成は成哉を見る。
淋しげな横顔。俺もあんな顔をしていたのだろうか、ぐれていたころ―。
「黒井、昨日ママンが出て行った理由は彼なの?」
「…はい、仰せのとおりでございます。奥様は昨日こちらに着かれた成哉様を見るなり、…出てゆかれました。」
「それでママンは?」
「はい、実は―。これは朗報なのですが、
さきほど同行した侍女と連絡がとれまして、奥様はその足で空港に向かわれ、いまはカリブ海でクルーズしておられます」
「カリブ海―」
―それはまた。
いや、この際行き先はどこでもいい。賛成は胸をなでおろした。
そして父・幹二朗は、成哉が屋敷に来たとの報告で急ぎ、出張先のスイスからこちらへ向かっているという。
「君は―、どこに住んでるの?」
賛成は成哉に問いかけるも、返事はない。かわりに黒井が答えた。
「成哉様は今まで、九州の、―母親の里が熊本なのですが―そこで暮らしていらっしゃいました。
私が探し当てた時は、奇しくも彼の母親の…初七日でした」
「亡くなったの…?ほかに家族は…?」
「父は僕が生まれる前に死にました」
初めて聞く声がした。
それは成哉の声だった。
その声がやはり自分と似ているような気がして、賛成はいいようのない気持ちになった。
「ずっと、お袋とふたりでした。お袋が病気になってからは、叔母が僕の面倒を見てくれて、これからも・・。俺…」
「…」
「あの、俺、確かめに来ただけなんです。
父親は死んだと思ってたのに、生きてるってこの人に言われて…。
嘘だろ?って思いました。でももし会えるなら…父親ってのに一回だけ会ってみたいって…」
「…」
「でも、もういいです。なんかこういうの俺苦手だし。帰ります」
成哉が部屋をでてゆこうとする。
「おい」
賛成はたち上がって成哉の近くへ歩み寄った。
「まだここにいろ。とにかく父親に会ってみろよ、もうすぐ日本に着くだろ」
「…」
成哉は目を伏せ、口の端を固く結んでいる。
「だいたい、どこに行くって言うんだ、東京に知り合いなんていないだろ?」
「…熊本に帰ります。俺、こんな…すごい家だなんて知らなかったし―、
別に跡継ぎとかそういうの関係ないし―、
もう来ません。俺のことは忘れてください。」
「待てよ!」
賛成がふいに成哉の肩を掴んだ。
成哉はその手を見た。
「俺も君と同じだ…」
「…え?」
「俺だって、いきなり弟がいると言われて、わけがわからず混乱してる。
だから君の動揺もわかる、でもそんなときはむやみと動くもんじゃない。とにかく親父に会え。とりあえずここにいろ。」
「それは…命令?」
「え?」
成哉の長いまつ毛の下の瞳が上がり、賛成を真正面から見た。
まっすぐに。
強い反発の色を内包して。
「なんだよ。同じって、なんだよ…、弟って…。俺がなにしたってゆーんだよ…。
べつに兄貴なんて、…親父なんていらねーし!!」
最後は強い口調で吐き捨てると、成哉の手は肩に置いてある賛成の手を払いのけた。
部屋を出る成哉のあとを追った黒井が玄関で必死に止める声がするが、やがて重い扉の閉まる音がした。
・
部屋に戻ってきた黒井が言いにくそうに告げる。
「じつは奥様は、昨日、成哉様を見るなり、その、ひどいことを…、おっしゃいまして」
「…なんて言ったの?」
「…悪魔だ、と」
悪魔―。
初めて会った人間に突然、悪魔だと言われた少年の心はいかばかりだろう。
良子はそのまま家を飛び出し、しばし呆然としていた成哉も家を出て行こうとしたが、それを黒井が必死でひきとめ泊まらせたという。
「彼の母親はだれ?ママンも、昨日までまったく知らなかったの?」
「それは…」
「黒井、いまさら隠さないでくれ。
パパンがよそで子供を作ってるとか…ありえないことじゃない」
俺には理解できないが。
「まあ、驚いたけどね。ちょっとあれは…似過ぎだろ?ハハハ…」
明るく振舞おうとする賛成を見て黒井が重い口を再び開きだす。
「これからお話することは、賛成ぼっちゃまにとって、おつらい事と思います」
「僕が?もう大人だ、なにを言われても、べつに」
「ぼっちゃまのご記憶がない年のお話…」
―まさか?
「あれは―もう18年前の事なのですね。」
(つづく)
「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。
まずはこちら・アナウンサー!春物語 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc
つぎにこちら・抱きしめて!聖夜(イブ) 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758
カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます(^o^)
※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます