(大久保元秘書インタビュー:上)「筋書きを否定すると検事は…」 陸山会事件判決
2011.09.30 週刊朝日
与党・民主党の内紛はここから始まった。陸山会事件の第一審判決が、9月26日に言い渡される。検察側が証拠請求した調書の多くが却下され、当初の裁判の構図は瓦解している。この事件とは何だったのか。逮捕後、一切の取材を拒否してきた、小沢氏の元公設第一秘書・大久保隆規被告(50)が、ついに重い口を開いた。
(聞き手・構成 ジャーナリスト 江川紹子)
最初は、陸山会事件なんて、ちゃんと調べればすぐに嘘(うそ)だと分かってもらえる、と思っていました。でも、事実に反することを盛んに書き立てられ、これは小沢(一郎)先生を排除するための陰謀だな、と感じました。記者にはずいぶん追い回されましたけど、裁判官に誤解される記事が出てもいけないので、マスコミには接触しないようにしていました。だから、こうして話をするのは、今回が初めてなんです。
〈そう語り始めた小沢氏の元公設第一秘書、大久保隆規氏。小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の政治資金収支報告書に土地の購入に関する虚偽の記載があるとして、石川知裕衆院議員、池田光智元秘書と共に起訴された。大久保氏は他に、西松建設から献金を受け取ったのに、同社ダミーの2政治団体からの寄付として、政治資金収支報告書に虚偽の記載をした、とする事件でも起訴されている。審理はすでに終結し、9月26日に判決が言い渡される。検察側は、大久保氏に禁錮3年6カ月を求刑。大久保氏は、両事件とも裁判で無罪を主張してきた〉
陸山会事件で検察が強制捜査に動き出したのは、昨年1月13日。同日に、西松事件の裁判があって、西松建設の元総務部長さんが証言されたんです。検察側証人でしたが、問題とされた二つの政治団体について「西松建設のダミーとは思っていなかった」と本当のことを証言してくださった。「ああ、よかった。これで無罪に向かっていくんだろうな」と思いながら岩手県釜石市の自宅に帰ったら、陸山会事件で家宅捜索が行われたんですよ。
逮捕状が出たとのことで、「釜石警察署に出頭できないか」と連絡がありましたけど、マスコミに家を取り囲まれて、とても出られない。結局、翌朝迎えに来ていただいて、北上駅から東北新幹線で東京に向かいました。上野駅に記者が大勢いて、「小沢さんは、何て言ったんですか?」と聞いてくるわけです。小沢先生が関係している話じゃないのに……。政治的謀略って本当にあるんだなと思いましたね。
そもそも世田谷区深沢の先生の家の近くに土地を買うことになったのは、中堅の秘書で結婚しようという人が続いたからなんです。私自身は公設秘書なので、国家公務員として給与面でも年金や社会保険でも恵まれていましたが、私設秘書はそうじゃない。最初は書生として入って、草むしりや先生の車を洗ったり……。冬でも手洗いです。「社会をよくしていこうというやつが、仕える先生の車もきれいにできないのか」ということで、しつけをするわけですね。最初の1年はジャージー暮らしですよ。
それが、そのうちスーツを着るようになって事務所に出入りするようになる。でも、給料は同窓会に行っても口に出せない金額ですよ。しかも選挙になれば寝る暇もないくらい忙しい。
そういう彼らのために、せめて世田谷の深沢に秘書寮を建てて住めるようにすれば、みんなもがんばってきた甲斐(かい)があるんじゃないか、と考えて、先生に相談したんです。先生は、私が見つけた土地を、散歩のついでに見て、「あれはいいな」と。秘書の生活のことも考えてくれるいい先生だと感激しました。そういう先生だからこそ、厳しい選挙の時も、みんながんばれるんです。
それに、資産は銀行預金や有価証券だけじゃなく、リスクヘッジとして不動産で所有しておくのも一つの選択だと思っていました。だから、将来、先生が政治活動のためにお金が必要になったり、秘書を減らして寮が不要になったりした時に、現金化しやすい物件を探したんです。
●末尾の署名は私の字じゃない
で、会計担当の石川知裕さんに相談したら、「お金はありますけど、それを全部使っちゃうと運転資金が足りなくなる」と言うんですね。それで「小沢先生にお願いしてみよう」ということになりました。
〈小沢氏が代金4億円を立て替えることになり、石川氏が預かった。その後の処理はすべて石川氏が行っている〉
後のことは分かりません。私は会計責任者ということになっていますが、名ばかりの責任者ですから。東京の秘書の歴代責任者が名目上会計責任者を兼ねることになっていただけです。
私の専門は、政治資金規正法じゃなくて、公職選挙法なんですよ。要するに、選挙の時に違反を出さずにきっちり勝つ。うっかりしたことで違反者を出したら困るわけですね。関心があるのは、金より票なんです。そのために、自治体の首長さんたちや議会などの陳情をできる限り処理しながら、選挙があれば小沢先生を応援する議員を増やすとか、市長さんを増やすとか、そういうことをするのが私の担当なんです。
私は、釜石市の市議会議員を2期務めていますから、学生さんがそのまま秘書になったのとは違って、ある程度選挙ノウハウを持っているわけです。それで、先生も「こいつは使える」と思ってくださったんじゃないでしょうか。ベテランの秘書が続けて事務所を辞めて国会議員になって、中堅ばかりになった時、秘書歴は石川さんの方が長いのに、私の経験が買われて公設秘書に抜擢(ばってき)されたんです。
政治資金収支報告書は、一度も書いたことがありません。小沢先生の事務所は、赤坂にある個人事務所と議員会館で完全に部門分けしていました。私は議員会館にいて、個人事務所には石川さんや池田さんがいて、会計事務はそちらでやっていました。私は個人事務所の方には行かない。なぜって、そんなことをしたら、自分の仕事を増やすだけですから。私は自分の本業を、たとえて言うなら、絵を描くことを一生懸命やればいいわけで、絵の具代がいくらかかるなんていう話は、そちらの担当者がやってくださるわけですからね。
そんな感じですから、会計担当者から「報告書、出しときますから」と言われてたとしても、「ご苦労さん。じゃあ、今晩飲もうか」っていう程度。中身は見たこともありません。
〈石川氏は、土地の本登記を翌年にずらし、代金の支出を04年ではなく、05年の政治資金収支報告書に記載。報告書末尾には、会計責任者大久保氏の名前を池田氏が書いて提出した〉
どう報告書に記載したか、分かりません。石川さんから、民主党の代表選があるかもしれないし、マスコミに変に詮索(せんさく)されてもイヤなので翌年にする、ということは聞いたような気がします。司法書士に相談したら、代金を払った時に仮登記にして、翌年に本登記にすればよい、と言われたそうで、「じゃ、そうすれば」と。
石川さんにしても、違法だと分かってることをやるわけがないですよ。そんなことしたら、小沢先生の政治生命が危うくなるじゃないですか。それに先生は、お金は一円たりともごまかさずに報告しろという考え方。アメリカの大統領選挙でも、すさまじいお金がかかるけど、寄付で集めたお金を全部オープンにする。日本でもそうすればいい、と。
実際、政治にはお金がかかるんです。私設秘書を何人も抱えれば、人件費が必要ですね。それによって選挙基盤が弱い陣営の応援にも行けるし、小沢先生から教わった、田中角栄先生以来のどぶ板選挙のやり方を指導できるわけです。
会計をやったこともないのに、西松事件で会計責任者として逮捕された時は、びっくりしました。「俺(おれ)って、会計責任者なんだっけ!?」と。でも、否定すれば若い人たちにまで逮捕を広げられるから、俺が捕まった以上、背負うしかないな、と。それで、取り調べはほとんど「はい、はい」と検事さんに合わせていました。
それでも、報告書末尾の「大久保隆規」の署名については、「これ、私の字じゃないですよ」と言ったんです。検事さんは、「えっ!?」とびっくりしていました。名前を書いてみせたら、「おお~っ」って(苦笑)。そうしたら今度は、調書に「(署名はしていなくても)報告書の中身はチェックして了承した」と書かれる。私は途中から、盛岡市の事務所に異動になったんですが、そこにもFAXで送らせた、と。盛岡の事務所にあるFAXは、留守番電話機能がついた家庭用の機種ですよ。報告書は厚さ何センチもあるわけでしょう? そんなFAXに流しっこないじゃないですか。
陸山会事件でも同じように私が提出前に中身を確認していた、ということにされました。ただ、陸山会事件は、検察にとってお通しみたいなものなんですよ。メーンディッシュは水谷建設の「1億円裏献金事件」。それも実際にはないのに、捕まえれば吐くだろう、吐かなくてもガサ入れ(家宅捜索)すれば、何か出てくるだろうと。
〈検察は、水谷建設の川村尚社長(当時)が、岩手県内に建設中の胆沢ダムの工事を受注するために、石川氏と大久保氏に、各5千万円の裏金を手渡した、とみて捜査を進めた〉
ところが、何も出てこない。水谷建設からこっそり1億円をもらっているようなことが事実ならば、他のゼネコンだってあっても不思議じゃないということになるので、検察はゼネコン関係者にもすさまじい聞き取り調査をしたようです。でも、不正な金なんて出てこないわけですね。
それでも、東京地検特捜部は、小沢事務所が1億円もらっていたに違いないと信じちゃってるんですよ。当初の取り調べ担当の宮本検事も、すっかり信じ込んで、「大久保さん、思い切って言ってください」と大声で要求してくるわけです。「いくら思い切っても、ないんだから。もらっていないという調書を書いてくれれば、すぐにサインする」と言うんだけど、向こうの筋書きを否定している間は調書を作らないんです。だから、調書ゼロの日が続きました。そうすると、上司から「おまえの調べが甘い」って怒られるんでしょうね。宮本検事の声のボリュームも毎日上がってくるんですよ。「そんなことはないはずだ!!」って。
平行線が続いた末に、大阪からやってきた前田恒彦検事が登場するんです。
〈前田元検事は、郵便不正事件で厚生労働省局長だった村木厚子さんを逮捕した捜査の主任検事。押収証拠のフロッピーデータ改竄(かいざん)が大阪地検の中で問題になり始めたのは、ちょうど陸山会事件の捜査の応援で東京出張している時期だった〉
●「僕は司馬遼太郎」と言った検事
前田検事は、西松事件の時から数えて5人目の検事さんです。この方は、それまでの4人とは全然別な空気の人でしたね。風貌(ふうぼう)といい、いかにも大物という感じ。彼は、立会事務官を外させて、一対一でやるんです。「僕はフランクにやります」と。やはり大物は違うな、と思いましたね。
明るい人で、話題も豊富でした。東京地検特捜部にもいたことがあるし、いろんな有名な事件、防衛省元次官が逮捕された事件や村上ファンド、ホリエモン、それに大阪では小室哲哉さんの事件の捜査もやっているんですよね。そういう事件の、新聞に書いてない裏話をしてくれるんです。
あと、検察内部の評価にも精通していて、「これから偉くなるのは、2班の班長でホリエモンの事件をやった斎藤(隆博)さんだ」とか、「西松事件でキャップだった浦田(啓一)さんは、外れた。中途半端なことをやるからだ」とか言っていました。私は「へ~」と思いながら、結構おもしろく聞いていました。
なにしろ、逮捕された後は、会話らしい会話は検事さんとしかできないわけですよ。拘置所の刑務官との話は必要最小限だし、あとは月曜から金曜まで一日30分の弁護士接見だけ。それに、向こうに話をさせていれば、どんどん時間が経(た)って助かるし。
〈調書を作る時、他の検事は事務官に口述筆記をさせるが、前田検事は「これからは作家の時間だ。司馬遼太郎のようなものだからね」と言いながら、自分でパソコンに向かった、という。黙々とキーボードを打ち、時折、「はい、ここで大久保さん登場」と言っては、大久保氏の言動についての記述をしていった。大久保氏が話していないことでも、「石川さんが言っている、合わせてあげないと」と押し切られ、サインをせざるをえなかった〉
それでも、前田さんは他の検事のような狂信性はなかった。「(裏金について)ないものはないですよ」と説明すると、それ以上突っ込んできませんでしたからね。彼は、私と石川、池田の共謀を固めるのが、自分の役割だと思っていたんじゃないですか。それに、この事件に愛着がないというか、「早く大阪に帰りたい」という感じでした。
「頼まれて手伝いに来てるけど、僕は忙しいんだよ。大久保さんの調べは、(東京地検の)民野(検事)がやればいいんだ」と言ってましたから。
ただ、前田さんがひどく深酒した日がありましたね。前の晩、朝5時まで飲んだって言うんですよ。目も充血してましたし。それで、「大久保さん、私は検事を辞めようと思っているんです」と言うんです。なんでだろう、と思いました。
それから、「大久保さん、あんたのとこも子どもがいるけど、犯罪者の子どもとなると、結婚もできなくなるかもしれないね」と余計なことを言うわけですよ。そのうち自分の家族の話をし始めましてね。子どもはまだ小さいとか、お父さんは海上保安官だったとか……。ちょっと涙ぐんだりしたもんですから、訳わかんないなーと思ったんですけど、最後に「これはなかったことにしてください。忘れてくださいね」と。
実際、私も忘れていたんですけど、あの証拠改竄事件で思い出しました。道理で深酒したんだな、と。
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自民、公明両党の国対委員長は27日午後、国会内で会談し、民主党の小沢一郎元代表の資金管理団体をめぐる政治資金規正法違反事件で、東京地裁が有罪判決を下した石川知裕衆院議員に対する議員辞職勧告決議案を28日にも提出する方針で一致した。(時事通信)
・ [用語]辞職勧告決議 - Yahoo!みんなの政治
◇小沢氏の証人喚問は
・ 小沢氏の証人喚問要求=自民幹事長「議員辞職に値」―野党 - 時事通信(9月26日)
・ 民主 国民“小沢氏喚問応じず” - NHK(9月27日)
・ [映像ニュース]野田首相、小沢氏の証人喚問に消極的 - TBS系(JNN)(9月27日)
・ [用語]証人喚問 - Yahoo!みんなの政治
・ [政治クローズアップ]小沢氏の元秘書3人に有罪判決 - 石川知裕被告ら元秘書3人の有罪判決をどう見るか。Yahoo!みんなの政治
◇関連トピックス
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