その夜、霞の客は鉄と政以外に3人組の客がいただけだった。鉄も政にも見覚えのない顔だった。
政「兄貴ぃ もし 兄貴が検察官ならネガを出しますぅ?。ええ、そりゃ出したくはないでしょうが、出てくるんですよ。ネガがね。深読みは兄貴の得意とするところですが、そのあたりどうお考えなんで?」
鉄「・・・・お前、この間の三者会議の内容どこまで知っているんだ?」
政「へへ、旦那と同じくらいは耳に入れてますよ。それ以上の話もあるかもしれません」
鉄「旦那以上に知ってるってかい? ネタ元はどこだい?」
政「へへ そりゃぁ言えません。あっしも商売ですからね。そんなことより、兄貴。出したくはないネガを検察が出してくる。まさか、正直に出してくると思ってんじゃないでしょうね。」
鉄「あはは、正直に出せるわけがないじゃないか。それをしたら、検察は片岡の叔父貴の無罪を認めたも同じじゃねぇか。そんなことはありえねぇ。出てきたネガは細工されたものと考えてまちがいはないぜ。」
政「今、ネガのからネガへのコピーはどの業者も扱っていません。そのワケは、ネガフィルムのコピーには専用のネガフィルムが必要なんですが、その専用フィルムが2年ほど前から生産中止なんでさぁ。だからできない。で、今はどのような方法でネガをコピーするのかっていいますと。スキャナーでネガそのものをデジタルにコピーを作成する方法。もう一つが写真をスキャナーにかけて、それをネガフィルムに焼き付ける方法があります。」
鉄「まぁ そんなところだろう。」
政「ええ、ネガからのコンバート方法なら、全国展開している写真屋ならどこでもできます。200万画素相当でフィルム一本500円少々なんです。問題は写真からネガを作成するってやつです。接写道具なんかを使うと見破るのは比較的簡単なんですが、デジタルデーターからネガが作成できるとなると、こりゃ厄介ですよ」
鉄「検察がやってくるならそれしかないよな。作成されたネガがねつ造写真のデジタルコピーから作られたってことを証明するには苦労うするだろう。つまり、ネガもねつ造されていることを証明しなくちゃならない。」
政「でしょう。まぁ 旦那たちもバカじゃありませんから、そのあたりの手は打っているとおもいますが、そのあたりどうなんです。」
鉄「・・・鑑定作業に入る前に、そのネガの真贋を確認することは裁判所に求めるだろう。問題はその方法を裁判所が認めるかどうかだ。」
政「一番簡単な方法は、検察が提出するネガのロット番号の確認。これでネガフィルムの製造年月日が確認できます。もう一つはネガの撮影。画像ソフトを使うとネガからポジなんてのは簡単ですからね。それを鑑定に提出した結果の資料と比較する。この2つは欠かせないでしょう。」
鉄「政ぁ よく知ってんじゃねぇか。旦那たちはそのまんまのことを奉行所に申し入れたようだ」
政「へへ 恐れ入りやす。で、その結果のお奉行所の反応をご存知ですかい?」
鉄はくわえていた煙草を大きく吸うと灰皿にねじこんだ。鉄にはそこまでの話は伝わっていなかったが、これまでの経緯を整理し始めた。その一方で政に尋ねた。
鉄「おめぇも知らねぇんだろ。」
政「へへ その通りでさぁ。実をいうと事前の確認の申し入れをしたことも知りやせん。しかし、旦那達のことですから、それくらいの手は打つだろうという予測はしていましたがね。兄貴の方は旦那からなないかはいっていませんか」
鉄「政の言う事前の申し入れをしたのが19日。その後、旦那からの繋ぎははいってねぇ」
政「・・・・ってことは24日の三者会議まではなにもわからないってことで?」
鉄「ああ あと2日で三者会議だ。今 俺たちが奉行所の反応を知ったところで何も変わりはないからな。」
政「そうりゃぁそうですね。」
検察がネガの提出に応じた理由は一つ。一気にけりをつけるためだろう。ケリというのは再審請求却下だ。物的証拠のネガの検証によって写真加工の痕跡がでなければ、高知白バイ事件は終わる。少々疑わしい部分があったとしても「ねつ造とは言えない」の一言でけりがつく。その準備ができたうえでの大勝負に出てきた。これが小猿と鉄の読みである。
鉄は酒を政の盃に注ぎながら話し始めた。
鉄「布川事件再審での検察の最後のあがきを知っているよな」
政「へい、証拠のタオルか何かのDNA鑑定でしたよね。奉行によって却下されましたが・・」
鉄「そうだ、例え証拠物から桜井の親分さんのDNAが検出されたとしても、親分さん達が取調べを受けるときに付着している可能性があるからDNA鑑定は意味がないんだが、そんな手を打ってくる奴らがまともにネガを出すわけがない。」
政「そのとおりでさぁ、とくに今回のネガ提出は奉行の命令もないのに出すってんですから、ふつうは勘ぐりますね」
鉄「で もう一つ。検察ってのはストーリを組むのが好きだよな。そのストーリーにそって調書は取られるし、時には証拠を改ざんしてまで、ストーリの展開を維持しようとする。極端な話、ばれなきゃ何をしてもいいと思っているやつらだ。」
政「へへ その通りでさぁ。一般の民に、「ばれるばれない」もないでしょうから、奉行にばれなきゃいいと思っていますね」
にやりと笑って政が盃を空けて、それを鉄に差し出す。
鉄「その奉行にばれないためにはどうすりゃいい?」
政「へへ 意味ありげな問いかけですねぇ。「ばれない」ためですかい?」
鉄「そうだ。証拠捏造が「ばれないため」にだ」
政「・・・・・そりゃ奉行のタイプ次第でいろいろあるでしょうが、兄貴はどう考えているんです?」
政が笑いながら切り返した。酔いもまわってきた鉄は話をつづけた。
鉄「判決を出しやすいストーリーを提示してやることさ。さらに言えば有罪判決を出しやすいストーリーを作って奉行を楽にしてやることさ。ただし今回はカタタとシバタの裁きのようにあからさまにはいかないのは承知しているだろう。」
政「だから、こちらの言い分もきちんと取り入れた形をつくるってことですね。それがネガの提示ってわけですか。」
鉄「そうよ。ネガの提示をしない限りは白バイ事件は終わらないから、ネガの提示を組み込んだうえで、再審請求却下のストーリーを練り上げた。その時間も技術も地検は持っている。それに奉行所が乗っかりゃことは進んでいくっって寸法よ。」
政「今度も裁判所はそのストーリーに乗るんでしょうかねぇ・・・ 」
鉄「その踏絵となるのが19日に提出した上申書よ。いいかい。ネガのロット番号を確認させろ。ネガの接写をさせろ。この二つのどこに無理な注文があるんだ? もとはといえば、3人の奉行が揃って生田先生に鑑定の方法を提示しろって言ったことから始まってんだ。ところがだ、その提出期限があまりに短いから・・・」
政「臭うってわけですね。」
鉄「臭うのは提出期限だけじゃねぇんだが、24日の三者会談でその申し入れがどう扱われるか考えてみな。検察はその必要がないと来るのは間違いない。問題はそれを奉行がどう差配するかなんだ。」
政「まさに踏絵ですね。上申書が無視されたら・・・う~ん 期待できねぇんですかい。」
鉄「俺には期待できる要素はいまのところないね。政は期待できるのかい?」
政「最近の司法の流れを見ると・・期待できると言えないことはないことはない・・・ってところでしょうかねぇ」
鉄「ばぁ~か。奉行みたいなこと言ってんじゃねぇよ」
続く