週刊朝日:2009年7月24日号(第3弾) №2
週刊朝日:2009年7月24日号(第3弾) №2 × × ここで反対に、小原容疑者が犯人である可能性について検証してみよう。焦点となるのは、小原容疑者が負っていた右手のケガだ。 6月29日午前2時すぎ、盛岡市内と見られるガソリンスタンドの防犯カメラが小原容疑者の姿をとらえていた。このとき、右手には白い布を巻いている。 小原容疑者の右手の傷をみた医師によると、 「傷は右手の甲に3カ所。丸みを帯びた形状の鋭利なもので刺されたような痕があった。握力はゼロに近かった」 という。 県警の刑事が父親の一司さんにした説明は、 「佐藤さんを殺害する際に抵抗されてケガした」 だった。であれば、佐藤さんが最後に宮城県内のコンビニで確認された28日午後11時すぎから、小原容疑者がガソリンスタンドに現れた29日午前2時半までの約3時間半の間に、犯行が行われたことになる。 しかし、先にも述べたように、岩手医科大による死亡推定日時は、 〈6月30日から7月1日〉 で、時間的に合わない。 もっとも、県警はこの発表の直後に、「沢の水に浸かっていた」という理由で、死亡推定日時を、佐藤さんが行方不明になった「6月28日深夜」から、佐藤さんの遺体が発見された「7月1日午後4時半」までの4日間に広げたのだ。 だが、「沢の水に浸かっていた」ことは鑑定時から織り込みずみのはず。この変更は不自然だ。 また、6月28日朝から7月2日朝まで、小原容疑者が身を寄せていた弟(26=次男)や友人たちは、 「あの小心者の勝幸が人を殺して、あんなに平然としていられるとはとても思えない」 と首をかしげる。 佐藤さんの遺体が発見された7月1日の午後、小原容疑者と一緒だった知人(56)によると、小原容疑者はこの日の夜、態度を一変させたという。知人が言う。 「私の家で、久慈署の刑事と電話で談笑したりしていたのに、外出して午後8時ごろ戻ってくると、顔は青ざめ、車の運転席に座ったまま『俺はもうダメだ』などと言って泣きじゃくり出したのです。明らかに気が動転していました」 偽装自殺で逃亡「不可能」な理由 遺体が見つかったのは1日午後4時半ごろ。遺体発見のニュースが流れて動揺したというのなら、理解できる。だが、午後8時の時点で警察はまだ発表していない。とすれば、急に泣きじゃくった理由は別にあるはずだ。 たとえば、真犯人は別にいて、恐喝事件の被害届けの取り下げ失敗に絡んで佐藤さんが殺されたことを何らかの形で知らされた、とは考えられないだろうか。 さらに、小原容疑者には、佐藤さん殺害の動機も見当たらない。逃げられた梢さんの身代わりに佐藤さんを「人質」として差し出そうと企んでいたのなら、殺してしまっては目的を達成できなくなるからだ。 そもそも、小原容疑者が真犯人なら、わざわざ被害届を取り下げようと警察に連絡するだろか。できるだけ警察との接触を避けようとするのが自然だろう。こうして見ると、小原容疑者を真犯人と断定するには矛盾が多すぎる。 もうひとつ、県警の描くストーリーで解せないナゾがある。小原容疑者が「偽装自殺」をして「逃走」したという見立てだ。小原容疑者は7月2日朝、父親には「久慈署へ行きたい」と伝えながら、親戚の車に乗って途中で2度、行き先を変更し、鵜ノ巣断崖へ向かった。 そして、断崖から梢さんと知人に連絡し、 「これから死ぬ」「もうダメだ」「来るなよ」 などと伝えている。 しかし、電話を受けた知人の男性はあわてて断崖まで行ったが、小原容疑者は携帯電話でだれかと談笑していたので、安心して引き返した。 この男性は証言する。 「言葉ほど深刻には見えませんでした」 じつは、携帯電話の話し相手は久慈署の刑事だった。だが、この刑事もほかの警察官も、だれも現場に駆けつけなかった。 現場の遺留品にも不可解な点がある。 小原容疑者は朝、家をでるときにタバコをもっていなかった。親類によれば断崖に行く途中には買っていない。断崖の周辺にもタバコを扱う売店や自動販売機はない。なのに、なぜか断崖の上にタバコが置かれていた。これはだれのものなのか。 さらに、小原容疑者が履いていたサンダルは白なのに、青地に赤い縞模様のサンダルが残されていた。このサンダルもまた、だれのものなのか。 遺留品が見つかった断崖の突端から駐車場までは500メートルの距離がある。小原容疑者が自殺を偽装したとしても、観光客も訪れる白昼に、だれにも見られずに駐車場に戻り、しかも車もないのに逃げきることは不可能に近い。 それなのに県警は、地元の村の職員が3日夕方に遺留品を見つけても捜索を翌日に延ばしたうえ、消防団や警察犬の助けを借りようともしなかった。そして、「自殺を偽装して逃走した」と決めつけた。どうして断定できるのか。 これまで書いてきたように、被害届をめぐる諍いが殺人事件を招いたのだとすれば、真犯人は、真相を知る小原容疑者の口を封じようと考えるだろう。同時に、自殺を偽装して逃げたと見せかけることで、佐藤さん殺害の罪を小原容疑者になすりつけたまま事件を迷宮入りさせることができる。 この推理が正しければ、県警は、ふたりの犠牲者を出したうえ、真犯人を取り逃がしていることになる。そう疑われるにもかかわらず、県警が捜査を尽くそうとしない理由はひとつしかない。 失態を隠しているのではないか。 ① 恐喝事件の被害届を受けながら解決する前に佐藤さんが殺されてしまった。 ② そのうえ小原容疑者も事件に巻き込まれた可能性がある。 このふたつの失態である。 そうとでも考えなければ、懸賞金をかけて情報提供を募りながら、私も協力して提出した関係者の証言録などを無視し続ける理由が理解できない。 梢さんは6月30日、殺された同姓同名の元同級生、佐藤さんの遺族宅を訪れた。 「だれが殺したかはわからない。でも、梢ちゃん(佐藤さん)は私の身代わりになったに違いない。だとすれば、私が保証人にされていた恐喝事件にからんでのことでしょう。彼女がなぜ死ななければならなかったのか。私は真相が知りたいんです」 梢さんは遺影に手を合わせた。県警は、梢さんのこの言葉もこのまま黙殺するのか。 |