はるがきたんよ~☆

布ナプキンに出会い、ワークショップ等、様々な活動を始めました♪ スピリチュアルを日常に!!と毎日楽しむ日々です。

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わがままな友人から教わったこと

2012年10月24日 08時01分15秒 | 日記
わがままな友人がいます。
悪い人ではないのだけれど、嫌だなぁっておもうこと、めんどくさいなぁって思うことからすぐに逃げちゃうし、
わがままな行動が多くて、その姿を見るたびイライラしては、
いや、自分の中にあるから。。
と内面に目を向ける。

そんな風にやってきましたが、彼女の見せる同じ行動、そこから私にふりかかる迷惑なこと、
それに対しての自分の感情、批判が同じパターンで何度もきます。

それなりに内観してるけど、現実が変わらないのは、きっとその内観がずれてるからだろうな。
この課題に対して、すごくずれた解きかたをしているんだろうな。

そんな風に感じていました。
だから分析してみました♪


彼女のわがままにぶつかる。
内観してイライラを抑える。

でも、心の中にいつも同じ感情が生まれる。

私は今こうやって向き合ってるけど、あなたはいつか、そうやって逃げていることが、大きくなって返ってくるだろうから、
その時せいぜい苦しんで乗り越えろ!!


とめちゃくちゃ怒っている私を見つけた(笑)。


そっか、ここの部分だ。


私は怒ってる。
それは、彼女の行動に対してではなく、彼女が何度も同じ行動をすること、
成長しないことに腹をたてていた。


そうだ、私はみんなが私と同じように問題とぶつかったら向き合って解決して進む、そして成長する、
という方法をとるのがベストだと思ってる。
そして、みんながそこを目指して生きるべきだと思ってるんだ。

だから、成長しようとしない人に腹を立ててるんだ。



今回の人生で、私のように、自分と向き合うことを目的にしてる人もいるだろう。
苦しみながらなのか、楽しみながらなのか、その方法は様々だろう。
そして、それを目的としていない人もいるだろう。
私の視点から見て、成長ではなく、落ちていく人生を選択しているひともいるだろう。

どんな目的を持って、どんな人生を体験するのかはみんなバラバラで、
どれが素晴らしいとか、そうでないとかは決められない。
自分の視点は自分の視点でしかないから。
でもそれが間違ってるわけではない。
ただ、それは私の視点というだけ。


だから、私がわがままな友人と見ているのは、私からの視点。
そして、彼女の人生が私から見て、わがままなまま終わるとしても、それが悪いことではなく、彼女にとってはベストなのだ。

もしかしたら、わがままな人生をやりきる!と決めているのかもしれないし、
前世で人につくしまくって死んだから、今回はわがままを言いまくる人生なのかもしれない。
それは、自分を出す、自分を表現するという課題の人生なのかもしれない。

だから、私には人の生き方を判断すること自体できないのだ。

それを一生懸命やっていた。
なんで私のように生きないのか!!と。


そっか、それがあなたの完璧な人生なんだね。
そして、そのあなたの個性に触れることで、私は自分の中の何かを見つけることができる。
ただそれだけ。

なんかすっごい大発見!!!



これに気付いたら、不思議なんだけど、彼女が私にわがままを言えなくなった。
言えない状況が重なり、私ではなく、違う人へ見せるようになった。
私のスタンスは変わらないのに。


もう私に教えることはなくなったんだよ、と言わんばかりに(笑)

現実って本当に面白い!!



ばぁちゃんにぶつかった時も、

ただ今までのうっぷんを吐き出したかった愚痴を聞いて欲しかっただけのばあぁちゃん。
ぶつかり続けるばぁちゃんに、
仲良くする方法は、お互いの本音を出し、どこまで譲り合えるか考え理解し尊重しあうこと、そう思ってそれをぶつけてきた私。

ただゲロを吐き出したいだけのばあちゃんに、
私はそのゲロについて分析し批判し、吐き出す量を加減して、出した半分は飲み込め!とうことをやっていた。


視点を自分に置いているうちは相手の本当に望むことはわからない。
それを前回鼻を骨折した時に学んだ。
Мさんいわく、鼻っ柱、つまり、プライドを折り、そこに隙間を作ったって言ってるよ〜!でしたが。。。(笑)


そして、今回、その相手の望むことはすべてどんな風に自分が思えても、その人にとっては完璧で、
自分には判断できないし、しなくていいんだということを学びました!!!!


あ〜しんどかった。。。
だけど、そこにこそ、大きく気付かされるチャンスがあるもんだ!!
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ムカデと黒蛇と人影

2012年10月23日 01時05分39秒 | 日記
少し前ですが、夜中にPCを触ろうとふとキーボードを見たら、
すぐ側に漆黒の大きなムカデが居ました!!

いつもなら背筋がゾ~と寒くなり、うわ!どうしよう!!とファイティングモードに入るのですが、
今回は悪意が感じられず、向こうも緊張状態にならず、
何でかじーっと見ていられました。

そのムカデは、何をしていたかと言うと・・・
こはるちゃんの食べ残したバームクーヘンを幸せそうに、
あむあむと食べていました!!

あむあむ・・止まってモグモグ、またあむあむ・・・止まってごっくん・・

不思議だけど、ありえなかったけど、
なんだかその無防備な様子がすっごく可愛くて、
生まれて初めて、ムカデがかわいい~!!と思えました(笑)

そんなこと嫁に来て、ムカデと向き合う地獄の日々からの私にとって、
本当に本当にありえない感情でした!!

で、しばらく、おいしいかい?という気持ちで眺めていたのですが、
ふと我に返って、いやいや、これはムカデなので、お外に出ていただこう!!
そう思いました。

袋を用意して、シャッと入れ、外に出しましたが、
いつものように、向こうが機敏な行動を見せることもなく、
やれやれ~もうおしまいかぁ~おいしかったのになぁ~。。
とさえ感じさせるような哀愁を漂わせてのんたりのんたり去って行きました。



そして、昨日ですが、庭を歩いていると、ふと鉢植えに目が行き、立ち止まったら、
そこには真っ黒の大きな蛇が居ました!!
うわぁお!!!!
こっちをじっと見ていたのですが、全く恐怖や悪意を感じられず、
むしろ、めっちゃ綺麗~!!そう思えちゃって、
ついつい目をじーっと見てしまいました。
本当に綺麗な顔をしていて、そんな気持ちになったのも生まれて初めてでした。
しばらくして、蛇はにゅーっと動き、鉢の底にたまった水を飲み始めました。
そっか、のどが乾いていたんだね、そりゃそうよなぁ・・。
そんな暖かい気持ちで見ていました。
かわいいなぁ~とさえ思えました。
でも、うちのばーちゃんは、害虫はぶち殺せ!!がモットーの人なので、
こんなの見つかったら殺されるに決まってる。
なので、そのことを説明して、うちの庭からは出て行ったほうがいいよ、
子供もいるから、もしも、踏んじゃって、噛んじゃってってなったら、お互いいやだよね、だから、ごめんけど出て行ってもらっていいかなぁ~。
ばぁちゃんには見つからないようにね、と伝えました。
しっかり聞いてくれてるようで、じっとこっちを見てました。
でも、なかなか動かず、もしもこの状態がばーちゃんに見つかると、
早く殺せ!!
と言われかねないので、鉢を棒でコンコンと叩きました。
すると、仕方ないわねぇ~・・・とゆ~っくり動いて消えて行きました。


その日の午後、ドアを誰かが叩き、
誰かな?と玄関を見たら、黒い人影が横切りました。
すぐに追いかけたけど、消えました。
その速さからして、ばーちゃんではないし、母屋からお父さんが来たのとも違う・・・
きっと何かの存在だろうな、そう思いました。



その日、いろんなことを思いました。

ある友人が、くもの巣っていくつかは残しておいたほうがいいんだよ、と話してくれました。
それは、一番、虫がいる場所に巣を作ってるのは、そのまま虫を取ってくれるから。
自動的に殺虫してくれてる。
化学物質を振りまかなくても、自然体系のなかでやってくれる。

なるほど~!!!

私たちも自然の一部として生きて生かされている。
いつの間にか、自分達が主役のようになってるけど、
私たちも一部。
全ての存在に意味があって、どの存在もそのままでいい。
私たちが、これは要らない、とか決めること自体がちょっとおかしな話。


うまく共存すれば、いろんなバランスが取れるはず。


そして、今日、Мさんに会って、ムカデと黒蛇、黒影のくれたメッセージを補足してもらいました!

それは闇とのバランス。

きっと、ムカデに乗っていた意識も、黒蛇に乗っていた意識も、黒影の意識も同じ存在。
その姿で見せてくれたことに意味がある。

私は、その時、そもそも、どうして殺す必要があるんだろう。。
そう思いました。
噛んだり、刺されたりされるのは困るけど、
それをいつもやってくるわけじゃない。
彼らは、ただ生きているだけ。
そして、彼らには彼らの役割があって、それは回りまわって私たちにも大切な面で繋がっているはず。
そう思いました。


闇の存在と言われるものも同じ。
全てに意味がある。

今その姿、そのありのままの姿で意味がある。

私たちもその一部。

そう思うと、不思議と受け入れることができた。
批判するでもなく、排除するでもなく、
自分がそうなろうとするのでもなく、
ただ在ることを受け入れる。

みんなそれでいい。
そして、自分は自分でいい。

すごく素敵なメッセージをいただきました。

とは言え、悪意を感じる害虫もいるので、それには、ちゃんとNO!!と言ってますけど(笑)
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11月11日 からだ喜ぶ手作り市

2012年10月23日 01時04分15秒 | 日記
11月11日に矢掛町では商店街を大名行列が歩きます。
毎年第二日曜は大名行列の日で、
今回はその商店街の中にある、新谷醤油店旧店舗で、からだ喜ぶ手作り市を開催することになりました!!

ここは空き家で、そこを借りて住み始めた、機織職人の女性が、店舗のスペースを使って何かやりたい!
普段はプロでもなんでもない女性が実はこんなことできるんです!という発信の場になってほしい、
そんな思いを持っている方で、布ナプキンとして参加させて頂くことになりました。

・・・が、
今までのように、すでにある流れに参加者として参加するのではなく、
企画から運営まで、なんと作る側に回ってしまいました(笑)

でも、発起人の意向がしっかりあるので、そこは大切にしつつ、
私たちのやりたいようにやらせてもらっているという感じです。

ポスターも手書きしました♪
完成したら紹介させていただきます!!

先日、町長にお会いして、このイベントのことをお話させていただきました。
その時、布ナプキンのことも聞いてくださり、大切なアドバイスもいただけ、とても有意義な時間となりました!!


そんな手作りののイベント、からだ喜ぶ手作り市、大名行列の日に新谷醤油店旧店舗にて開催します♪
詳細は後ほど・・・。



まだまだ片付けも終わっていない店舗部分。。。
いろ~んな存在がいます(笑)

トトロの初めのまっくろくろすけ達が、引越しの話でもぶってるように(笑)、
この店舗の中にいた、古くからいた、いい存在もそうでない存在も、中間の存在も、みんなみんな、
4日の一斉清掃でお引越しです♪

掃除で浄化というパターンもあるんだろうな。
そして、残りたいという存在さんには残ってもらって、そうでない人達にはお引越ししてもらって、
この古く美しい醤油やさんで、素敵な市を開催したいと思います!!

もろみぶたも出てきて、何かに使おうと考え中!
明治の日付が入っていました!!
江戸のものも出てこないかなぁ~♪

ぜひぜひお越しくださいませ~♪♪

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いろんな存在

2012年10月17日 10時03分55秒 | 日記
夢を見ました

洋館のような古い場所にいました。
女性がいて、その人は消えたり出たりしていました。
時には丸い球体になったり。
でも、美しい光ではなく、重い感じの色。
あぁ、この人は人ではないなぁ。。そんな風に夢の中の私は思いました。

そして彼女が消えたり現れたりする時、昔の柱時計のような低く鈍い音がしました。
ボーン、ボーン、と。

その音の感じは、古い重いスイッチや、力のいるようなものの音、
ボチっとかそんな鈍く重い感じ。

そして彼女は言いました。


「こういう感じ、こういう音が私たちの音」

と。


ものすごく嫌な存在ではないけど、美しい光の存在でもない。
悪いことはしてこないだろうけど、
いい感じもしない。

そんな存在でした。

なんだろう??
目が覚めてなんだか不思議な感じでした。


Мさんに聞いてみたら、
それは、ちがい。
様々なものがある。
想像を超えたものがある。

光もあり、闇もあり、どちらでもないものがある。
中途半端も、すべてOK。


私は現実の世界ではそれはわかってきていた。
いろんな人がいて、みんなそれぞれそのままでOKなんだと。
でも精神世界では光と闇に分かれていて、いつかみんな光になるのがいいんだ、そう思ってる自分をみつけました。

現実も、精神世界も、全て含め、正解も間違いもない。
すべてありのまま、それで完璧なんだなぁ。
なるほど。。
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鼻っ柱を折りました

2012年10月17日 02時58分43秒 | 日記
毎日おかげさまで忙しくやってます。。
本当に忙しくて一週間に1日家に居る日があるかないか、家に居ても隙があればミシンで縫う日々です。
布ナプキンも本当にたくさんの展開をいただいて、
稲刈りも無事に終わって、
また後で告知させていただきますが、11月11日に大名行列があるのですが、その時にミニわくわくマーケットのようなイベントをすることになり、
大慌てで準備を進めています。
本当に毎日が慌ただしくて、やっと日記が書けました。

心の声に従って、勇気をだしてそれを選択する。
ふと思ったことを大切にする。
全てに意味がある。
目の前で起こっていることはその人のことではなく、自分のこと。

そう生きるようになってから、本当に全てがベストタイミングで起きて、
必要なことは勝手に繋がっていっている感じです。

そしてスピードが速い。。これはちょっと本当に大丈夫?と思うほどのスピードですが、
慌てず、焦らず、その中でも今に集中することで楽しく行ったり来たりやってます♪

いよいよ12月目前!!


心を自由に、自由に生きることを選択できるとより軽やかに生きられる時代がやってくる、そう感じます!!




少し前に鼻の骨を折りました。
寝転がって、こはちゃんを飛行機していた時、足を持ち上げすぎて、後頭部から真っ直ぐ、わたしの眉間の下、
鼻筋のへこんだところに落ちてきました。
ミシっとなって、声も出なくて、本当に痛かった。痛いんだけど、痛いという感じでもなく、ただこれはやばい!!
と思いました。
もう1ヶ月たつのですが、いまだに痛みがあり、触るとミシミシ言ってます。
鼻は放っておくしかないそうで。。。
この必然は何???
それが知りたい!!!

カードでは、ゆるすこと、
ガイドさんからのメッセージは、鼻っ柱を折ったんだよ、でした。

そう言われてやっと全てがつながりました!!


ちょうど鼻を折ったころ、
ばぁちゃんと大きくぶつかりました。
きっかけはしょうもないことで、また理不尽な言いがかりでした。
そして、私はこの家の流儀に合ってない!!と言われました。
他にもいろいろ。。。

家族として話し合って仲良くなりたい、お互いの気持ちを話して、分かり合いたい、
ゆずれるところ、ゆずれないところも、本音でぶつかったときにこそできるし、
お互いを分かり合い、尊重し合っていきたい。
ばぁちゃんの気持ちをきく、私の気持ちも聞いてもらって、お互いに接点をみつける。
そんな風にしたかった。

でも、いつも平行線で何も聞き入れてくれない。
私は何度も傷つきながら、どうやったら分かり合えるのか考えていた。
愛情を持って話すこと、愛の視点でみること、いろいろ挑戦してみた。

でも、どうしてこんなに同じパターンで何度もぶつかるのだろう??
平行線すぎて、しかも加速してて、傷つくことも増える。
喧嘩別れになって、雨に打たれながら久しぶりに落ちこんだ。

一体どうしたらいいの??
どうしたら私の思いは届く?

まてよ・・・そもそも、ばぁちゃんは和解を求めてないのかも・・・
それは私の中の最高の形であって、
私の視点。


話し合って、お互いを知り、認め合って尊重しあう。

それを求めていないのかも。。

だから平行線なのかな。。


ばぁちゃんが求めていることって、ただ愚痴が言いたい、虐げられてきた人生のうっぷんをぶつけたい、
ただそれだけなんじゃないか。。

それを、大変だったねぇ。。と聞いてあげている人は一人もいない。

後妻さんで、小姑に囲まれながら、散々嫌味をぶつけられてきたばぁちゃん。
いまだに亡くなった人達にとらわれているし、
わがままで、伝え方が下手で、傷つきやすく、プライドが高く、愛されたがり。

でもとても愛情深い人だろうなって実は私は分かってる。


母は長年の確執から、顔を合わせること自体を避けている。
私もこのまま行くとそうなるだろうなって思った。
じゃぁ、誰がばぁちゃんの心を救えるのかな??
なぜ、私の前にこの必然があるのかな?


そうか、今まで大変だったねぇ。。言ってみなよ、全部聞くから、吐き出しなよ、とのスタンスがとれない。
なんでだろう。。

まず、こんなに傷つけられたのに、なんで私がそんなことしなきゃいけないの??という思い。
そして、そっか、ごめんねぇ、そうするわ、と全てをばぁちゃんの言うとおりに受け入れると、
そうならなきゃいけない、それが実際問題無理だと思っている私。
ばぁちゃんは私に自分の苦労と同じ苦労を求めているから。
同じようには生きられない、そこはちゃんと伝えたいと思っている私に出会いました。


馬鹿になればいい。

この言葉を昔から何度も聞いた。
本当に深い意味があるなぁって改めて思った。


馬鹿になればいいんだ。


ばぁちゃんの求めていることは、うっぷんを晴らすこと。愚痴を言うこと。
いかに自分が大変だったか、いかに今辛いかを聞いて欲しい。それだけ。

そして、そっかぁ、ごめんよぉ、と聞いていったからと言って、必ずそうならなくてもいい。


私は、女の子は見ない!そう小姑たちに言われ、娘を背負って朝から晩まで牛の世話から畑、田んぼ、全てをやっていた。あんたは保育園に預けて遊び歩いていい身分じゃなぁ!!

今までこの言葉に、抱えていた罪悪感がすごくつつかれていた。
でも、自分の人生に自信が持てるようになり、罪悪感はなくなったけど。
大変だったと思うけど、時代は違うし、私には私の人生があるそれはわかって欲しい、でも出来ることはする、
それをお互いに譲り合おうや!!
そうすればきっとうまくいく、そう思ってた。


そっか、昔は大変だったんじゃねぇ。。ごめんなぁ、私はいろいろできんでなぁ。。
ばぁちゃんはよくやってきたんじゃなぁ。

ただそう聞き流す。

ごめんなぁと言ったからと言って、すぐに改心してばぁちゃんの言いなりになる必要はない。
実際、言うことはすごいけど、それを私がやるところまでは求めていない感じだった。
でも、私は、一旦受け入れたら自分がそう変わらなくてはいけないと思っていた。だから、自分の受け入れられないことは全てわかってもらおうと一生懸命説明していた。
そしたら、返ってくるのが、もう責めんでくれ!!!だった。
全く意味が分からなかったけど、
わかった。

聞いて受け入れるのではなく、
聞き流せばいい。

その心の中に貯めている長年の悲しみ、苦しみをドンドン出して出して!
と、
愛情を持って聞く。
でも、出てくる言葉すべてを自分のこととして受け入れる必要はない。

そう理解できて、すごく楽になった。


ただ愚痴が言いたい、聞いて欲しいときはある。
その時に、解釈はいらないし、言いすぎてしまうこともあるけど、でも本気ではなく、
ただ感情を吐き出しているだけ。

ばぁちゃんのしたいことはそれなんだ。

でもやっぱりなかなか出来ないなぁ〜。。出来るようになりたいなぁ〜・・・。
そう思って外に出たら、ばったり喧嘩別れしたばかりのばぁちゃんに遭遇・・・。


私はばぁちゃんに謝ろうって思った。


「ばぁちゃん、ごめんな。私、自分の思いをわかって欲しくて、言いすぎてた。ごめんなさい。」

そしたら、驚くほど優しい声で、

「ええんよ。」

と返ってきた。
きっとばぁちゃんは言われっぱなしで、誰からも謝られたことなんてなかったんだろうなって感じた。

そしたら、ストンと何かが自分の中で落ちた。


ごちゃごちゃ考えていたけど、もういいやって思った。



今でも投げてくるナイフを思いっきり受け止めてしまうことは多々ありますが、
言いたいだけなんだろうなって、心から理解できるようになったから、優しく聞き流すことができるようになった。


そしたら、驚くようなことが起こりました。


シニアカーには絶対に乗らない!
私たちに足になれ!というスタンスだったのに、
シニアカーを買おうかなぁ・・・と言い出した!!

今まで無気力だったのに、いろんなことをやり始めた。
絶対に行かないって言ってた、デイサービスに行くと言い出して、手続きを終わらした。

全て今までのばぁちゃんからすると180度違う行動。


現実が変わるってそういうことなんだろうな。



鼻っ柱を折ってもらって、私は自分の自分勝手なやり方に気づき、
相手の視点にやっと立てた気がしました。

でも本当に折らなくても〜・・・(笑)


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