はるがきたんよ~☆

布ナプキンに出会い、ワークショップ等、様々な活動を始めました♪ スピリチュアルを日常に!!と毎日楽しむ日々です。

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真実かドラマか

2012年04月28日 03時23分08秒 | 日記
神との使者をよんで、私は自分を見失った。
それくらいの衝撃があった。

だって、その直前まで、ガッツリ夢があって、引き寄せもすごくできてて、
絶対に5億円引き寄せる自信があったから。
そのお金ですごくいいこと始めようと思ってた。
ハーブやマクロビカフェ、ヨガ等、体にいいこといっぱい詰め込んだビルを建てたかった。
驚くようなシンクロがあって、絶対にそう進むと確信できた。

でも、神との使者を読んで、真実を知った。
例え、この本がすべての真実でなかったとしても、
私の心の本当に望むことは何かははっきりわかっった!!

ただ穏やかでいたい。

それだけを望んでた。


ドラマを楽しんでた。
その間は、そのドラマを味わうために、たくさんの感情を引き出してた。
目の前の誰かや、状況に対して、
怒る、憎む、批判する、非難する、悲しむ、苦しむ、責める、不安になる・・・
すごく忙しかった。
それをもっともっと良くしたくて、いろんなことを頑張った。
良くなったり、悪くなったりを繰り返して、
早い結果が欲しくて、すぎる時間も猛スピードだった。


ドラマを楽しむのは好きだった。
充実してる感があった。

でも、私は体感しちゃったから。
どうしても取りたかった憎しみが、突然消えてしまったことを。
それは何よりの望みだった。

どんなにスピリチュアルな本を読んでも、
瞑想しても、過去世を掘り下げても、内観してもできなかったこと。

誰かへの心の奥底に根付いた憎しみ。
それが突然消えた。

その心の穏やかさは、どんなことよりも本当に何よりも望むものだった。



自分の中で色あせたのが手に取るようにわかった。
本を読み始める前に大切にしていたものが、
あんなに勢いがあったものが、すべて色あせた。

だから、すごく戸惑った。
疑問があふれ、
投げやりになって、

何をしたらいいのかわからなくなった。

どう生きたらいいのかすらわからなくなった。

ここで生きる意味があるのかわからなくなってしまった。



それだけ衝撃だった。
それが私には必要だったようです。

実際、本を読み始めたとたん、ちくのうになった。
本を読み終え、新しい自分が動き始めるまで膿み出しが続いた。



無気力な感じは続いた。
でも、憎しみが消えた心地よさは変わらずそこにあった。

私の変わらない毎日もそこにあった。


疑問はたくさんあった。
だけど、何が疑問かすらよくわからなかった。

この答えをください、とだけハイアーセルフにお願いした。


わくわく総社に向けて、忙しく過ごしてる中で、私の外でいろんなことがいつものように起こった。
子供たちが見せてくれるイライラ。
私の正義感。
ばぁちゃんの見せてくれる罪悪感。

それを一つずつ、外の、相手のせいにせず、
自分の中にあるものだと、忍耐強くなれるよう、前後しながらも、
頑張って批判、判断をしないように努力することは続けた。



だんだん、その見方が習慣になってきて、
自分のエゴを見つけやすくなってきた。
あ、これって、私のエゴだ。
エゴをこの人に投影してるんだってわかるようになってきた。
いかに実践し続けることが大切かよくわかった。

習慣化するためには、続けるしかない。



心は、簡単に成長できない。
楽な方法なんてない。
誰かがしてくれるものでもない。

自分が自分で頑張るしかない。
コツコツと日常の中で。



これは私がスピリチュアルに深くなっていけば行くほど突き当たった答えだった。
いつも思っていた。
スピリチュアルは日常にあってこそなんだと。

だから、日常を自分と真摯に向き合って生きている人は、
ものすごくスピリチュアルだ!
たとえ、すごく否定的なスピリチュアルアレルギーだとしても(笑)
それでいいのだ!!


私は今、この世界を生きている。
マスター達のように今すぐ目覚めることはできない。
それが今の私のレベル。

だからこそ、感じられるたくさんの肉体的幸せがある。
そこは楽しみたい(笑)!!


子供たちの愛おしさ。
これは私の何よりの幸せ。
やりたいと思うことを形にできる幸せ。
世界の美しさ。
人々との関わりで生まれる愛。

心が感じる、美しさや愛おしさは、今の私にとって何よりの喜びです。



この世界を楽しみながら、
今の私が感じる幸せをもっと味わいながら、
自分に向き合いながら、ステップアップしながら、
地球を楽しみたいなって思いました。


それでいいじゃん、と。

そうしてるうちに、何かわかってくるかな??


今の私には今がすべてだから。
その先はわからないし、気にしなくていい。



ドラマを楽しもうとしているのではなくて、
自分の愛を、地球の美しさをより繊細に味わいたいと思ってる。


同じ地球を生きてるけど、
自分が求めるものが変わったら、
まるで違う地球に来たみたいになった。

そこにあるものは変わらないんだけど、
私の心のそれを見て感じるものが変わった。


見てるものが変わった。


自然が美しいって心が震えるし、
人々の愛に涙が流れる。
生きてるって素晴らしいなって感動する。
笑うことがもっともっと増えたし、
そんな自分が本当に素敵だなって思える。


それだけで生きてる意味がある。


今はそれでいい。


私は穏やかでいたい。
それでいい。


何を見て、どこを楽しむかの違いで、
ドラマを楽しむことが悪いというわけではない。

私もドラマの楽しさはよく知ってる。
いままでたくさんのドラマを味わってきました。
だけど、今回はもうお腹いっぱいです(笑)


真実を知りたい、と求める人には真実を。

ドラマを楽しみたいと思う人には、ドラマを。

どちらが正しいというのではない。

自分の心が何をしたいのか、それをちゃんと聞いて、
それを選択すればいいだけのこと。




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布ナプキン 小学校に向けて

2012年04月26日 12時36分14秒 | 日記
わくわくに向けて、同時にいろんなことが重なっていました。

わくわくマーケットに向けての準備
お地蔵様のリーディング
自分自身を大きくひっくり返す内面の出来事。
それをまとめること。
布ナプキンの次のステップへの準備。


すべてが一度にこなすように重なって、
ほんとにほんとに、てんやわんやでした~

自分の内面の大きな変化と同時にちくのうになり、頭痛と闘いながらの準備でした。

子供たちが眠ってからの時間しか自由な時間がなくて、
寝不足が続いたので、お肌もボロボロだし、体調も良くならないし、
どうしようもない状態でした~(笑)

やっと終わった~!!!



少しずつ日記にまとめます。


まずは、布ナプキンについて。


アルデバランさんから、宮崎に布ナプキン母の会というのがあって、
小学校の生理の話の時に、手作りの布ナプキンをプレゼントしてりお母さんたちがいると紹介してもらいました。

33歳にして初めて知った布ナプキンの良さ。

私自身も、小学生の最初の生理の話の時に、選択肢は2つあるんだ、ということを伝えたいなぁって思いました。


やりたいことは、先にやってる先輩に聞くのが一番の近道!!
なので、宮崎のお母さんに連絡をして、どんな風に活動されているのか、
どうしたらいいのかを聞いてみました。

九州のなまりがとっても暖かく心地よかった~(笑)

活動は、4年目に入り、少しずつ広がっているそうです。
まずは、家庭訪問の時に担任に話、養護の先生、教頭、校長。。
というふうに進めて行き、
6月にある宿泊研修の前に生理の話があるので、その時に、
生理の話、紙ナプキンの紹介
の流れの最後に布ナプキンの紹介&プレゼントをさせてもらうようにしているそうです。


うん、それはいい!!
わかりやすい。


ということで、家庭訪問で先生にお話するまでに、どういうことをやりたいのかをまとめておかなくてはいけなくなりました。

でも、どうしても家庭訪問で話してるイメージがなかったんですよね~・・・。


今の校長先生は幼稚園の園長も兼任されていて、本当に素晴らしい方です。
暖かくて、穏やかで、子供のことをとても大切に思ってくれてるのがよく伝わってくる先生です。

その先生が来年定年だと聞き、
やっぱり、今年のうちに行動を起こしておこうと思いました。

だから、やっぱり、4月にはまとめなきゃ・・・。



20日に小学校の参観日がありました。
その時には校長先生も廻って来られるので、その時に想いをまとめたお手紙と、
宮崎のお母さんが送ってくださった、こんなことしてるよという資料をコピーして、
渡そうと思いました。

そしてなんとか準備できて、渡しました!!!
今、きっと検討してくださっているのだと思います♪


昨日家庭訪問があったので、その経緯を新しい担任の先生に話しました。




どうなるかなぁ~


わくわくです♪



さらに、私が出産した産院で、長男の出産の時、
各部屋に置いてあった院長推薦の本を読んだことを思い出しました。
それは、昔の女性はできていた という本だったと思うのですが、
女性本来の力についてでした。
生理をコントロールしていたという話。
その頃、全くスピにも関心がなかった私だけど、なぜか読んでいたんです。
へぇ~。。くらいの感想だったんですけど(笑)

でも、今思い出しました。
この産院で布ナプキンのワークができないか言ってみよう!!
院長がその本を置いていたということは、きっと理解はあるはず!

なにより、これから母になる女性、生理痛や様々な婦人病で通院する女性、
不妊治療に通ってる女性、
みんなにもっと知ってほしい!!
だったら、すごくこの場所は最適なのではないかな??

そんなふうに思いました。


他にも、養護の先生たちに向けてとか。
小学校の保健室の先生が布ナプキンに理解があれば、
これから使いたいっていう子供たちには最高の理解者になるし。

いろんな場所で広めることができるきがしてきました。

きっと求めれば与えられる。

だから求めよう!!

アンテナをはっていこう!!

発信していこう。
きっとこの情報を待ってる人がいるはずだから♪


そう思いました。


さぁ、どうなるかなぁ~
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神の使者より(私なりの解釈)②

2012年04月26日 02時43分57秒 | 日記
エゴの手を取ることを選択した私の心には、
恐怖、罪悪感、不安が溢れてます。
あまりにも苦しい私に、エゴは教えてくれます。

その苦しみは心の外に出したらいいんだよ、と。

自分の意識の外に出す(無意識の力を使い外に投影する)ことで、
この恐怖、罪悪感、不安、悲しみは私の中にはない、そとで起こってる、
自分のものじゃないんだ、と安心できました。

私の恐怖ではなく、外の、目の前の、誰かの恐怖なんだ、と。



私は無意識の創造する力を使って、自分の外に世界を創っています。
もちろん、妄想のポヤヤヤ~ンの世界の中で。
でも、今この無意識の創造する力の主導権を握っているのはエゴなんです。
エゴによって操作されているんです。


エゴは、エゴが存在し続けるために、
エゴのシステムを作り上げ、それを守っています。

エゴのシステムとは・・・

私心の中にある(と思い込んでる)ものを、外にだし、
自分のものではない、外で起こっていることだ、とすることで、
私はずっと外に不安や罪悪感、恐怖を感じる、体感できる世界を創り出す。

自分の心にイライラがある時は、
イライラさせる相手が目の前にやってくる、イライラする出来事が起こる。
そしてイライラする。

それは、自分の心にイライラ(原因)があって、外でイライラする(結果)というのではなく、
全く逆の、
外でイライラする(原因)ことがあって、心がイライラする(結果)
と思わされている。

これを体感することで、外で起こってると思えば思うほど、
この世界がリアルなんだと信じ込み、妄想だということを深く忘れていく。

目の前の次々起こる問題に一生懸命になればなるほど、
朝からズボンのチャックが開いていたことには気づかない(笑)。
ズボンをはいてることすら意識してないかも。


真実の原因と結果は逆で、しかも同時に起こる。

夏にクーラーが壊れ、暑くて眠れずイライラした。

この出来事も、実は反対。


イライラを心に持っていたから、
イライラする出来事を自分が創り出した。
クーラーを壊した。

クーラーが壊れたからイライラしたのではない。





よく、このことは映画に例えられる。
私たちは映画を見ている。
でも、映画を見ていることには気づいていない。
スクリーンに映っているドラマがリアルだと、現実だと思い込んでいる。
そして、そこに映っているすでに出来上がっているドラマをどうにか良くできないかと、もがいている。

映写機には、エゴのシステムを守ることのできる、
恐怖、不安、罪悪感等を体感できるような内容のシナリオのドラマのフィルムがセットされている。

このフィルムを、愛、平和等に置き換えればいいだけのこと。
だけど、その置き換える主導権をエゴが握っているし、
そもそも、これが映画なんだということすら気づいていない。


真実が実は天国で眠っていて、悪夢を見ているだけなんだ、と
全ては妄想の世界なんだ、と
これは映画を見てるだけなんだ、と言われても、
今すぐ、あぁ、そっかとは起きれない。
それだけ深くこの妄想に私たちはどっぷり浸かっている。

真実を知り、少しずつ目覚めていくしかない。

少しずつ、このエゴのシステムを解体しながら目覚めて行き、
主導権を自分で握れるようになっていくしかない。



ではどうやったら、エゴのシステムを解体できるのか。
どうやったら主導権をにぎることができるようになるのか。


それは、エゴが私たちにしているシステムを使い、
そこから解体していくしかない。

すべてを赦していくこと。


私は神と同じ存在で、今の瞬間も天国にいる
ということを真実のベースとし、
この妄想の世界で起こることを、妄想の産物だと認識すること。

目の前で起こることは、自分の中にあるものを外に出して見ているだけなんだと。
そして、自分の中にあるそれすら、実はあると思い込んでるだけで、本当はありもしないものなんだと認識すること。


ばぁちゃんが嫌な言い方をして責めてくる。
「こはるちゃんを保育園に預けて、あんたは一体何をしよんか!!」
と。
私は凹んで、言い訳しようとした。
「今日は誕生日でとくべつな日だから、パパと出かけるんよ」
と。

いいじゃない。
こはちゃんは楽しんで保育園に行ってる。
一週間に1日あるかないかの日。
息抜きに使ってもいいじゃない。
なんでそれを堂々と言えないのか。

嫌な言い方をするばぁちゃんに原因があるんじゃない。
私の心の中に罪悪感があるんだ。

きっと罪悪感がなければ、堂々と笑って言って返してる。
今日はゆっくり遊んでくるわ~♪と。

それができないのは、私の中に罪悪感があり、
それを感じさせる出来事をばあちゃんが起こしてくれただけ。


少し前の私なら、なんでそんな言い方するの?
いけないの?
昔と今じゃ違うんだよ!!
とばあちゃんに矛先をむけてた。
プンプン怒って、凹んでた。

だけど今は違う。

ばあちゃんは私と同じ。
神と同じ存在。
愛の人。
その愛の人が何を演じて見せてくれているのか。
罪悪感というシナリオだ。
観客の私に罪悪感を感じさせるドラマを演じてくれたのだ。

ありがとう。
私の中の罪悪感を見つけたよ!!
これはもういらない。

気づかせてくれてありがとうね、ばぁちゃん。


憎しみが愛に変わった。

これこそが奇跡。

私はそれを体感した。



イライラが自分の中にあるから、
子供たちがイライラさせる出来事を起こしてくれる。

子供たちに原因があるのではないんだ。
自分のこころにある。


私は正義感を持ってる。
それを押し付けたい。
だから、その正義を振りかざせる出来事を子供たちが目の前で起こしてくれる。
そして、私は目の前の子供たちに、一生懸命その正義を振りかざす。

だけど、終が見えないし、
心はずっと穏やかではない。


私はただシンプルに、心が穏やかでありたい。



ドラマを味わうことを選択すれば、心が穏やかではなくなった。
ドラマを味わうことをやめたら、心が穏やかになった。

エゴの作ったシナリオ通りに私たちは2極性の世界を生きている。


輪廻転生も含めてずっと。


殺人をしたり、被害者になったり。
男になったり、女になったり。
グルグルぐるぐる2極性のドラマを味わってる。


でも、真実は私はただ一つ。
完璧な1極性に存在してる。
ただ愛。

もっと愛に近づきたい。

天国に居るにふさわしい自分になりたい。


不変であり、完璧で永遠。
いつまでも優しく、
忍耐はかぎりなく、
全的な愛で完璧な平和。

そんな自分。
それが自分。
それは実は今も昔も変わらない。

だけどそう思えない。
そうだった、と気づきたい。
そのためには、今の自分についている様々な概念や習慣、思い込みを落としていこう。


いつの間にか着込んでしまったものを一つずつ脱いでいこう。


そのチャンスは、目の前の日常にこそある。
目の前に起こる様々な出来事をチャンスととらえ、
すべてを赦す。

自分以外のものをすべて愛として見ようとすると、
いかに自分が小さなことから大きなことまで、批判、非難、判断しているかがよくわかる。

私たちは一つなんだ
と心底思うには程遠い。

攻撃していなくても、
あの人と私は違う、そう思っているだけでも同じことなんだ。
そこに敬意があればまたちがうのかもしれないけど。

殺人犯と私は一つなんだとは思えない。

それが今の私のレベル。



少しずつ、今の私にできることを着実に実践していこうと思う。

批判、非難、判断をしないように。
外のせいにしないように。


映画を見てるんだと知った。
ドラマを見てることもわかった。
映写機を操作する力を取り戻したい。

まずは、外のせいにすることをやめる。
時間はまだまだかかるけど、最後で相手を赦せたらそれでいい。
そうしていくうち、瞬間的に赦すことができるようになるだろう。

そして愛、平和、楽しみ、というドラマを選ぶ力を持ちたい。
それは訓練が必要なのだそうです。
奇跡のコースのワークブックにある365日のワークがその訓練だそうです。

楽しみだわ♪


コメント (2)
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神の使者より(私なりの解釈)①

2012年04月26日 02時42分39秒 | 日記
私が最近出会った本。
大きな変化をくれました。
それはそれは大きな変化でした。
何度もひっくり返りました。
そして、無気力になりました。
逆ギレのようにもなりました。

でも、その過程を経て、今は本当におだやかに、そしてパワフルになり、
そして、この世界を楽しもうと、素晴らしい日々に変わりました。

これからまとめる内容は、私が、今の歩み方を選択するために必要だった衝撃です。
必要ない人もいると思います。
必要な人もいると思います。

自分のためにまとめますので、必要ないなぁって感じたらスルーしてくださいね♪
今の私が私の目線で理解できた内容なので、これがすべてではありません。
本が気になった方は、ぜひ自分の目で読んで感じてみてください。




天国があります。
そこは神のいる場所。
そこは不変であり永遠であり、完璧です。
いつまでも優しく、
忍耐は限りなく、
全的な愛で完璧な平和です。

神は創造します。
神は神と同じ、この通りのものを創ります。
不完全やアンバランスなものは決して創れません。
だから、神から創られた私たちも神と同じなのです。

真実は、昔も今もこの瞬間も、私たちは天国に居るということ。
離れたことなど一度もないのです。



(このジュースの例えは私が受け取ったイメージです)
神を100%のりんごジュースとします。
ひょうたん型のコップにりんごジュースが入ってます。
一方が神で、一方が私。
神は同じりんごジュースを分かち合った。
それが私。
私と神は同じ100%のりんごジュースでいつもつながっている。

でも、そのわたしが、ふと思いました。
漫画にでてくる想像シーンのように、ポヤヤヤヤ~ン・・・と。

もしも、私が、離れて、別のコップとなり、
そのコップの中身が30%のオレンジジュースとなったらどうだろうか??と。

ちょっと妄想したんです。
ポヤヤヤ~ン・・・と。

でも、その妄想を強く信じてしまった。

「神と分離しちゃった!!」
「私は違うコップになっちゃった!!
30%のオレンジジュースになっちゃった!!
添加物入ってるよ~!!!
神とは違うものになっちゃった~!!!」

と思い込んだ。
妄想もやりすぎるとワケわからなくなる瞬間ってある。
それ、笑えるけど、よくわかる~(笑)
高校の部活の時、バスケのリング見ながら、考えすぎて、なんでみんなあそこにボールを入れるの??と本当にわからなくなったことがあります(笑)

話は戻り、

妄想を本当に真実だと思い込んだ私は、
すべてを、神を失った心細さ、愛する人を失った悲しみ、
とんでもないことをしてしまったという罪悪感に囚われます。

そこでエゴ登場!!

落ち込む私にエゴはささやきます。

「あ~あ、やっちゃったねぇ~。。神と離れちゃったねぇ~。
どうすんのさ?とんでもないことやっちゃったよ。
家出しちゃったの??神はめちゃくちゃ怒ってるよ~!!
怒られるよ~。。絶対に許しちゃくれないよね。。
どうすんのさ!!」

とさらに罪悪感と恐怖を刷り込みます。
どんどん、これは妄想の中でのことではなく、これが現実だよと思い込ませます。


そしてエゴは提案します。

「一緒に逃げよう!!
一緒に来れば逃げ場はあるよ!!
怒ってる神は怖いからね。。
君は自分の人生を自分で創ったらいいんだよ。
だって、君は特別だから。君にはなんでも創り出せる力があるんだから。」

と。
神を失った悲しみと、髪に怒られるという恐怖から、
私はエゴの提案を、エゴとともに生きることを選択しました。
その瞬間、本当に分離したとさらに強く思い込みました。


・・・でも、最初に書いた通り、
今もこの瞬間も真実は、私は天国にいて、全てはポヤヤヤ~ン。。。という勝手な妄想の中で起こっているにすぎないということ。
いつでも、わたしは100%のりんごジュースであり、
今も神と一体であるということ。


神は怒るなんてしないし、
何より、そもそもが、私の勝手な妄想だから、怒るはずがない。

天国という大きな家で、神は子供部屋で眠る私を見ています。
とても愛に満ちた穏やかな表情で。
ベッドで眠る私は、悪夢にうなされてます。
そして神は、夢を見ている私にささやきます。

大丈夫だよ、それは夢だから。
ゆっくり目をさましてごらん。

と。
そして、目を覚ましたら、きっと怖かったね、と優しく愛で包んでくれる。


そう、私たちの生きているこの世界は、
私たちがベッドで眠って見ている夢の世界なんです。

それがシンプルな真実。
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わくわく総社、やりきりました~!!

2012年04月26日 02時40分58秒 | 日記
本当に本当にありがとうございました!!!
言葉がないです!!

私の言葉では表現しきれない・・。
本当にたくさんのミラクルがありました!!

嘘みたいなミラクルが始まりから終わりまで盛りだくさんで(笑)

瞑想で作りたいコミュニティの夢がかなっているところを想像し、その写真を撮り、日付を見たら、
2012、4、22
はっきり見えました。
まさか日曜じゃなかろうなぁ・・・
日曜じゃん!!

そこから始まり、私の夢をすでに叶えている先輩に会いに行ったところから、
この企画が始まり、
そして、あとは丸投げ(笑)

すべて、秋山さんがやり抜いてくれました!!!

実行委員会のみなさまにも、本当に本当に感謝でした。



天候も大荒れで90%雨との予報・・・。
でも大丈夫、この日は、このイベントは絶対にできる。
その自身はありました。

だって、そうなるんだもん。

そして、嘘みたいに、朝から搬入の時には雨がやみ、無事にテントも準備もできました。
一度雨がザーッと降りました。
でも、それは浄化の雨だってわかってたからなんの不安もなかった。
そして、お客さんが入る。
雨がやむ。
時々風がふいたり、パラッと雨が降るけど、イベントは続く。

最初、天候大丈夫?と聞いたら、

ふるいにかけているだけだから

とのメッセージ。

Mさんも、同じく。
さらに、様々なエネルギーが溢れてるから、一度雨で浄化するんだって、と空とお話されてました。

私は大切なイベント、旅行の時は必ず先に浄化の雨が降るので、
今回も雨は最初に降るだろうって思ってたので、本当に心配してませんでした。

風がきついことで、より一層、出店者同士や、事項委員会の方々の心の暖かさを感じました。
こんな天候でも来てくださる方々は、やはりアンテナをたててる方々で、
きちんと自分に必要な種を握って帰ってくださってました!!!
1000人は来たんじゃないかな?とのこと。
晴れだったらどうなってたのかな・・・!?

ゆったり一人ひとりと話ができたことで、
本当に伝えたかったことが話せたし、本当にいい天候でした!!

布ナプキンも、たくさんの方が買ってくださいました!!
今使ってる方を始め、
気になってたから、これを機に!!という方、
小学生の娘さんをもつお母さん、
生理痛の悩みを抱える高校生のお母さん、
本当に様々な方が布ナプキンを手に取り、
そして、可愛い~!!楽しい~!!と嬉しそうに買っていってくださいました!!

それが本当に嬉しかったです♪♪

ステージも本当にキラキラしてました。
はじめてみたフラダンス、
先生、素敵なおっちゃんなんですが、裸足で笑顔で踊ってらっしゃって、
なんて言うか、その踊りの姿全てに心を奪われました。
これ、ずっと見ていたい!!癒される~!!!不思議な感覚でした!!
そして、この日のために新調したという先生の教え子たちの、おばちゃんフラダンサー!!
みんな本当に楽しそうで、見てて幸せでした~!!
いいなぁ~って本当に思いました。

そして美穂のライブも最高でした!!
お店があるので、近くには行けなかったけど、
マーケットで聞けるこの幸せ・・・ライブにはない良さがたくさんありました。
ライブで聞く音とはまた違ったのですが、
私は美穂の生み出すピアノの音を、子供たちに聴かせたかった。
でも、ジャズライブとなると、子供たちには遠い世界。
だから、今回、この子供たちが走り回りながら野外で聴ける環境、
これが本当にやりたかった。

そして、ピアノを習ってる小学生の女の子が、美穂のピアノを聞いて、
あんな曲をあんな風にピアノひきたいなって言ったそうです。
感動しました!!

やったー!!

いろんなことが本当に感謝でいっぱいでした!!!


素敵なイベントになりました!!

本当に、本当にご協力くださった皆様、ありがとうございました!!!
天候が悪いにも関わらず、足を運んでくださったみなさま、本当にありがとうございました!!
成功しますようにって祈ってくださった皆様、本当にありがとうございました!!

言いだしっぺながら、投げ出したのにも関わらず、
こんなに盛大で暖かい、素晴らしいイベントにしてくださって、
本当にありがとうございました!!!

あの場所にいられて本当に幸せでした♪

秋山さん、お疲れさまでした!!

またやりましょう♪♪
だんだん大きく広がって行きますよ~
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