録画人間の末路 -

人は記録をしながらじゃないと生きていけない

本当に始まっちゃったのね

2021-07-24 14:51:07 | Weblog
ひょっとしたら始まらなくて、中止か再延期に当然なるんじゃないか、と思っていた東京五輪。とうとう始まってしまいましたね、本当に。開会式も担当者に次々と問題が発覚して解雇や辞退になり、まともに出来ないんじゃないか、と思っていたらどうやらかなりグダグダだった、と我が母から聞かされております。わたしはとりあえず録画してあるので後で適当にみるつもりですが、事前の情報だと一番の見どころは、おそらく差し替えで使うことになった有名ゲーム音楽のBGMあたりかなぁ。
そうそう、もともと音楽を担当するはずだったと聞いている人の過去問題、あれ聞いたときに記事を書こうと思ったんですが、自分のいじめられた過去がイヤな形でよみがえってきてかなり気分が悪くなったのでちょっと軽く触れるだけにしておきます。
いじめって、された人間からはほんのわずかなキッカケで最悪の記憶として掘り起こされるもので、実際には非定期なんだろうけど本人にとっては定期的に無理やり呼び起こされるものでしかないもので、そういう意味で悪い意味で決して忘れられないもの。何十年たっても記憶の一番出やすいところに残り続けるものだと、個人的経験からは思うのです。本来ならいい思い出としてよみがえる子供のころの記憶が全部いじめに塗りつぶされているのです。子供のころ楽しく遊んだ思い出の写真全部の上に太い字で書きなぐった罵詈雑言の落書きがされているところを想像してみてください、そんな感じ。それに潰されないわたしが知る唯一の方法は、相手を地上最低の人間だと思って恨み、頭の中で矛先を向けることだけ。だからもしわたしが今回の人からいじめを受けた相手だったら、絶対謝罪なんてしてほしくない、なにせそれが大げさであればあるほど許さなければならない義務が強制的に発生しますから。またちょっとしたことでいじめの記憶がよみがえった時に謝罪を受け入れさせられた、というもう一つの屈辱の記憶が相手を恨むことを邪魔し、すべて自分の腹の中で飲み込むしかなくなる、これは地獄そのものだと思います。それに謝罪したい、なんて当事者は言ってるみたいですが、その目的は謝罪をした、という実績を作るための、自分のための形式謝罪でしかないのはだれの目にも明らかなわけで、相手に対する贖罪の気持ちなんてほとんどないでしょうし。個人的には謝罪なんて格好つけることはあきらめ、二度と日の当たるところに出ず、いじめた相手の視界にも入らず噂に聞こえても来ないところに引っ込み続け、残りの人生最期までこの件を引きずったまま生きてくれるのが一番だと思います。次善は二度と謝罪という言葉を使わないで、自分だけ忘れたふりをして今まで通り武勇伝を振りかざして活動し、世間から後ろ指をさされ続ける、でしょうか。


ああ、軽めというには長く書きすぎた。これ以上はわたしの頭が逆上せてくるのでやめます。あくまで「わたしだったら」ですよ。わたしは辱め等の要求は全部拒絶していたため暴力と嫌がらせに特化した武勇伝にならないものだったのでこの件の相手とは状況が少し異なりますし。
今回の五輪は東京中心とは言え日本国内で行われるにもかかわらず、恐ろしいほど身近な気がしてきません。こう書くと怒られるでしょうが、わたしら地方人にとって東京は「行きたいけど今一番行っちゃいけない土地」扱いです。意図的に精神的壁を作っているので、全然空気を感じません。地元テレビ局がなんとか盛り上げようと連日地元出身者で五輪に出場する選手を紹介していましたが、それでも遠い世界の出来事のようです。ある意味動画配信サービスが当たり前になって一番良かったのは東京に近づかずともあちらとほとんど同じ条件で五輪の競技がみられる点かも知れません。行っても仕方ないですしね。
それ以上にちょっと困りごとも。ここ数日は祝日の移動やちょうど夏休みに入った、ということもあるのでしょうが、ニュースで首都圏からの旅行者が増えている、というのが取り上げられているのです。五輪始まったんだからそっちで空気だけでも感じていた方がいいんじゃないの? と思うのですが、むしろ五輪開催によって外国から来た選手や関係者・報道陣が東京中にあふれることで新型コロナウィルスの、そのさらに新型が蔓延するのを恐れ、その間感染者の少ない地方に避難することを目的に来ている人が結構いるみたいなんですね。ほとんど疎開です。
確かにわが地元は最近感染者が少なく、一部でのクラスター以外は感染経路不明の感染者は数えるほどしか出ていないという、少なくとも大都市圏と比べれば抑えているように見えます。でも、そこから大勢が来てしまったら・・・そのうちの何人かは無自覚の感染者がいてもおかしくありませんから、再び感染が始まる可能性が発生してしまいます。観光業界は歓迎しているようですが、一市民としてみると、正直不安です。完全な移住なら人口が増えるので歓迎できますけど、テレワークがあるからそれも可能、というのは幻想でしかないのはすでにはっきりしましたし、まぁ期待できません。
本来ならワクワクと楽しい日々を送られるはずだった東京五輪の開催ですが、それが全部不安で塗りつぶされた印象です。そういう意味ではいじめ構造に似ていなくもないかな。不安と言えば「この法案がなければ五輪の開催はできない」としてテロ等対策法と称された法律が作られましたが、そっちの対策は万全なんでしょうかね、なんか全く報道がないので、ウィルス対策を優先するあまり忘れられてるんじゃ・・・と思えてなりません。数年前に亡くなった父、東京で五輪開催が決まった瞬間大騒ぎして楽しみにして「見るまで絶対生きる」って言っていて結局持たなかったんですが、こんな空気で行われるなら見られなくてもよかったかな。一応墓前で報告はしておきますが。今のわたしの心境は「終わった後、酷いことにならないでくれ」だけです。ウィルス蔓延も怖いし、増税もありそうで怖いのです。
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