住職日記

光善寺の住職ken-shinが、光善寺での日ぐらしや思いを気ままに綴ります。

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ビジョンを描く

2010-09-17 17:55:51 | 日記
今日は、光善寺が所属している温泉津組(※1)の会合がありました。
議題は、大まかに言うと、我々の未来のことについて議論しました。
そこで感じたことは、ビジョンを描く、ということの大切さです。
ふつう物事を進めようと思った時には、目標になるものを描いて
そうなるためには何をしていかなければならないのか
という手順で進めて行くのだと思います。
しかし、お寺の世界では、ビジョンを描いて進んでいくということが
あまりできていないように思います(私も含めて)。
伝統に乗っかり、変革を求めず、未来を思い描いては嘆くといった繰り返し。
これでは、ご法義(※2)が後世に伝わっていくことは難しいでしょう。
そういう意味で、今日の会合は、温泉津組のご住職方が
将来を真剣に語り合った会合となったと思いました。
嘆く前に、将来を描き、いま何ができるのかを考え
とりあえず実践していくことが大切なのではないでしょうか。
私はどうなんだ? と、自分に問われた会合でした。


(※1)浄土真宗本願寺派(西本願寺)の行政単位。行政でいうところの都道府県は
    教区といい、島根・鳥取両県で「山陰教区」となっています。
    市町村単位は、組(そ)といい、光善寺は「温泉津組」という
    行政単位に所属しています。

(※2)ご法義(ごほうぎ)とは、仏法の教義のこと。
    ここでは浄土真宗の教えという意味で使っています。
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4 コメント

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ビジョンを描く・・・ (yaz)
2010-09-17 23:28:29
嘆く前に将来を描き、今何ができるのかを考え実践・・・
私に言われているように聞かせていただきました。
でも、嘆くことは大切です。現実を見つめると嘆かざるおえません。
過疎化になり寺を守することへの不安。
若い方々のみならず仏教に対する希薄化。
そして自らの有様。等々。
過疎化においてはどうにもなりませんが、仏教離れにおいては僧侶の有様が大なのでしょう。

「どうする どうする いまのまんまでいいのかね」(木村無相)

嘆くからこそ今のこのご縁の大切さが見えてくる。僧侶の背中にその姿勢があれば仏教から離れてしまった人々の思いが真宗のみ教えに心を傾けてくれるのではないでしょうか・・・

言うは易きです。
離れてしまった心を振り向いてもらうことは容易な道のりではありません。
まずは「私はどうなんだ」って自分自身を嘆き日常の小さいこと、本当に小さなことからコツコツ積み上げて行くことが大切な気がします。

結果、それが伝統に乗っかり変革のないことになろうとも・・・
yazさま (ken-shin)
2010-09-18 06:28:57
私は嘆くことはもう終わりにしました。
という意味では「嘆く前に…」という言い方は
適当でなかったかもしれません。
嘆いている場合ではない、といった方が合ってるかも知れません。
とにかく、私にはいま何かを始めないとという気持ちが強いのです。
しかし、そんなことを言う前に庭の草を抜けよ、と突っ込まれそうですが(^_^;)
余計なことでしたね (yaz)
2010-09-18 20:50:01
すいません、それぞれでよかったですね。
普段、そんなことも思わないのですが、別に私の思いを押しつけることもなかったですよね。
何か読んでいて、書かずにおれなくなって・・・
疲れているのでしょうか・・・

がんばって何か始めてください。

yazさま (ken-shin)
2010-09-19 13:22:48
こちらこそすみません。
最近外に出ることが多く、たくさん刺激を受けたので
気負っていたのかもしれません。
ちょっと足元を見つめたいと思います!
また、道をそれそうになっていたら、教えてくださいね!

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