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代打の切り札再登場なるか?

2007年11月27日 18時45分54秒 | その他スポーツ
 オシム監督が倒れて、早10日以上が経ちました。
 病状的には、最悪の事態は免れたようで、身体への負担を軽減させるために意識回復を避けていましたが、徐々に回復させる意向のようです。


  オシム監督、意識回復へ (産経新聞)


 家族の問いかけに少し反応した、という話もありますが、一喜一憂せず、徐々に徐々に回復を待ちたいと思います。
 しかし、脳梗塞という病気が非常に後遺症を伴う可能性が高い病気であり、かつ10日以上も(医療的に)意識回復させることができなかった、という状態から考えると、最短かつ驚異的な回復をしたとしても、日常生活ができる健康状態まで戻るのに1年は掛かるでしょう。



 そのような状況下、後任監督に関する報道が出てきており、本人の拒否がなければほぼ確定のようです。
 後任監督(候補)は、野球的に言えば代打の切り札とも言える岡田氏のようです。

   


  オシム監督後任に岡田氏打診 (毎日新聞)

  条件提示などはまだ 日本協会専務理事 (共同通信社)

  岡田氏、日本代表監督就任の可能性を問われるも無言貫く (サンケイスポーツ)

  復帰には慎重!?岡田氏、急な代表監督後任オファーに苦悩 (サンケイスポーツ) 
 
  後任、岡田氏に正式要請…近く就任する見通し (毎日新聞)
 


 恐らく熱心なサッカーファンの方々だと、多くの賛否両論があるのだと思います。ですがここは岡田氏にせよ、他の方々になるにせよ、かなりあらゆる面での急転換を図る必要性が出てきます。

 「オシム型サッカーを継承するか否か」

 私はこの点も気になります。継承するにしてもそうでないにしても、フランスワールドカップ予選の時のような「解任」に基づく新規就任とは異なりますから、前回とは大きく違った強いプレッシャーが次期代表監督には掛かってくることとでしょう。プレッシャーの質が異なるとは言いつつも、岡田氏であれば、前回大きなプレッシャーの中で勤め上げた実績がありますので、私は適任だと思います。

 最終予選まで、時間が中途半端にあります。
 戦略を大幅に変えれば、当然選出されるメンバーも異なりますし、戦略の徹底を図るには少し時間が短すぎる。戦略を継承するにしても、予め相当なオシム戦術を把握しておかないと、中途半端な選手への指示が、選手にとっては非常に大きな負担や疑念を抱かせることになりかねない。

 しかし幸いな事に、2月6日から始まるワールドカップ・南アフリカ大会3次予選は、かなり楽な組に組み込まれ、さらにホームで初戦を戦えるメリットがあります。中途半端な時間、と書きましたが、その中途半端な時間であるというデメリットをある程度相殺できる環境にはなりました。

 戦術の組み換えなどで1試合1試合をみれば多少苦戦する可能性はありますが、ここで最終予選まで残れないような成績となることはないでしょう。ぎりぎりの2位通過、ということもないと思います。もし2位通過であれば、本線出場できないと思っています。

 親善試合ではなく、予選という真剣勝負の場となりますので、その場を利用して変化する戦略を選手達に理解してもらいながら短期間で固めていくには非常に良い機会ではないかと思っています。
 選手達にもかなり精神面も含めた負担を強いることになるでしょうが、なんとか乗り越えて、まずは最終予選へと進めてもらいたいです。オシム監督のためにも!



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他ブロガーの方々も新監督情報・W杯3次予選情報は書かれていると思います。詳細は上記で。




 参考) 過去の関連エントリー

     『オシム倒れる!!』
     『オシム監督、あまり・・・』
     『オシム、回復傾向に。』
 
 
 
以下、サンケイスポーツ記事より転記

■岡田 武史(おかだ・たけし)
 1956(昭和31)年8月25日、大阪市生まれ、51歳。大阪府立天王寺高から早大に進み、ユース代表、ユニバーシアード代表を経験。卒業後、古河電工(現・千葉)入社し、DFとして日本リーグ通算189試合9得点。日本代表としても活躍し、同通算27試合1得点。90年に現役引退、その後指導者に。97年10月、フランスW杯アジア最終予選のさなか、更迭された加茂監督の後をうけ監督に緊急昇格し、日本を初のW杯出場に導く。99年よりJ2札幌を率い、翌年にはJ1に昇格させた。03年に横浜M監督に就任し、2年連続リーグ優勝を果たすが、昨季途中で辞任。現在は日本サッカー協会特任理事を務める。

■岡田氏の前回就任VTR
 1997年10月4日、フランスW杯アジア最終予選のカザフスタン戦(アウエー)で加茂監督率いる日本は、後半ロスタイムに同点ゴールを許し、1-1ドロー。1勝2分け1敗となった。試合後、日本協会の長沼会長、大仁(だいに)強化委員長らが現地のチーム宿舎で緊急幹部会を開き、大会途中という日本としては異例の時期の加茂監督更迭、岡田コーチの監督昇格を決定。加茂ジャパン発足時からコーチを務めてきた岡田新監督は、「修正できる問題だと思っている。大きくメンバーを変えるつもりはない」とコメントした。その後、2勝2分けとした日本はイランとのアジア第3代表決定戦に進出。延長前半でFW岡野が劇的なVゴールを決めて初のW杯出場を決めた。




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