story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

さつきは10歳

2004年10月08日 16時51分00秒 | 小説

(憲法九条の危機に怒りを覚えて書いてしまいました)

さつきは10歳、神戸の西の新興住宅地にある小学校にに通う毎日。
さつきは10歳、5年生。
今日はみんなで遠足で、水族館へ行くところ。
バスの中でも子供達は大騒ぎ・・時々道路が混んでちょっと時間がかかったけれど、
でもなんとかバスは水族館へついた。

水族館では始めに写真屋さんが記念撮影・・ここでも大騒ぎ。
みんな今日の遠足が嬉しくて仕方がないのだ。
記念撮影は大きな水槽をバックにして、クラス一番のフザケモノ健太がはしゃぎまわるから、
しまいに写真屋さんが怒ってしまった。
「こらあ!」
ひたすら謝るのはさつきの担任の順子先生だ。
5年2組29人!
男子16人女子13人・・元気ばかり良くて学校一の困ったクラス。
今日は校長先生もついてきてくれた。きっとこのクラスが心配だったのだろう・・
やっとフラッシュがビッカ!健太はビックリしたような顔をして写ってしまった。
後ろで水槽をエイやサメが泳いでいた。

ラッコを見て、イルカショーを見て、楽しいお弁当タイム。
さつきは由香と瑞穂とお弁当。
突然横から手が伸びて、さつきのお弁当箱から卵焼きが消えてしまった。
健太だ・・「ベエーー」さつきは舌を出して、仕返しを誓う。
いきなり空に黒いヘリコプター・・それも随分低く飛んでいる。
うるさくておしゃべりが出来ないよ・・
健太が叫ぶ「こらあ!ヘリコプター!うるさいぞ!」
男子がみんな真似して叫ぶ。「うるさいぞ!あっちへいけ!」
「聞こえるわけないでしょ・・早くお弁当を食べなさい!」
優しい順子先生もちょっとイライラしている。

お弁当食べて、さつきは由香、瑞穂とちょっと散歩。
集合時間まで1時間・・自由時間だ。
みんなは遊園地の乗り物に夢中。
でもさつきたちはもう一度、魚がたくさん泳ぐところを見たかった。
さっき入った、大きな水槽のあった建物にまた入って、エイやサメ、いっぱいの魚たちが泳いでいるのを見る。
ここは一番のお気に入り、前にも何度も父さん、母さんと来たところ。
「エイが可愛いね!」さつきが言うと「うっそー・・ブキミだわ」由香が言う。
「でも・・校長先生に似ている・・」瑞穂がちょっとませて言う。
3人大笑い・・「なにを笑っているのかな?楽しそうだね・・」
振り返るとそこに校長先生・・
余計に大笑い・・校長先生、意味がわからずポカーンとしてた。

その時、どーんと大きな音、何かが割れる音。
真っ暗になって、水が押し寄せてきた。
助けて!どんどん流される。
息が出来ないの・・助けて!
魚も水も水槽も、見ていた人間もいっしょになって流された。

気がつけば、さつきはビショビショになって倒れていた。
周りにはさっきまで泳いでいたエイやサメがまだ生きていて刎ねている。
水槽の前にいた人たちが横たわっている。
何が起こったの?由香は?瑞穂は?
そこは水族館の建物の前だった。
いろいろなものが壊れ、水浸しで魚が刎ねて、人が倒れていて・・
さつきが建物を見ると、
そこにあったはずの大きな建物は、ぐちゃぐちゃに壊れてる。
「さつきちゃん!」
順子先生が皐月を見つけて走ってきた。
助かったのね!」
さつきは友達が気になって、「先生、由香は?瑞穂は?」
先生は悲しい顔をした。
飛行機が飛んできた。
黒い飛行機だ。どんどん近づいて、何かを落としていった。
飛行機が山の方へ飛んでいくと後を追っかけるように別の飛行機が飛んでいった。
空のその部分でピカピカって二回光って、飛行機は山の方へ落ちていった。
その時、水族館の目の前の町が、町中がピカと光った。
大きな音がした。順子先生がさつきをかばってくれた。
地面が揺れていろいろなものが降ってきた。風が吹いた。
風が収まって順子先生が身体をどけてくれて、さつきはそっと目を開けて町を見た。
町中が火の中にあって、全部が燃えていた。
家もビルも、車も、バスも、街路樹も・・
「先生・・怖い!」さつきが叫んだ。順子先生は立ち上がって、さつきの手を引いて、歩き始めた。
女の子の泣き声がした。
「怖いよう・・怖いよう・・」
見ると由香と瑞穂が地べたに座り込んで泣いていた。
手を握り合って泣いていた。
「由香ちゃん!瑞穂ちゃん!」
二人は顔を上げた。ビックリしたようで、さつきと先生の顔を交互に見て、それから泣きながら走って抱きついてきた。
二人がいたところに男の人が倒れていた。
「あの人は?」順子先生が二人に聞いた。
「校長先生・・動かないの」
順子先生はその人に近づいて、声をかけている。
動かない。
「校長先生!」
順子先生が叫んでいる。それでも校長先生は動かない。
周りには何人もの人が倒れていた。血を流している人もいた。
「先生・・暑い・・」
瑞穂が言う。暑い風が吹いてきた。
町の火がどんどん大きくなっていく。
「海岸へ逃げよう!」誰かが叫んだ。
同じ学校の生徒で、壊れた建物に入っていた人は少なかったみたいだった。みんなは外の遊園地にいたらしい。
遊園地のところではみんなが心配そうに待っていてくれた。
ここも熱い風が吹いている。
1組の松田先生が順子先生の姿を見て「良かった!助かったのですね!」と叫んだ。
「松田先生!校長先生が・・」順子先生はそう言って、松田先生にしがみついて泣き出してしまった。
「健太がいない」
さつきたちを見たクラスメイト達がそう叫んでいる。

轟音だ。また飛行機だ!
それも真っ黒な飛行機だ。みんなが不安だ。
また別のところから今度は緑色の飛行機だ。
黒い飛行機が何かを落とす。凄い音・・今度は水族館のすっと向こう・・東の方だ。
大きなキノコ雲が上がる。
「おりられないよーー!」
誰かが泣く声が聞こえる。
みんながそっちを見ると、壊れた建物の屋根の残骸に健太が乗っかって泣いていた。
「健太がいたよーー!」
すぐに松田先生があちらこちら探りながら、屋根の上に上がって、健太を下ろしに行った。
健太は一人で屋上の亀を見ていた。亀を見ていたら突然、何かが落て建物が壊れて、気がついたら屋根の端っこにいたそうだ。
壊れた建物には何人かの人も挟まったままだ。
松田先生は他の人と力をあわせて挟まった人を助けに行った。
白い雪のようなものが降ってきた。
けがをした子供を見ていた順子先生がぽつりと言った。
「震災の時も灰が降っていたわね・・」
「これ・・灰なの?」
順子先生はウン・・と頷いた。
「これ・・夢じゃあないよね・・」順子先生の後ろでは町が燃えている。

生徒達は砂浜でじっとしていることになった。
携帯電話を触っていた順子先生が、やっとつながった電話の声を聞いて泣き出していた。
「戦争?本当に?どうして?」
順子先生は大きな声で泣きながら喋っている。
さつきも由香も瑞穂も泣いてしまった。みんなが泣いてしまった。
海の上にも飛行機がたくさん飛んでいる。船が煙を上げて燃えている。
「ここにいたんですか・・すぐに帰りましょう」
みんなを連れてきてくれたバスの運転士さんが心配して探しに来てくれた。
「生徒さんは揃ってますか?」
「生徒は揃ってますけれど、校長先生が・・」
運転士さんはちょっと考えていたけれど「すぐに出発しましょう・・」そう言って順子先生を見つめた。

みんなを乗せてバスは動き始めた。
でも・・ちっとも前に進めない。そこら中で火事だ。運転士さんは山の方へバスを向けた。
道を変えて走るのだ。
こっちも混んでいたけれど、少しずつ、少しずつ、バスが進んでいく。
このあたりには何もなかったかのような普通の街の景色だ。
でも、道路には心配して空を見上げている人が大勢出ていた。
さつきも怖くて、また爆弾が来たらどうしようかと、そればかり考えていた。
やがてバスは山道に入っていった。
街の方を見るとあちらこちらで火事だった。
救急車や消防車、パトカーがたくさん走り回っていた。
停電で信号機も消えている。
バスはゆっくり、少しずつ進んでいく。
みんな少し安心したのか、眠っている人もいる。
瑞穂と由香が身体を寄せ合って、眠っている。
さつきは順子先生の横で、怖くて怖くて仕方がなかった。
「もう、爆弾は降ってこないのでしょうか・・」
松田先生が、運転士さんと話をしている。
「わからないですよ・・やっと自衛隊が出動して、頑張っているみたいですけれど、どこの国が来ているのかもわかってないらしいです」
運転士さんは慎重にバスを進めながら答えている。
運転士さんはずっとラジオを聴いていたそうだ。
トンネルが見えた。トンネルの中までずっとクルマが続いている。
その時、ものすごい音がした。
ギューン!バリバリバリ!
バスが停まった。しばらく地震のような揺れが続いた。
あたりが煙に覆われた。
怖い・・さつきは順子先生にしがみついた。眠っていた人も起きて、泣き出す人もいた。
煙が晴れると、トンネルの入り口で大きな塊がクルマを何台も押しつぶして、道路をふさいでいた。
「飛行機だ!」松田先生が叫んだ。

みんなで山を登り始めた。
もう、歩くしか前にはいけない。獣道を急な坂を岩に攀じ登って、もう誰も泣かなかった。
とにかく家に帰らなきゃ、そうしないともっとひどいことが起こりそうだ。
さつきはまだ元気だったけれど、由香がとてもしんどそうだ。瑞穂と二人で由香を支えるけど、なかなか進めない。
すると、あの健太が由香の背中を押してくれた。
なんとか頂上について、みんなが一息入れて、街を見ると、もう、そこは火と煙の世界だった。
飛行機は随分少なくなったけれど、それでもまだいくらか飛んでいる。
海の上でも、たくさんの船が燃えている。
「みんな死んじゃうの?」
由香が順子先生に訊いている。
「そんなことないわ・・絶対大丈夫だから・・」
順子先生も泣きながら、でもそう答えた。
山道を歩いていると、少し静かになってきた。
歩いて、歩いて、でも、山を降りて、街に入ったら歩いている人がたくさんいた。
ぼろぼろの格好をしている人もいた。けがをして血を流している人もいた。
もうすぐみんなの学校の場所だ。
大きなデパートと、たくさんのお店と大きなマンションがある町の学校だ。

日が暮れてきた。
やっといくつかの坂を登って、みんなの町についた。
すっかり暗くなってしまった。
でも・・そこにあるはずの大きなデパートは明かりも消えて、なんだか小さくなったようで、代わりに自衛隊の人がたくさんいた。
「ここから先は入ってはダメです!」
自衛隊の人が大声で叫んだ。
遠回りして、大勢の人ががやがや騒いでいる中をやっと学校に着いた。
学校の教室からはいくらか明かりも見えた.。
みんなが学校に近づくと、校門付近にいた人たちが一度に駆け寄ってきた。
「さつき!」
見るとお母さんが走ってくる。
「お母さん!」
さつきもお母さんの元へ走っていく。
その時だ・・
空が明るくなって、みんなの顔が夜なのにはっきりわかって・・そして真っ白になって・・大きな音がした。

「さつき!どうしたの?」
お母さんが心配して起こしてくれた。
「悪い夢でも見たの?汗でびっしょりよ」
あ・・夢だったんだ・・
いやな夢だったな・・昨日、寝る前に変な戦争モノのアニメを見たからかしら・・
さつきはちょっと安心して、それでもちょっとまだ怖さが残っていた。
「今日はいいお天気でよかったわね・・遠足」
お母さんがそう言ってくれる。
遠足・・・夢だったから・・大丈夫だよ・・
さつきは自分にそう言い聞かせて、お父さんとテレビを見ながら朝食だ。
お父さんは真剣にテレビのニュースを見ている。
「昨夜から、憲法改正論議で大荒れだった国会は、今日、未明に与党と一部野党の賛成で憲法改正が決まり、国会運営は正常化されました」
テレビのキャスターが喋っている。
「ほう・・とうとうやったか・・これで日本も一人前の国だなあ・・」
お父さんは満足したようにコーヒーをすすっている。
もうすぐ由香と瑞穂が迎えに来てくれる・・さつきはそう思いながら、お父さんの向かいの席でパンをかじっていた。
・・・今日はいいお天気・・・

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