story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

何かが消えた日

2004年08月03日 17時43分00秒 | 小説
俺は、その朝も海辺のマンションで目覚めた。
ここは俺のオンナ、ミオの部屋だ。
南の窓が開け放され、潮風が部屋の中に入ってくる。この部屋はいつでも俺の疲れた身体を癒してくれる。
ただし、ミオの性格だけは別だ。俺にはきつい。
好きな部分もあり、付き合い始めて2年になるが未だに俺は結婚を決めかねている。
ミオのほうも、俺の頼りない部分が好きになれないらしいし、結婚して自分の一生を預ける相手としては不服なようだ。

「ねえ・・マサト・・今日はネットがおかしいの」
俺が起きた気配にミオが話し掛けてきた。まだ眠い。頭がぼんやりしている。
ネット・・じゃあプロバイダーだろ・・ぼんやりとそう答えた。
「何も画面が出ないのよ」
・・パソコンは立ち上がったのかい?・・
「だから・・パソコンの画面が真っ白なのよ」
じゃあパソコンの故障かな・・そう思って俺はリビングにあるパソコンを見に行った。
ノートパソコンの画面全体が、ただ真っ白で何も映っていなかった。電源は入っていた。
「いったん、電源を落として、立ち上げなおそうよ」
「もう、何度もしたわ・・」
ミオが諦めたようにいう。俺もテレビのリモコンを持ってスイッチを入れた。
スイッチは入るし、チャンネルの数字は出るのだが画面は真っ白だ。チャンネルを変えてみた。
どこも写らない。砂嵐にもならない。
ようやく一つだけ映った。
地元のローカル局だった。再放送モノのアニメーションが流れている。
そのとき、外が異様に明るくなった。
・・なんだろう・・俺は窓の外を見た。海と、その向こうの島が見えるはずなのだが、一面強烈な光で覆われ、真っ白なだけになっていた。大きな音がした。ジェット旅客機が低空を飛ぶような音だ。
音は数秒続いた。音が一番大きくなったとき、部屋の中にまで光が入り込んできた。何も見えない・・真っ白になってしまった。
身体が少し痺れる。耳の奥で何か甲高い音がする。身体の血液が逆流するかのような異常な内側からの圧力を感じる。
一瞬、こめかみのあたりが突き刺すように痛む。脳の奥が麻痺する感じだ。

ふと気がつくと、部屋の中も窓の外も、いつもの景色に戻っていた。音も去ってしまっていた。
逆行気味の青い海、島、島と結ぶ巨大な橋がいつものようにそこにあった。
クラクションの音があちらこちらで鳴っている。
部屋から海と反対側を眺めて驚いた。
信号機の明かりが消えて車が交差点で立ち往生している。
道路の横に、鉄道会社の異なる二つの鉄道線路があったが、高架を走っている線路上で電車が停車していた。
「何が起こったの?」
ミオが俺に抱きついてきた。
「ただの停電だろ・・」
そう答えたものの、俺にも何がなんだか分からない。
「朝飯を食おう・・」そう言ってリビングに戻った。それでも外が気になり、海のほうを見ると、船はいつもどおり浮かんでいる。
安心してすぐ近くの巨大な橋を見ると車が数珠繋ぎになっていた。
テレビは相変わらず、再放送のアニメしか映らない。海から吹き込む風が心地よい。
俺は自分でトーストを焼き、ミオがコーヒーを立ててくれる。
「まてよ・・この部屋は停電になっていないのに・・どうして信号が消えているんだ・・」俺がそう言った途端、部屋の明かりが消えた。テレビもパソコンも電源が落ちてしまった。
とりあえず、会社の友人に電話を入れてみよう・・俺はそう思って携帯電話を取り出したけれど、画面には何も映っていない。
「携帯も停電か・・」
「何いってるの?携帯電話は充電が切れるまで大丈夫でしょう」
「え・・でも・・消えてるぜ・・」
・・そうだ・・俺は部屋の中の一般加入電話の受話器をとった。
音はしない。受話器も静まり返ったままだ。
ドーン!音とともに地響きがした。慌てて海のほうを見ると、巨大な橋の橋脚に貨物船が突っ込んで止まっていた。
船の警笛が聞こえる。それも一隻や二隻ではない。
海を良く見ると、大きな船ほどあらぬ方向へ向かっているようだ。

俺とミオはしばらくそのままじっとしていた。
クルマのクラクションと船の警笛はするものの、他の音がない。
「いつまで停電が続くんだろうね」
ミオが心配そうに聞く。
「俺には何もわからない・・何か変なことが始まっているのじゃないか?」
窓の外、空は抜けるようなブルー、時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える。
しばらくしてパトカーのサイレンが聞こえてきた。
スピーカーで何かしゃべっている。
「なに?」
ミオが立ち上がり、玄関へ行こうとする。俺も立ち上がってついていった。
「こちらは県警です・・皆さんにお知らせします。決して外に出ないで下さい。外出中の方は近くの安全な建物に入ってください・・繰り返しお知らせします・・ただいま大規模な停電のようです。原因がはっきりするまで、慌てた行動は慎んでください・・」」
パトカーは車が団子になっている交差点を器用に抜けて、ゆっくりと過ぎていく。
俺たちはそれをマンションの通路から眺めている。高架上の電車はまだ停まったままだ。
パソコンも電話も使えない。電車は動かない。
俺は会社に行く気もなく、あとはなすがままにと言う気持ちになった。
しかし・・ただの停電なら、どうして携帯電話が使えなくなったり、船の動きがおかしくなったりするのだろう?
それ以上何も考えたくなくなってしまった。けだるい。
俺はまたベッドに横になって寝ることにした。
いつのまにかミオも俺の横に来て、二人とも眠ってしまった。

気がつくと昼ごろだろうか・・太陽の位置が高い。時計を見た。枕元の電池式の時計は1時をさしている。
静かだ。クラクションの音も聞こえない。
玄関を出て、また通路から外を見てみた。
車はゆっくりと動いている。交差点では警官が手信号でクルマをさばいていた。高架上の電車は停まったままだ。
部屋に戻り、海のほうを見た。
のどかな昼下がりの海だ。船は浮かんでいるが動いてはいないようだ。巨大な橋の上も車が行儀よく並んでいる。
「どう?停電なおった?」
ミオが眠そうな顔で聞いてきた。
「いやあ・・そのままだよ・・」
俺も眠気をかみ殺してそう答えた。ふと海のほうを見ると海岸で釣りをしている人がいる。
「気持ちよさそうだなあ・・釣りか・・」
ぼんやり俺がそう言うと「ねえ、海岸に出てみようか・・気持ちよさそうだし・・」ミオがつぶやく。
二人して外に出ることにした。
エレベーターは止まっている。
階段で下まで降り、国道から建物を回りこんで海のほうへ向かった。

海岸で釣りをしている人は一人だけだった。
中年の男性が海に向かって釣り竿を出している。
男性の横にはラジオがあった。
「釣れますか?」俺は聞いてみた。
「・・魚か・・釣る気はないのだよ・・こうしてラジオを聞いているんだ」
男は少し笑顔を見せて答えてくれた。
「ラジオ・・何かわかりますか?停電のこと・・」
男は、おや・・というように俺とミオの顔を交互に見た。
「停電なんかじゃないよ・・そんな生易しいものじゃあない・・」
「じゃあ・・なんなのです・・この状況は・・」
ふうっと男はため息をついて海のほうを見ながら言った。
「今、聞いているのは北京放送だよ。ここだとラジオが電波を拾いやすいからねえ・・」
「北京放送で何かわかりますか?」ミオが男に聞いた。
「余り大声で言うな・・パニックになるぞ・・さっき、巨大な隕石が通過しただろ・・あれから日本と連絡が取れないらしい・・」
「どういうことですか・・」俺はこの男が何か知っている気がしてきた。
「いったい、何があったというのですか?」
「僕にも分からないけれど、どうやら、日本中の情報が全てなくなってしまっているらしいんだ。衛星からの情報も含めて考えると、日本で大きな戦争があるとか、そう言うことではなくて、ただ情報というものが消えてしまったみたいなんだ」
・・情報が消えた・・どういうことなのだろう・・
「日本は今、コントロールがまったく出来ない状態になっているらしい」
「じゃあ・・その情報が戻ればいいんですよね」
「消えてしまったデータを取り出す方法はあるのだろうか・・僕は今、それを考えているところなんだ」

俺にはわからなかった。
データというものがこの世から消えてなくなるとどうなるのだろう?
いまやほとんどのものはデジタルデータで管理されている・・その管理が全く出来なくなったら・・
考えても分からない・・
「第一、電気だって、コンピューターで管理されてるだろう・・そのデータが一切なくなれば、停まるしかないだろう・・」
男は俺たちのほうを見て笑った。
「今ごろ、大半の人は君達のように停電だと思っているのだろうな・・」
波が打ち寄せる海岸で、コンクリートブロックの上に座って俺たちは海の遠くのほうを見ていた。
船も止まっている。
「船はGPSで航行を管理していますでしょう・・だったら、日本のデータが消えても衛星だから動けるのではないですか」
俺の問いかけに男は「GPSは大丈夫だと思うよ・・でもそれを受けるソフトが消えていたら・・」
「原発も停止、新幹線も停止、航空機は日本の領域に入れない・・携帯電話も駄目・・水道なんかは大丈夫かもしれないけれど、コントロールは出来ない・・」
男がつぶやく・・俺にも何がなんだかわからない。
「こういうときに何が出てくると思う?」
男は俺に問い掛けた。謎解きゲームみたいだ。
「えと・・自衛隊ですか・・」
「自衛隊は国家からの要請がないと動けない。国家は要請を出すことも出来ない。日本がコントロール不能・・あと何時間で最低限のことが動き始めるか・・それまでに動くものは・・」
男が俺ににやりと笑いながら続けて聞いてくる。
・・米軍!・・
「そうだよ・・あ・・中国軍もね・・」
「それはどういう口実で・・」
「口実などいらないだろうけれど、強いて口実を作れば、日本の治安確保のためだろうね・・」

波の音が何かを引きずり込むような気にさせる。
「なんだか・・身体が軽いわ・・」
ミオがそんなことを言う。
・・あ・・俺も肩こりが少し楽になっている・・
「強力な電磁波で肩こりも治ったのかな・・?」男が俺たちのほうを見て微笑む。
猫が近づいてきた。男はクーラーボックスの中の魚を猫に投げ与えた。
午後の日差しがまぶしい。
「来たみたいだね・・」
男が静かに言う。海の彼方、低空飛行で小さな航空機がこちらへ向かってくる。
それは見る見る近づいて、確かに米軍のものだと分かる近さで通過して、あっという間に去っていった。
「そろそろ帰ろう・・僕も自宅で様子をみることにするよ・・」
男は米軍機を見たことで目的を果たしたようだった。釣り道具を片づけ、ゆっくりと立ち去ってしまった。

俺とミオはしばらくそのまま海岸にいた。
じゃれ付いてくる野良猫の相手をしていることが何より大切なことのように思えた。
一時間も経っただろうか・・今度は航空機の編隊が西のほうからやってきて、東へ去っていった。
航空機は数十機という、俺が見たことのない大きな編隊だった。







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