エルメスを象徴するアイテム

しかしながら一言で「通信販売」と呼んでも、その形には数種類存在していると言われています。

近年の世界経済や環境問題を見ても明らかであろう

2018-04-14 15:12:03 | 日記

 現代世界は完全に一体化しており、外国との関わりを無視しては一国の生存もままならないことは、近年の世界経済や環境問題を見ても明らかであろう。

 今日ほど現代世界の正しい認識が求められている時代はないし、現代世界に至る人類の歩みを学ぶことが、現代世界の正確で深い理解には不可欠のことである。

 世界史の教員になった私は、外国の世界史の本を見るたびに、そこに載せられている鮮やかで魅力的な数々の図版・写真類に日を奪われてきた。

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訴訟費を肩代わり?

2018-03-14 10:42:03 | 日記
韓国・ノーカットニュースによると、朴槿恵(パク・クネ)政権の国政介入事件に関与したとして副会長が裁判に訴えられたサムスングループが、李明博(イ・ミョンバク)政権の「DAS疑惑」にも関わっていたことが分かった。

ソウル中央地検は8日午後、ソウルにあるサムスン社屋と李鶴洙(イ・ハクス)元副会長の自宅を家宅捜索した。検察は自動車部品会社「DAS」がキム・ギョンジュ元BBK代表を相手に米国の裁判所に提起した140億ウォンの投資金返還訴訟の費用を、サムスンが肩代わりしたとの情報を得たという。

DASは米国に逃亡したキム元代表を相手に8年間にわたって訴訟を行い、2011年2月に140億ウォンを取り戻した。李元大統領はその過程において、大統領府や外交部を利用しDASを支援したとして職権乱用の疑いが持たれている。

サムスンの訴訟費支援が事実だった場合、李明博政権は公権力だけでなく財閥まで利用していたことになる。公開されたDASの内部資料によると、米国での訴訟費用は2007年7月までの約4年で、すでに30億ウォンを超えていることが分かっている。

サムスンとDASに特別な利害関係はないことから、検察はサムスンが数十億ウォンを肩代わりした背景には「李元大統領がDASの実質的な所有主であることが影響した」とみているという。

サムスンは今月5日に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が控訴審で執行猶予付きの判決を受けて釈放されてから3日後に、またしても別の疑いで捜査を受けることになった。そのため批判的な世論の拡大は避けられないとみられている。

この報道に、韓国のネットユーザーから多くのコメントが寄せられているが、「サムスンはどれだけの恩恵を受けていたのだろう?ここはサムスン民国だ」「サムスンは犯罪の温床」「次こそ副会長に厳重な処罰を」など、やはりサムスンに厳しい意見が多い。

また「国を良い方向に導いてほしいとの思いで大統領に選んだのに、国のことはそっちのけで自分の事業に金を集める政治をしていたようだ」「能力のない政権下では企業が苦労する」「法の前では万人が平等なんて誰が言った?」など李元大統領に対する批判の声も目立つ。

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二人の関係は驚くほど変わっていった

2018-02-12 16:37:57 | 日記
男はうまくいったことについては女性の気持ちを理解できるが、自分に助けてほしいわけでもないのに、なぜ尖敗したことまで女性が話したがるのか、本能的に理解できない。

私はコリーンに、必ずまた彼と話ができるようになると納得させたが、まずは二人とも新しいテクニ、クを練習する必要があった。スティーブに無理やり話をさせるのではなく、彼女は自分の話を聞いてくれるように彼に頼むことにした。

こんなふうに彼女がほんの少し態度を変えただけで、二人の関係は驚くほど変わっていった。

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彼は体を求める時だけ彼女に触れるようになった

2018-01-12 10:53:40 | 日記

 いつでも彼女のどこかに手を触れていて、それがジェーンにはとても心地よかったのである。ところがいったん体の関係ができたら、ビルはがらりと変わってしまった。しばらくすると、彼は体を求める時だけ彼女に触れるようになった。

 ビルにはジェーンが優しさを求めていることが本能的に理解できなかった。彼にとって誰かに触れることは、セックスの関係になる以前にする行為なので、いつまでも手を握ったりするのは、ある意味でつきあい始めた頃に戻るのと同じことなのだ。

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今回のESMAの裁判はアルゼンチの民主政治の確立と司法制度の独立を証明する偉業でもあるのだ

2017-12-12 11:02:12 | 日記
 裁判は2012年11月に始まり、当初被告人は68人だった。しかし、収監中に14人が死亡している。5年の歳月をかけた歴史的な裁判であった。

 行方不明者の母親たちを中心に結成された人権団体「5月広場の母たち」として抗議活動を始めた一人の母親ノラ・コルティーニャスは「この歴史が幕を閉じたのではない。世界にこの虐殺があったことを知ら示すことに(この裁判は)役に立っている」と述べている。「5月広場の母たち」にとって、行方不明になっている家族全員の行方が解明がされるまで彼女たちの戦いは終わることはない。今回の裁判は彼女たちが戦っている事実解明に繋がるひとつの関門でしかないのである。

 判決が下されると、生存者や行方不明になっている人たちの家族らの中から、被告席の方に向かって「暗殺者」と叫ぶ声が聞かれ、主犯者のリーダーとされている当時海軍のキャプテンだったアルフレド・アスティッツの方を向かって「アスティッツ、ビデラのように囚人として刑務所で死ぬことになるのだ」と叫んだ者もいたという。

 ビデラとは軍人ホルヘ・ラファエル・ビデラのことで、イサベル・ペロン大統領就任中にクーデターを敢行して軍事政権を確立させた時のリーダーだった。1976年から軍事政権が始まった最初の大統領であった。2013年5月に87歳で刑務所で亡くなった。

 アルゼンチンは第二次世界大戦以降も折々軍事政権が誕生している。そして、1983年に軍事政権が終止符を打ってから民主化になって次第に民意が力をつけるようになっていた。そして、軍事政権中の軍人が犯した犯罪を裁くだけの司法制度の独立が確立されるようになったのである。今回のESMAの裁判はアルゼンチの民主政治の確立と司法制度の独立を証明する偉業でもあるのだ。

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