横濱路地裏研究会

散策はその街の魅力を発見する時間。
一歩踏み出せば、新しいときめきのスタートです。

学芸員による展示解説で「真明解 明治美術」。

2018-09-24 | 歴史

県立歴史博物館で開催されている明治150年記念展「真明解 明治美術」(9月30日まで)。昨日、学芸員による展示解説があるということで、拝聴してきました。横浜ゆかりの五姓田義松の絵画や宮川香山の真葛焼などをはじめ、写真や印刷物など、時代背景やエピソードを交えて解説。明治天皇肖像写真や松本順生人形、鏑木清方の「嫁ぐ人」などから、明治期という時代相が浮かび上がってきました。こうして鑑賞していると、新しい時代への希望、西洋への憧憬と共に、西洋に追いつき、追い越そうとした作家たちの気概や苦闘が感じられ、この時代のパワーの源となっているようです。まさに"神奈川県立歴史博物館 50年の精華"!。なお、次回の特別展は「鎌倉ゆかりの芸能と儀礼」(10月27日〜12月9日)です。

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安達一族の盛長は源頼朝の"愛のキューピッド"。

2018-09-10 | 歴史
源頼朝と北条政子の"愛のキューピッド"といわれる安達盛長(1135〜1200年)。県立金沢文庫の特別展「安達一族と鎌倉幕府〜御家人が語るもうひとつの鎌倉時代史〜」を拝観してきました。安達一族は武家の都・鎌倉の政治と宗教で多大な貢献をしたと伝えられている有力御家人。特に安達泰盛(1231〜1285年)は"蒙古襲来"の時に8代執権北条時宗を支えた人物。そんな波乱の時代を生きた安達泰盛を中心に、政治と宗教について称名寺ゆかりの資料などから考察しています。1階の入口すぐには関東最古級(平安時代初期)の仏像、東京・勝林寺の釈迦如来像が〜。また、2階中央に展示されているのは如意輪観音坐像と四天王像(写真)。見慣れている観音像とはかなり異質でインパクト大です。特別展は9月17日まで。拝観料は65歳以上は200円です。
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150年前の動乱の横浜を生きた"名もなき民"。

2018-08-17 | 歴史

明治150年を記念した企画展「戊辰の横浜」の横浜市歴史博物館(写真下=正面奥)「名もなき民の慶応4年」を拝観。先に拝観した横浜開港資料館との連携企画展です。地下鉄センター北駅近くのこちらの企画展は、動乱の時期を生きた"普通の人"に焦点を当てています。当時の横浜は戦場にはならなかったようですが、残された資料から新政府軍による鉄砲の回収や人馬や食料、金銭提供の依頼などもあったようです。驚いたのは藤沢の少年が新政府軍の行列を描いた「大総督東下乃図」。昔から絵の好きな少年は居たようですね。この絵の細かな表現と「東叡山文殊楼焼討乃図」(写真上=月岡芳年)の色鮮やかさが印象的でした。こちらの企画展は9月9日まで。どちらも"濱ともカード"の提示で観覧料は無料です。

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"戊辰の年"には横浜で何が起こっていたのか。

2018-08-13 | 歴史

今年は「戊辰」の年。慶応4年/明治元年(1868年)から150年になる節目の年。横浜の港や周辺の村々には何が起こっていたのでしょうか。江戸時代から続くハマっ子としては、ぜひ知りたいところ。そこで、横浜開港資料館(写真上)で開催されている企画展「戊辰の横浜 開港都市の明治元年」を拝観してきました。慶応4年は鳥羽・伏見の戦いで旧政府軍は薩摩・長州藩を主力とする新政府軍に敗北した年。そして、日本各地で戊辰戦争などの戦乱の年となりました。新しい開港場としての横浜は外国の軍隊が駐屯していたこともあり、あまり目立った動きはなかったようですが、近年の調査資料により横浜を舞台に武器や艦船の売買や、戊辰戦争の重傷者を横浜病院に搬送していたことなどが判明。決して戊辰戦争と無関係ではなかったようです。なお、この企画展は横浜市歴史博物館で開催中の「戊辰戦争 名もなき民の慶応4年」との連携。両館とも"濱ともカード"の提示で無料です。写真下は「横浜の関門を守る外国の兵士」(中央の3名は横浜にやってきた薩摩の兵士だそうです=イラストレイテッド・ロンドン・ニュース=1868年)。

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「長崎・天草地方」がユネスコ世界遺産に認定。

2018-07-04 | 歴史

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が新たなユネスコ世界遺産に認定され、テレビや新聞・雑誌などで特集が組まれています。2日(月)のNHK-BSプレミアムは認定を受けての再放送ですが、「英雄たちの選択〜激突!島原の乱 天草四郎vs松平信綱」。37,000人もの人たちを率いた16歳の少年・天草四郎と"知恵伊豆"といわれた松平信綱との長崎県原城での戦いが解説されていました。また、昨日3日の朝日新聞には「潜伏キリシタン 信仰の足跡」を特集。大浦天主堂(写真)以外は事前の予約が必要など、長崎や天草地方見学の注意点、また、天草出身でTBS系のテレビ番組「世界遺産」の構成を担当する小山薫堂氏の世界遺産に対する思いも綴られています。また、今年5月に刊行された写真家・後藤真樹氏の「かくれキリシタン〜長崎・五島・平戸・天草をめぐる旅」(新潮社)もおススメ。少し予習をして、ここはいつか旅したい歴史スポットのひとつです。

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十二将修理完成記念展と黄菖蒲咲く金沢文庫。

2018-05-05 | 歴史

閉幕間近かの5月3日、県立金沢文庫「十二神将〜修理完成記念特別公開」を拝観。平成23年(2011年)から5年間にわたって修理され、その完成を記念する初公開の展示会で、十二幅揃いは14年ぶりだそうです。十二神将には"十二の時、十二の月、十二の方角"が十二支に当てられているとか〜。ちょうど、学芸員の方のガイドの時間とぶつかり、ていねいな説明を受けてきました。この称名寺近くの牡丹の花寺龍華寺の美しい敷曼荼羅も印象的でした。トンネルをくぐって称名寺庭園に出ると、特設能舞台が設けられ、金沢区70周年の「第21回 称名寺薪能」の準備中。夕方、5時30分からの開演ですから、幻想的な舞台が繰り広げられたことでしょう。浄土式庭園の池の周辺には見事な黄菖蒲が花を咲かせていました。県立金沢文庫の特別展は明日6日まで。観覧料は65歳以上は200円です。

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大陸への憧れと中世鎌倉文化を「唐物」で探る。

2017-11-20 | 歴史

秋も深まってきた昨日、県立金沢文庫の企画展「唐物〜中世鎌倉文化を彩る海の恩恵」を拝観。中世の鎌倉と大陸との交易により、陶磁器や書物、経典などのいわゆる「唐物」が渡来し、国際色豊かな文化を形成したといわれています。この企画展では鎌倉文化の基礎となっている、大陸への憧れを国宝や重要文化財など、約100点で探っています。写真は横須賀清雲寺所蔵の観音菩薩坐像ですが、鎌倉の円覚寺や建長寺所蔵の仏画や五百羅漢図も〜。おもしろかったのは、最初のコーナーに展示されている称名寺所蔵の最古の日本図。その地図の中の”羅刹”という国の注記に「女人集まり来たりて 人還らず」とあるそうですが、この羨ましい国はどこなのでしょうか。企画展は来年1月8日まで。65歳以上は200円。因みに、次回開催の特別展は「運慶〜鎌倉幕府と霊験伝説」が予定されています。

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「みなとみらい21」誕生までの歴史をたどる。

2017-11-12 | 歴史
皆んなで連れ立って楽しんだ平成元年(1989年)の横浜博覧会。その跡地に広がるみなとみらい地区の変遷をたどる企画展「みなとみらいの誕生」が、横浜都市発展記念館で開催されています。この地区の再開発にあたっての最大の焦点は三菱重工業横浜造船所(横浜ドック)の移転問題。当時の飛鳥田市長から細郷市長に引き継がれ、昭和57年(1982年)にはまた横浜造船所の閉所式がおこなわれ、翌年には金沢地区への造船所移転事業が完了しました。この企画展では明治期の横浜ドック設立からランドマークタワーの建設まで、「みなとみらい21」に至るウォーターフロントの歴史を、資料や写真で振り返っています。企画展は来年1月8日まで。「濱ともカード」で入場無料です。写真は横浜ドックの造船台(昭和4年/1929年)。
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当時の貴重な写真と地図で探る”横浜の原風景”。

2017-11-11 | 歴史
1週間前に熱く燃えた横浜スタジアムを過ぎ、黄色く色づきはじめたイチョウ並木の日本大通り。すぐ隣りの横浜開港資料館で始まった企画展「開港場 横浜の原風景」で、横浜の350年の歴史を探ってきました。横浜が開港されたのは安政6年(1859年)。ここから横浜の町は大きく変貌を遂げますが、東海道宿場町からの道路開発と、江戸時代から進められていた新田の開墾が大きな要因となっているようです。この展示では市域中心部の様相を、当時の貴重な写真と地図で振り返っています。今年は干拓によって港から蒔田付近まで形成された吉田新田の350年の節目の年です。写真は明治3年(1870年)から開削された掘割川の工事後の情景。企画展は来年1月28日まで。「濱ともカード」提示で無料です。
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県立金沢文庫の「国宝記念展」と中世の隧道跡。

2017-06-21 | 歴史

先週、6月18日(日)まで開催の称名寺聖教・金沢文庫文書国宝指定記念「国宝金沢文庫展」を拝観。昨年8月に称名寺に伝来し、県立金沢文庫が管理する総計2万点余りの称名寺聖教・金沢文庫文書が一括して国宝に指定された記念展です。今回は仏教の教えなどを記した聖教と鎌倉幕府などがわかる文書の展示。1930年に金沢文庫が再建されてから大量に発見されたもので、タイムカプセル的な要素がある、と担当者は話しているそうです。タイムカプセルといえば、称名寺と金沢文庫を結ぶ中世の隧道〜称名寺の伽藍が完成した元亨3年(1323年)の絵図にも記されているもの。破損がすすんでいるので、現在は通行禁止となっていますが、ジッと見ているとこのトンネルを通った人々に思いを馳せ、”中世のロマン”が感じられました。

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江戸時代から東海道の旅人を見続けてきた松並木。

2017-04-25 | 歴史
別荘地として有名な大磯はその昔、日本橋から8番目の宿場町として栄えたことも〜。慶長5年(1600年)の関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康は東海道に宿駅の制度を設けて整備、街道筋に松やエノキが植えられましたが、それが今も残るこの大磯の松並木(写真上)。歌川広重の浮世絵にも描かれています。一里塚と共に旅人たちの旅程の目安と、しばし休息の場となっていたことでしょう。この近くに風情ある神社(写真下)がありましたが、故事来歴は不明で相模地方に多く点在する八坂神社だということです。それにしても今回、旧吉田茂邸を見学したこの大磯〜明治期の鉄道開通が重なり、伊藤博文ほか8人もの宰相が別荘もしくは邸宅を構えた”明治政界の奥座敷”。クーラーなどなかった時代、日頃の激務を癒す快適な地となったことでしょう。
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再建された大磯の旧吉田茂邸は政治の歴史遺産。

2017-04-22 | 歴史

2009年3月に火災で消失した大磯町の旧吉田茂邸が再建され、4月1日から一般公開が始まっています。20日には来館者数が早くも1万人を突破したということで、軽いフットワークでさっそく出掛けてきました。大磯駅前からバスに乗り、「城山公園前」で下車。政財界の重鎮が意見を求めて”大磯参り”をした総檜造りの数奇屋風の邸宅が目の前に姿を現しました(写真上)。真新しい木の香りのする邸内を見学させていただきましたが、2階の賓客をもてなす応接間(写真下)からは相模湾と富士箱根方面の絶景が広がっています。隣りには吉田茂が最期を迎えた寝室兼書斎が〜。複製でしたが、首相官邸に直結する黒電話が置かれているのが印象的でした。戦後日本の復興期に長期にわたって内閣総理大臣を務めた吉田茂の私邸〜政治の舞台としての歴史的遺産を拝見した貴重な体験でした。邸内見学料は500円ですが、日本庭園は入場無料です。

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野毛山から撮影された明治初期の横浜の姿。

2017-02-27 | 歴史
先日の朝日新聞に見たことのない昔の横浜の写真が掲載されていました。東京大学史料編纂所の古写真研究チームが、オーストリアで明治初期の日本の風景写真を発見。その中の「開通直後の横浜駅」で、歴史ある「鉄道友の会」との共同研究による見解が掲載されていました。写真は英字紙The Far Eastのカメラマンだったミヒャエル・モーザー(1853〜1912年)が持ち帰った野毛山の北東端から撮影したもの。以下はその後に判明した概要です。上部の横浜駅(現桜木町駅)のホームに停車しているのは試運転の列車で、手前の建物は明治4年(1871年)開校の実業家・高島嘉右衛門創設の高島学校。オーストリアに残るアルバムには「駅と新校舎の見える横浜のパノラマ」と題されているそうです。右上部には大岡川もかすかに〜。調べてみると、ミヒャエル・モーザーは16歳でに来日し、5年余り滞在して各地を撮影。ウィーン万博では日本政府の通訳も務めたそうです。幕末の開港から明治初期の横浜の歴史はおもしろい!。
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横浜線小机駅から徒歩10〜15分ほどの小机城址。

2016-12-29 | 歴史
国内で初開催となる”城”をテーマにしたイベント「お城EXPO」が12月23日から3日間、パシフィコ横浜で開催されましたが、横浜からは港北区の「小机城」のブースが出展して、”お城ファン”の話題を集めていたようです。この小机城は横浜で一番見応えのある平山城、ということで訪ねてみました。場所はJR横浜線の新横浜の隣り、小机駅から徒歩で10〜15分ほどの小高い丘。第三京浜道路の横の急坂を登ると本丸広場です。はっきりとした歴史はわかっていないようですが、15世紀に築城され、戦国時代は北条氏が拠点としましたが、北条氏滅亡後は廃城になったとか〜。周辺は小机市民の森になっていますので、暖かくなったらゆっくり散歩したい城址です。写真は昨年、小机城址まつりでの武者出陣式の模様(神奈川新聞より)。
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シンポジウム「ペリー来航とその後の浦賀町」。

2016-12-18 | 歴史

2回目の横須賀開国史研究会(山本詔一会長)シンポジウムを京急汐入駅前のヨコスカ・ベイサイドポケットで拝聴。今回のテーマは「ペリー来航とその後の浦賀町」です。第1部は西川武臣氏(横浜開港資料館副館長)の基調講演と、第2部はパネルディスカッション「庶民から見たペリー来航」という3時間に及ぶプログラム。ペリーが来航した時の幕府と浦賀奉行所の対応や、鎖国から一転、貿易をも視野に入れた富国強兵策の体制と停滞について語る、西川氏のわかりやすい講演。また、パネルディスカッションは山本会長をコーディネイターに斎藤純氏(元専修大学講師)や田中葉子さん(東京都北区教育委員会文化財専門員)、そして基調講演の西川武臣氏というメンバーで、江戸や浦賀の庶民の混乱ぶりが披露されました。田中葉子さんのペリー来航時の”瓦版”や”狂歌・落首”の研究には、庶民の本音が出ているようで興味深く拝聴しました。

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