手話通訳者のブログ

田舎の登録手話通訳者のブログです。

手話世界とフェースブック

2016-02-19 05:49:20 | 手話
スマホを持っていない人が珍しい時代になりつつある。
フェースブックも、やってるのが当たり前になりつつある。

ろう者のHさんの通訳に行った時・・・

「たいしさんの写真、フェースブックに載せていい?」
あかん!
「ええやん。“地元の通訳者でコミュニケーションに不自由しない通訳者は、たいしだけ”って、書いてあげる。たいし、有名になれるやん」
有名になんかなりたくない。
「えー! せっかく写真撮ったのにー」
へ? いつ???
「つい、さっき」(スマホの写真を見せる)
うわ、本当についさっきやんか。いつの間に・・・
「たいしのこと、褒めておくから、ええやろ?」
あかん! 褒めるとか、けなすとか、そういうことやない。許可もなく写真撮るな! 消さんかい!
「えー・・・」(渋々、写真を消す)

フェースブックそのものを否定する気はないが、ネチケットはちゃんと守っていただきたい。




技術より大切なもの

2016-02-18 06:50:26 | 手話
このブログでは、しつこいぐらい、
「手話通訳者には、技術より大切なものがある」
と書いている。
技術より大切なもの、それは、心構え。

当然ながら、手話そのものの力量が不足していたら、通訳などできない。
そんなことは身に染みて解っている。
それでも、言いたい。
技術より大切なものがある、と。

手話通訳者の中に、ろう者たちから、
「あの人、手話はうまいんだけど・・・」
と敬遠されている通訳者がいる。
ベテランである。
なぜ、敬遠されるのか。
通訳に来て、ろう者に、「ああしなさい、こうしなさい」と指図するから。

手話「通訳」者なのだ。
ベテランの中にも、手話通訳者の本来の役割を忘れてしまっている人がいる。

残念なことだ。




壊れていく手話通訳者たち

2016-02-17 06:19:49 | 手話
Yさんは、とても優しく、真面目な人である。
地元には手本とすべき手話通訳者が何人かいるが、Yさんもその中の一人。

しかし、もう通訳現場に出なくなって十数年になる。

「手話通訳者は今でも足りないのに・・・早く戻らなきゃ、って思うんです。でも・・・」

Yさんに偶然会っても、手話の「し」の字も出さない。
Yさんは心に深い傷を負っているからだ。
しかし、元々、Yさんと出会ったのは手話通訳の現場。
つまり、お互いを「手話通訳者」として認識しているわけ。

頸肩腕障害。
これを発症するのは手話通訳者だけではないが、手話通訳者の世界では、通訳者の体調がおかしくなったら、まず、これを疑うようになった。
しかし、これは最近数年のこと。
Yさんの発症は10年以上前のことだ。

正直言って、Yさんに会うのは辛い。
街で偶然出会ってしまうと・・・ごく普通に挨拶して、そのまま別れようとするが・・・
Yさんの表情が見る見るこわばっていく。
申し訳ない、という表情になり、冷や汗をかく。
誰も責めていないのに・・・
どうやら、ろう者に会っても同じようになってしまうようだ。

やさしく真面目な人の場合、傷ついた心を癒すのには時間がかかるようだ。



手話通訳の現場から/会社

2016-02-16 05:06:39 | 手話
社員研修とか行事とか、予め予定が決まっている内容の通訳なら、特別、変わったことはない。
しかし、突然、ろう者が働く会社に通訳に呼ばれたら、かなり、状況は悪い。
通常、会社は部外者を社内に入れない。当然だ。
どんな会社にも独自のノウハウがあるし、守るべき個人情報がある。
手話通訳者だからと言ってフリーパスになることはない。

だから、会社で働くろう者と、その上司など関係者とのコミュニケーション上のズレが起こっても、会社側の人間が「手話通訳者を呼ぼう」とは、通常は考えない。
できるだけ部外者(手話通訳者)を入れず、内部で解決しようとする。
これが、事態を悪化させる。

そこで働くろう者が、ちゃんとした話し合いをしようと、上司に手話通訳者派遣の許可をとろうとしても、なかなか許可が下りないのが現実だ。
会社側の理屈は、
「筆談すれば済むことじゃないか」
である。

筆談すれば済む。
そんなに簡単なことなら、コミュニケーション上のトラブルなど起こらない。
ろう者を取り巻く現実は、厳しい。




手話ブログ

2016-02-15 06:49:23 | 手話
用語の解説をさせてもらお。

このブログに登場する手話通訳者Bとは、特定の人物のことではありません。
BとはBooingの略で、「問題あり手話通訳者」という意味です。