K.H 24

好きな事を綴ります

僕らは崩壊するのか?再生出来るか?①

2020-02-25 08:03:00 | 小説
①人を殺めないと誓ったのに。

 怖くて、怖くて逃げ出してしまった。行先を考えずに、いや、考えきれずに。とにかく走った。全力で走った。前から歩いて来る人達を避けたり、ぶつかって転びかけたり。何故、走って逃げるのか分からなくなるくらい必死に逃げた。すると、身体が疼いて来た。顔が腫れたり、萎んだり。眼球がこぼれ落ちそうになったり。上腕だけが膨れたり、太腿の筋肉が下腿に移動したり。まるで、ケンシロウに『お前は既に死んでいる。』と、秘孔を突かれた雑魚キャラのように。気を失い倒れた。
 その疼きは、数分で止まった。意識無く倒れたままで。主人格の林田二郎に戻った。
 〝二郎どうしたんだい?母さんだよ。お前に殺された母さんだよ。お前はまだ死んじゃいけないよ。母さんとあんたの実の父親はね、、、〟
 二郎に母親だと言う声が、話しかけて来た。
 〝母さんごめんよ。ごめんよ。僕の身体が無意識に母さんをそうしてしまったんだ。ごめんよ。許して。〟
 母親だと言う声に二郎は慌てて謝った。
 〝分かってるよ。二郎じゃなくて他の子が母さんを殺したんだ。他の子がお前を守ってあげたんだ私から。辛かったけど、しょうがないさ。母さんがあんたに悪い事したんだからしょうがなかったのよ。二郎達に聞いて欲しい事があるんだ。良いかい、二郎。〟
 その声は一旦止まった。本当に、自分の母親が話してくれてるのか、信じられない二郎であったが、これだけ長く言葉を連ねて話してくれるのを少し嬉しくも感じてた。この心地良さを幼い頃に味わっていたかったと考えてた。
 〝母さんと二郎の本当の父さんは、幼馴染みだったのよ。小学校に上がらないうちから、一緒に砂場で遊んだり、木登りもした。おママごともしたわね。ずっと仲良しでね。高校からは別の学校になったけど、家が近かったから、ちょくちょく話ししてたわ。父さんは車が好きだったから工業高校でね、整備士になるって言ってたねぇ。実家が自動車整備工場だったしね。でも、夜逃げしたのよ。高校卒業する前に。借金の連帯保証人だよ。あんたの爺さんにあたる人、人が良いから頼まれたら断れなくてね。大輔、蒼一郎の父親の実家が金融会社なんだよ。当時は、そんな金貸し屋は取り立てが、荒い手口を使ったもんでね。私の両親は首を括ったんだよ。そして母さんは、金融屋に引き取られたのさ。分かるかい?蒼一郎の父親の大輔の実家に住み込みで事務員させられた。そしたら、大輔が優しくしてくれてね。でもね、独りになって気づいたんだ、母さんはあんたの父親が好きだった事を。母さんの両親が、あんたの爺さん婆さんが、借金をちゃんと返してたらね。〟
 とても悔やんだ声で言った。また、一旦、話は中断した。
「おい、君、大丈夫か?脈はあるな。意識が無い。」
 通りすがりの1人の男性が倒れてる二郎に声をかけた。二郎はその男性の声は聞こえてない。
「もしもし、意識が無い男性が倒れてます。場所は、児童養護施設あすなろ園の正門の前です。」
 その男性は救急車を呼んでくれた。
 〝母さんは行くところが無かったんだ。大輔の実家に住まわせてもらって、給料は雀の涙程だったけど、寝食には困らなかった。炊事や洗濯も手伝って、大輔の母親には気に入られたよ。そして、大輔がある程度、金貸し屋の仕事を覚えた頃に、母さんとの婚姻届けを出したんだ。母さんはほっとしたよ。未来が見えたからね。蒼一郎は実はね、大輔の子でもないんだよ。大輔の父親の子なんだよ。恐ろしい現実だ。だから、実家から出る事になった。大輔に頭が上がらなくなったよ。優しさも無くなった。でも、蒼一郎が小さい時はあの人もよく面倒見てくれた。それだけはありがたかった。〟
「患者受け入れお願い致します。現在の状態は、意識レベルが300、脈拍40、血圧が90と40、呼吸数は9で、特に外傷はありません。」
 救急隊員が令高大学付属病院へ患者受け入れ要請の連絡を取り、救急車を走らせてた。二郎の命の炎は、灯火程だったが消えはしなそうだ。
 〝落ち着いた生活だったんだけどね、蒼一郎が幼稚園の年中さんの時ね、あなたの父親と再会したの。とても痩せてて、顔色も悪くてね。2人で涙流したわ。まだ私も若かったから、大輔が仕事に行って、蒼一郎を幼稚園に送った後は、あの人の家に行って、食事作ってあげて、掃除や洗濯もしたわ。1ヶ月も経たないうちに元気を取り戻してね。仕事を始めた。ゴミ収集車に乗って、収集員をね。平日で仕事が休みの日は、あの人、お酒呑みながら料理してくれて、そんな時は、いつもありがとうって何度も言ってくれてね。幸せだったわ。そして、1年くらいしてあんたを身篭ったの。バレないようにしたんだけど、流石にね。大輔と大喧嘩になった。その後、あの人の家には行かなくなった。あんたを守るためにね。家で独り、ゆっくりしてると、どんな名前が良いかなってよく考えてた。男の子ならハヤト、シンジ。女の子ならカノン、レイなんて考えてた。レイなら男の子でも女の子でもどっちでも付けれるとか。その時は、あんたも立派に育てあげようって思ったものよ。〟
「林田、死ぬなよ。頑張れ。」
 令高大学付属病院の救急救命室で、二郎の先輩医師である内藤博臣(ひろおみ)が、心室細動を起こし心停止した二郎に心臓マッサージしながら言った。そして、もう一人の医師が除細動器を使った。
 〝二郎、私はあなたの命を守ろうとして産んだんだけど、殺そうともしてしまった。とても後悔してる。あなたは、自ら生きるのを選んで私を殺したと思ってる。人の生きる目的の1つは死ぬ事だと思う。どう死ぬかで周りの人に与える影響は変わって来ると思うの。1番は、自殺しない事が大事だと思う。だから、あんたは死ぬ日まで生きて行くのよ。〟
 母親と言う声はそれで聞こえなくなった。二郎の心音が心電計を通して聞こえるだけだった。
 二郎の容態が落ち着き、救急救命室から電話が入り、翔子は急いでタクシーを拾った。何故、二郎が急に走り出したのか。それも逃げるように。何かに襲われそうな表情で、何の危険も無かった状況から。翔子は、不安と恐れ、疑問が入り混じった不快な気分を抱えて。でも、元の職場に搬送され信頼出来る元同僚からの連絡は少しだけ安心できる事だった。
「博臣先生、二郎はどうしたんですか?」
 翔子は、満腹亭から突然走り去った二郎を追いかけて汗だくになり、それが夜風で乾き始めたも、胸や脇の下、背中、腰の部分にまだ湿り気が残る服のまま。そして、二郎に追いつけない事でパニクり涙を流し、メイクがグチャグチャになった顔をフェイシャルペーパーで拭き取り、あまり見られたくない風貌のまま内藤医師にそう言った。
「梅木、大丈夫か?そんな格好で暴れたのか?」
 内藤は、そんな翔子の姿を見て驚いて言った。
「突然走り出したんです。一緒に食事をしようって満腹亭に入ったのですが。そこから逃げるように。追いかけたんですが、ぜんぜん追いつかなくて。」
 翔子は俯きながら言った。
「林田、相当走ったな。満腹亭からだと。あすなろ園の前から搬送されて来たんだ。脱水症状と軽度な心筋炎が原因だと思う。心室細動起こして心停止まで、危なかったけど、もう大丈夫だ。時期に意識も回復すると思う。林田、相当忙しくしてたんだな。」
 内藤医師は翔子に言い、左肩に手を置いた。
「海外出張とかもあったから、月に2日も休んでなかったんじゃないかしら。だから今日は、久し振りに食べに出ようと思ったんですけどね。謎なんです。何故、逃げ出したのか。」
 翔子は言った。
「ゆっくり休ませてやるといいさ。それから、聞いたらいいよ。梅木なら出来るだろ。」
 内藤医師は言った。
「そうですね。ありがとうございます。」
 翔子は言った。
 日付が変わろうとする時間帯に翔子は安堵についた。そして、空腹なのを思い出して食べ物を買って帰り、翌朝また来る事にした。今勤務してる警察病院の夜勤の職員に連絡を取り、二郎の事、自分自身も仕事を休む事を伝えた。
「ただいまぁ。」
 翔子はビックマックとポテトのLサイズを10個づつ買って、居候してる神路邸に帰ってきた。神路美里とサキ姉妹は、スイートノーベンバーのDVDを見ながらワインを呑んでいた。
「お帰りなさい。どうしたの?ジロちゃんは今日も病院でお泊り?」
 普段から二郎は病院に寝泊りするのが多いが、翔子の化粧や衣服がクチャクチャになってるのを見て、神路の末っ子のサキは、目が点になってた。
「二郎君、ぶっ倒れちゃった。心筋炎、前の職場に救急搬送されて。一命は取り留めたかな。」
 サキに答えた。
「えっ、働き過ぎ?二郎さんなら体調管理しっかり出来るだろうに。」
 冷静な表情で美里は言った。
「うん。今日は2人で晩ご飯するつもりで、学生の時によく行ってた大食い出来る食堂に行ったの。店長さんや店員さんと久し振りに話ししてたら、二郎君突然走り出して、そのお店から逃げ出すように出て行って、多分、佐助君に代らずに走ったと思うんだけど。それで脱水にもなって、一時は心停止したみたい。助かったんだけどね。突然、走り出したのが謎なのよ。」
 翔子は、2人に目配せしながら言った。
「そうだったんだ。取り敢えず、荷物は置いて、お風呂入ってサッパリして来て。そして、また、お話し聞かせて。」
 美里は、翔子が両手に持つマクドナルドの袋が入った花柄とストライプ模様のエコバックを受け取って、サキに浴室に連れて行くよう目線を向けて首を振り、翔子に言った。
 翔子は浴槽に浸かりながらユキに相談してた。大川店長と店員の久蘭々ちゃんと話しをしてると逃げ出した訳だから、あの2人に何か関連がある事がポイントになるかも知れないとユキは推察した。大川店長には、特に、変わった点は無かったが、久蘭々ちゃんは、結婚して子供を授かって、でも、旦那さんがバイク事故で亡くなったと言うトラジティーがあった。そうなると、久蘭々ちゃんとの関連が、何か二郎が恐怖に感じるトリガーがあったのか。
 久蘭々ちゃんの3つの大きな変化で、衝撃的な事は旦那さんの死だと誰もが考える。それが、二郎と関係する事だろうと翔子とユキは整理をつけた。
「2人は明日、研究所に行くの?」
 お風呂から上がって来た翔子は、DVDを見終わり、2本目のワインを呑んでた美里とサキに聞いてみた。
「えぇ、出勤するよ。私は講師の当番だから。美里は書類業務でしょ?」
 サキは答えた。
「美里さん、明日、私と二郎君のところに行って、今日寄って来たお店に一緒に行ってもらえませんか?」
 翔子は美里にお願いした。
「分かった。絢子さんに連絡します。」
 美里は言った。
 翔子はその答えにホッとして、買ってきたビックマックとポテトLサイズを美里がお皿に取り付けたのを食べ始めた。サキは、ハイネケンの瓶ビールの六本パックをそのお皿の横に置いた。翔子は、それら全てを30分で平らげた。
「私もお腹いっぱいになった気分。翔ちゃんの食べっぷり良いなぁ。あっちも激しそう。」
 サキは掌を顔の前で合わせて言った。
「ご馳走様でした。お皿に盛ってくれて、このビールも呑み易くて、美味しかったぁ。」
 翔子は満足気に言った。美里は笑顔を見せた。
 神路姉妹は、姉の姫子の事を思い出していた。みんなのために命を投げ出した姉を。2人で目に涙を浮かべていて、姉妹ながらの哀しみを共鳴していた。言葉無しに。これは、二郎の命が救われた安心から来るものだとは、翔子には分からない事だった。
「どうしたの?2人とも?」
 翔子は言った。
「ジロちゃんが無事だったのが、ホッとしたのかな。翔ちゃんも食欲あるしね。」
 サキはそう言い、美里は細かく頷いた。
「明日は、二郎君の謎解き、きっと出来るよ。私、頑張るから。」
 美里は言った。
「うん、ありがとう。2人が居てくれなかったら、私、途方に暮れただけだったかも。ほんと、お世話になってます。」
 丑三つ時を過ぎ、明日の朝も早く起きなくてはならないにも関わらず、3人で絆を大事に感じていた。
 翌る日、翔子と美里は二郎が入院してる病院に足を運んだ。二郎はまだ意識が戻って無かった。しかしながら、バイタルサインは安定しており、心室細動の再発作の可能性は低いと言う医師の見立てを聞かされた。また、意識が戻らない原因が分からないと言う見解も聞かされた。
「ICU だから、しっかり管理出来るから、時を待つだけだよ。意識が戻ったら翔子に直ぐ連絡する。大丈夫よ林田先生は。」
 翔子と同期の看護師、新井沙代子は真剣な眼差しを見せた。
「うん、分かった。沙代子、宜しくね。」
 翔子はその目力に信頼を感じ、美里と満腹亭に行く事にした。
 既に、行列が出来ていた。とは言っても翔子と美里を合わせて8人の列である。でも、美里にとっては初めての経験で、気乗りしない場面だった。
 黒髪の艶やかなストレートなロングヘアに薄青紫のアイシャドー、それと同色系で明るめのルージュ、リキッドファンデーションでツヤ肌を保ち、ライトグレーで無地のAラインのワンピースにダークグレーのエッジヒールを履き、背すじが伸びて清楚さも滲み出している。
 一方、他に並んでる面々は、ガタイの良い体育会系や食べる事をこよなく愛すると言わんばかりのぽっちゃり男子達が開店を待っているのだ。
 満腹亭の開店前の日常的な景色だが、どうしても美里は浮いてしまう。それを美里自身も充分に自覚出来る場面である。
 また、翔子は今でも、そんな男達に認知されてるイータークィーンで、握手やサイン、ツーショット等を求められている。益々、美里は場違いな空間に身を置いてしまったと思うばかりであった。
「あれ?囲碁の、女流棋士の神路美里さんですよね?」
 一人のぽっちゃり男が、美里に声をかけて来た。
「えっ、は、はい。でも、もう囲碁は辞めたんですよ。わ、私、目立つのが苦手で。」
 苦笑いで美里は答えた。
「辞めたんですか、応援してました僕、ある日から神路さんの姿が見えなくなったんで、心配だったですけど、こんなに近くでお目にかかれるなんて、嬉しいです。」
 ぽっちゃり男は美里の話しぶりから、空気を読んで紳士的に写真やサインを求めずにそう言った。
「ありがとうございます。囲碁なさるの?」
 ぽっちゃり男に聞いた。
「はい、弱いですけど、週に1回は打ってます。でも、神路さんも食べるの好きなんですか?」
 ぽっちゃりは聞いた。
「嫌いじゃないですけど、沢山は食べれないですが、梅木さんと、ちょっと用事があって。ここに。」
 美里は答えた。
「えっ、女王とお知り合いなんですかぁ。意外ですね。ですよねぇ、神路さんは大食のイメージは無いですから。でも、親近感湧きます。いやぁ、今日はなんて運が良い日なんだろう。」
 ぽっちゃりは言った。
 美里は意外な展開に戸惑ったが、自分の事を知ってる人に声をかけられて、悪い気はしなかった。そして、場違いと感じてたのが、その男のお陰でこの場に少しは馴染めた気がした。
「美里さん、あの子と知り合いだったの?」
 ファン対応を終えた翔子が美里に聞いた。
「いや、私が囲碁をしてたのを知ってたみたいで、私も声かけられて驚きました。」
 美里は漸く普段通りに声を出せるようになった。
「美里さん、プロ棋士でしたもんね。そうか、後藤君はテーブルゲームの専門店をやってて、囲碁や将棋、麻雀もするみたいで、サッカーゲームとかエアホッケーとかも販売してるお店を持ってるんですよ。食べるのが好きだし、可愛い後輩です。色々、気を廻せるし。」
 翔子は言った。
 いつもとは違う満腹亭の開店前の賑やかさは、時間を早く進めた。
「へいっ、らっしゃーい。お待ちどう。」
 大川店長の威勢の良い声が響き『商い中』に裏返り大食いの館の門が開いた。
「おう、翔子ちゃん大変だったな昨日は。林田君、大丈夫なんだよな。」
 夕べ、二郎が救急搬送された連絡を受けた後に翔子は、二郎が無事であるのを電話で伝えていて、それを気にしてた大川店長が翔子に声をかけた。
「はい、ご心配おかけしてすみませんでした。命に別条は無いのですが、まだ意識が戻らなくて。恐らく、そろそろ。はい、大丈夫です。久蘭々ちゃんに聞きたい事があって。あっ、こちらの方は、二郎君のもうひとつの職場の益田防犯研究所で働いてる神路美里さんです。」
 翔子は大川店長に心配させまいと思いつつも、自分自身の不安を隠しきれずにいて、美里の事も紹介した。
「初めまして、神路と言います。開店早々、お忙しいところ、すみません。梅木さんから二郎君が突然お店を飛び出した事聞きまして、夕べ、その原因が何か話し合いまして、梅木さんが仰ってますように、久蘭々さんとお話しがしたくて私も参りました。」
 美里は丁寧に大川店長に言った。
「これはこれは、ご丁寧に。お客さんは券売機で食券買って、それから私が調理しますので、久蘭々は2、30分くらいなら時間作れますので、奥の部屋を使って下さい。」
 大川店長は快く協力してくれた。そして、久蘭々を呼び、厨房奥の休憩室で話しをするよう言い、美里と翔子をその部屋に通した。
 店員の久蘭々に、二郎が突然、店を飛び出した時の状況から察した、久蘭々が結婚し、子供を授かったが、旦那さんがバイク事故で亡くなったと言う話しを聞いて、二郎が動揺して逃げ出した可能性があると考えた事を話した。
「あのぅ、旦那様はお仕事、何をなさってたのでしょうか、差し支えなければお聞かせ願えませんか?」
 久蘭々に美里が聞いた。
「はい、バイク便の配達を。」
 久蘭々はそう言うと、眉間に皺を寄せて口を詰むんだ。美里と翔子は、久蘭々がまだ何か言い出しそうだと察し、黙って待った。
「これは、伏せていて欲しいんですけど。バイク便は表向きで、実は、半グレ集団にいたんです。でも、子供が産ませて、1歳を迎えるまでには足を洗うって約束してたんです。本当です。バチが当たったですかね。バイクで転んで怪我をして、ガードレールの支柱にもたれ座って息を引き取ったみたいです。発見された時は、死後3、4日経ってるって言われました。」
 久蘭々は、涙ながら告白した。
「お辛い事を思い出させてしまったみたいで、すみません。旦那様は更生なさろうとした矢先だったんですね。とても残念な事でしたね。恐縮ですが、その半グレ集団はロングタイガーですか?」
 美里は実直に的を得た事を聞いた。
「はい、そうです。」
 久蘭々は素直に認めた。
 その側、翔子は涙を堪えるのが精一杯だった。
「やはりそうでしたか。でも、旦那様はあの集団から抜け出そうとしたのは、とても勇気がいる事だったと思います。ほんとに、ほんとに残念でなりませんね。実は、その集団、永井虎将(とらまさ)と言う男が仕切ってたのですが、私と私の姉妹で壊滅させました。そのアジトに出向いて。しかし、その時は旦那様は居なかったと思います。私の姉妹で襲撃した2日前くらいに、二郎君が1人でアジトを調査にいったんです。そして、帰り際にバイクに乗った1人を手玉に取って、情報を聞き出したようなのですが、その時、押し問答があったようで。二郎君は格闘技をやっていてとても強いんです。達人の域を超えてます。でも、命は奪わなかったって言ってました。恐らく、久蘭々さんから旦那様が亡くなった事を聞いて、カウンターに写真があるんですね。それを見て、自分が殺めてしまったと思って、ここに居れなくなって、走り去ったんだと思います。二郎君本人からは聞けてませんが。恐らくそうだろうと。もしも、そうだとしたら久蘭々さんは、二郎君をどう思いますか?」
 美里は冷静に話した。
「あの人は、ほんとに良い人でした。でも、犯罪を犯してたのだから自業自得です。私は、その組織にやられたと思ってました。でも、あの人か更生しようとした事は事実です。だから、私、独りででもこの子を育てる覚悟が持てました。現にこの子はスクスクと育ってます。今更、林田さんをどうこう思いません。きっと、林田さんから組織の事を聞かれた時に素直に話せなかったんだと思います。林田さんに素直に協力していれば。翔子さんすみません。うちの人がご迷惑おかけしました。」
 久蘭々はそう言うと、涙目で翔子を見つめた。翔子は久蘭々を抱きしめた。
「久蘭々さん、ありがとうございます。何か困った事があったら連絡下さいね。私、あなた方親子のためなら惜しみなく何でもお手伝いします。」
 美里は力強く言うと、自分の名刺を渡した。
 2人は二郎の病室に戻って来た。そして、翔子が久蘭々とのやり取りをまだ意識の戻らない二郎に話した。
「だから、二郎君が久蘭々ちゃんの旦那さんを殺した訳じゃないのよ。安心して。」
 翔子は病室を出ようとする間際にそう言った。
 翔子と美里は、病院内のレストランで昼食にした。翔子はカツ丼と親子丼、カレーうどんを注文した。美里はキツネうどんにした。翔子はこのレストランの職員にも覚えられてて、2、3人から声をかけられた。でも、美里が食べ終わるのと同時に3人前を綺麗に食べ終えた。
「病院だからどうかなって思ったけど、良い味してるね。」
 美里は新鮮な気持ちを隠さず穏やかな表情で素直にそう言った。
「最近の病院のレストランは、外来患者さんとかお見舞いに来た人達以外でも来てくれるようなコンセプトで運営する所が増えたみたい。下手なファミレスよりずっと良いでしょ。」
 翔子は食欲を充分満たし目を大きく見開いて美里に言った。
「翔子、今どこ?林田先生意識が戻ったよ。」
 同期の看護師の新井から電話が来た。
 二郎は、ベッドを30°くらいギャッジアップされた状態で目を開居てた。まだ、傾眠傾向ではあるが、病室に入ってきた翔子に笑顔を見せた。
「二郎君良かった。疲労が溜まってたの?覚えてる?」
 翔子は二郎の手を握り言った。
「うん、覚えてるよ。それと、さっき、翔子が言ってくれた事も。僕らが直接殺した訳じゃなかったんだね。久蘭々ちゃん達の写真を見てゾッとしてしまったよ。」
 二郎は、まだ倦怠感が残ってるような雰囲気で、小さな声で翔子に言った。そして、目を見ると、真っ黒だった眼球は、右側がグリーンがかってて、左側は青色がかってた。まるで、猫の目でも珍しいオッドアイのようである。
 そして、翌日、法務省の特命テロ対策室室長の室井達郎の指示で、翔子は勿論、特テロ室の宮里、辰吉、鬼龍院に付き添わられて二郎は警察病院へ転院となった。ストレッチャーが入る患者搬送用の警察病院のワゴン車で移動する事になった。
 だが、その車中で、二郎に異変が起きた。今までに見たことがない人格に代わった。
「おい、お前ら、俺を何処へ連れて行くつもりだ。」
 その人格がそう言うと、シンジ君や一文字さん、佐助に歌音、アヤナミが代わる代わる不規則に交代していき、数分後、初めての人格に落ち着き、鬼龍院に攻撃してきた。
「二郎君どうしたの?」
 助手席に乗ってた翔子が言っても止まらない。
 翔子も車内の後方に移り、特テロ室の3人と共に、抑えつけ騒ぎは治まった。
 警察病院に着くと、直ぐには車から降りず、蓑虫のように全身を雁字搦めに拘束できる拘束着を持って来てもらい、それを着せられた二郎はストレッチャーで病院内へ運ばれた。

つづく



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