工房八重の部屋

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「妻お龍から見た坂本龍馬」の講座をアスニー山科で聞く!

2010年08月19日 | Weblog
「妻お龍から見た坂本龍馬」の講座が、アスニー山科で18日に開催されました。

大河ドラマの坂本龍馬も、だんだん面白い展開になっています。

先日、京都文化博物館で開催された、「坂本龍馬展」は、坂本龍馬に関する資料や、

龍馬をめぐる人びとに、焦点あてた展示会でしたが、妻お龍に関する資料は、少なかったの

で、今回の龍馬の妻、お龍の講座は、興味しんしん!

若い日の妻お龍らしき、写真は美人です!  美人妻として有名だったとのこと!

お龍は、父が青蓮院宮に仕えた医者だったが、父、楢崎将作は勤王家で、安政の大獄に連座

して獄死。 父が死んで,一家離散になり、奉公に出るような、身分にならなかったら、

坂本龍馬と出会うこともない、人生だったかもしれないとのことです!

坂本夫婦が、新婚旅行に鹿児島に行ったことは、有名ですが、龍馬は、居が定まる事の

ない位の、活躍する生活をおくっていたので、夫婦は別居生活でした!

龍馬が暗殺された時には、お龍は長崎、下関に住んでおり、僅か1年10カ月という短期間で

夫婦生活は終わり、お龍は未亡人となってしまいました。

龍馬の遺言の  「万一の御報知仕候時ハ、愚妻儀本国(土佐)ニ送り返し申す可し」

により、お龍は、坂本家に行くが、京都育ちのお龍は、高知坂本家を去り、「龍馬未亡人」

を捨て、各地を流浪し、西村松兵衛に入籍し、横須賀で、66歳の生涯を終える!

(明治39年)

明治になり、お龍の回想録は、お龍からの聞きがたりのため、専門の暦史研究家からは

採用されなかった!

お龍の生涯の文字をクリックすると、くわしいお龍の生涯の、ホームページにリンク出来ます)



アスニー山科の講座は、10時から、30分間は歌唱指導と、音楽鑑賞があります!


ラフマニノフの音楽鑑賞!


講師の中村武生氏 (暦史地理史学者)


坂本龍馬夫婦


若い日のお龍といわれている、写真!


晩年のお龍の写真


父親は医者であった! 安政の大獄に連座して、獄死したために、一家は離散し、
母とお龍は、奉公に出る!


坂本龍馬ら土佐亡命志士達は、大仏南門今熊野道の河原五兵衛の隠居所に居住していた
時に、お龍の母、貞が,まかないとして働いていた。


大仏南門は、三十三間堂近くにある!


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