「この協定を見る限り、農産物は何一つ、関税撤廃の例外となったり除外になるという保証はないんじゃないですか」――。TPP交渉に関する安倍政権の重大な「嘘」が国会で明らかになった瞬間だった。

 2015年10月5日に発表されたTPPの「大筋合意」。蓋を開けてみれば、農産品では全体の8割(2,328品目中1,885品目)で関税撤廃、政府が「守る」と言い続けてきた「聖域(コメや乳製品など重要5品目)」でも3割(細目で586品目中174品目)が撤廃されるというもので、「国益を守れた」とは到底言えない結果となった。

 しかし安倍総理や森山裕農水大臣は、カナダなどがさらに多くの品目で関税撤廃に至ったことを引き合いに出し、「しっかり守れた」と苦しい強弁に終始してきた。

 だが、政府が他の交渉参加国より数か月遅れて発表した協定案全文の仮訳には、日本を「名指し」して、関税撤廃を免れた農産品についても、「TPP発効の7年後には、関税撤廃に向けた再協議をする」と、しっかり明記されていた。つまり、安倍政権が「しっかり守れた」と豪語する農産品についても、将来的には関税撤廃される恐れがあるのだ(※)。

(※)政府が2月2日に仮訳を発表した協定案の付属文書2-D「日本国の関税率表:一般的注釈」項目9(P.217)には、以下のような規定がある。

 「オーストラリア、カナダ、チリ、ニュージーランド又はアメリカ合衆国の要請に基づき、日本国及び当該要請を行った締約国は、市場アクセスを増大させる観点から、日本国が当該要請を行った締約国に対して行った原産品の待遇についての約束(関税、関税割当て及びセーフガードの適用に関するもの)について検討するため、この協定が日本国及び当該要請を行った締約国について効力を生ずる日の後7年を経過する日以後に協議する」

 この政府が隠していた事実について、2016年2月3日の衆議院予算委員会で、民主党の福島伸享議員が追及した。

 金銭授受問題で辞任した甘利明氏に代わり、TPP担当大臣に就任した石原伸晃氏は、福島議員の質問に対し、「再協議を求められた時、日本はどういう態度で臨むのか。私は再協議には臨まないんだと思います」と断言した。

 これに対し福島議員は、協定案の英文では「SHALL」と受動動詞を使っており、「再協議には応じなければならない」ことが明記されていると指摘。石原大臣の「嘘」を喝破した。

 「他の国で、こんな多くの農産物輸出国から一方的に『7年後に再協議に応じろ』と名指しされている国って他にあるんですか?どこの国があるんですか?逆に言えば、日本は自動車でアメリカに対して、あんまり取れなかった。30年間かけてピックアップトラックの関税はなくならない。乗用車も15年までは関税は維持されるというふうになっているけども、それに対して、再協議を行うという条文があるんですか?どうなんですか?」

 「守り」である農産品では、7年後の再協議で聖域すらも関税撤廃になりかねない、一方で、「攻め」であるはずの自動車分野では、15年から最大30年間も日本車にかかる関税は維持される。さらに米国に対しては、関税が永久に撤廃されない可能性すらある(※)。そのような状況で、日本側も、逆に他国に対して関税撤廃を迫る条文は確保できたのか?――という問いだ。

(※)2015年11月に民主党が行った官僚ヒアリングでは、日米並行協議において、発効後に日本側が協定違反をした場合、自動車の関税引き下げ開始時期、関税撤廃時期が後ろ倒しされていき、永久に関税が撤廃されない可能性があることが明らかになった。

 これに対し石原大臣は、他の工業製品では早期の関税撤廃が実現するものが多くあることをあげ、「ピックアップトラックとか自動車だけを捉えて、その交渉がダメだったというのは、私はアンフェアだと思います」などと論点をずらし、福島議員の質問には答えようとしなかった。

 福島議員は、この石原大臣の姿勢に、語気を強めた。

 「こんな多くの農産物輸出国から名指しで再協議、7年後の協議を申し入れられている国は日本だけなんですよ。不平等の条約じゃないですか。片務的じゃないですか。どういう交渉をしたんですか!」

 これに、すかさず安倍総理がフォローに入った。総理は、協定案の再協議のくだりに、「この協定の規定に基づく日本国の権利又は義務に影響を及ぼすものと解してはならない」という文言が盛り込まれていることを紹介し、「再協議を求められても、日本に不利な合意をする必要はまったくない」と強調した。

 しかし、「日本に不利な合意はしない」と言いながら、驚くほどの譲歩を重ねてきた安倍政権である。総理の答弁は、その説得力に大いに疑問がある。ましてやこの再協議は、わざわざ現状よりも高いレベルの関税撤廃を目指すことを前提とするものだ。「少しも不利にならない」という保証はどこにもない。

 その後も福島議員は、政府が「勝ち取った」とする自動車分野において、「自動車の輸出額はいくら増えるのか?」「農産品の影響試算は出して、なぜ自動車の影響試算は出さないのか?」と、追及を重ねた。

 これに対し石原大臣は、「試算してないんですよ、これは。ブレも大きいですし」などと述べ、明言を避けた。

 多くの疑問に、ほとんどまともに答えることができない安倍政権の姿勢が、浮き彫りとなった。以下、質疑の該当部分の文字起こしを掲載する。

(佐々木隼也)

 

(2016年2月3日)衆議院予算委員会での福島議員による質疑文字起こし