瀬戸際の暇人

只今、夏休み中

うる星(映画)感想5~完結篇(プラスおまけ)~

2007年10月10日 21時35分02秒 | 漫画&アニメ
1988年2/6、映画うる星やつら第5作公開。

製作はキティ・フィルム、実制作はマジックバス。




或る日の授業中、ラムは夢を見た。
それは幼い頃、怪しい黒衣を纏った老人から、「大きくなったら、お前を嫁に貰いに来るっぽ」と迫られるものだった。

うたた寝から覚めて、あたるに夢の内容を話すも相手にされず。
その事から喧嘩になり、不機嫌なままUFOに戻る。
そこへ故郷の鬼星に居る両親から、「コールドスリープしたまま何十年も放置されていた祖父が見つかった」との通信が入る。
「孫の顔を見たがってるから帰って来い」と言われ、ラムは久方振りに実家へ帰る事にする。

丁度その頃、サクラの占い水晶玉には、ラムが闇に捕らわれるという暗示が現れていた。

故郷に戻り、祖父と対面したラム。
そこへ黒衣に身を包んだ客が訪れる。
なんとそれは、夢の中で見た、怪しい老人だった。
「闇の宇宙」に住む『ウパ』と名乗った老人は、昔行き倒れたラムの祖父を助けた礼に、「将来女の子が産れた場合、孫の嫁に貰う」約束をした事を告げる。
勿論激しく断りを入れるラム。
ラムの両親も怒ってウパを叩き出してしまう。

場面移って地球――友引高校に通うあたる達の前に、黒衣を纏った1人の男が、黒豚車に乗って現れる。
男の名前は『ルパ』…あの『ウパ』と言う男の孫だった。
「許婚のラムに会いに来た」と話す彼に、憮然とするあたる。
間の悪い事に、そこへラムが戻って来る。
隙を突いて、彼女の指に指輪を嵌めるルパ。
指輪から飛ぶ胞子を嗅ぎ、角が抜け落ちたラムは、超能力を封じられ、ルパに闇の宇宙へ連れ去られてしまう。(ジャリテンのおまけ付)
帰り道の途中、落ちていたラムの角に気付いたあたる――不審を覚えた彼の目に、攫われるラムの姿が映った。

面堂弁天お雪ランにレイまで巻込み、あたるはラムを救いに、闇の宇宙へと急ぎ向かう。
そこで出会った黒衣の花嫁、『カルラ』。
ルパの幼馴染で、以前から彼に思いを寄せていた彼女は、ラムとルパの挙式を妨害しようと潜んでいたのだ。

あたるを連れて、結婚式に殴り込むカルラ。
彼女がぶっ放すバズーカ砲で、阿鼻叫喚に包まれる挙式会場。
騒ぎの最中、あたるはラムを見付け出すが、彼女は何故かあたるを拒否する。

実はこのラムは、ウパが用意したコピーだった。

しかしそれを知らないあたるは、ラムが心変わりしたと勘違いしてしまう。
そしてラムも、一緒に居たカルラを見て、自分の危機を目の当りにしながら、あたるはまた浮気してたのだと勘違いしてしまう。
ルパはルパで、あたると一緒に居るカルラに、初めて嫉妬を抱く。
拗れ捲った末、ラムはルパと共に闇の宇宙に残り、あたるはカルラを連れて地球に帰ってしまった。

丁度その頃、サクラの占い水晶玉には、地球が闇に包まれるという暗示が現れていた。

ラムを置いて地球に帰って来たあたる一向。
諸星家では、サクラやしのぶ達も交えて、あたるへの説得が為される。
皆で鍋を突いてる時、ふとランが不思議な茸に気が付く。
喜んで鍋に入れようとする彼女の手を、慌てて止めようとするカルラ。
しかし1手遅く、茸は鍋でぐつぐつ煮られてしまう。

カルラは蒼褪めた顔で話す。

それは闇の宇宙の茸…恐らく胞子が付着してたのだろうと…。
その茸は、熱や光で巨大化、繁殖する特性が有るのだと…。

鍋の中で煮られた茸は――あっと言う間に巨大化し、地球を埋め尽くす勢いで繁殖したのだった。

このままでは地球が闇に覆われる。
「茸を駆除出来るのは、ルパの飼ってる黒豚だけ」と聞き、カルラに連絡を入れさせるも、意地の張り合いから拗れるばかり。
終いには何故か「あたるがラムに好きだと言えば、茸駆除の黒豚を貸してやろう」と言う話になる。

――勿論、あたるは拒否。

此処に至り、ラムは1度たりとも、あたるから「好きだ」と言われた覚えが無いのに気が付く。
意を決したラムは、茸駆除と引き換えに、あたるに再び「鬼ごっこ」の勝負を持ち掛けた。

10日以内にあたるがラムの角を掴めば勝ち。
しかし自分は本気になって、飛んで逃げる。
もしも掴まえたければ、自分を「好きだ」と言え。

更にラムは、期限迄にあたるが自分を掴まえられなければ…つまりあたるが最後まで自分に「好きだ」と言わなければ…ラム達に関する記憶を地球人から消去する決意をした。


振り出しに戻って追う男、追われる女。

ア・ボーイ・ミーツ・ア・ガール――全ては出会ったその日から。

勝負の行方は、果たしてどっち!?




…本当だったら映画4作目が最終になる筈だったけど、出来があまりにあまりだったという事で(笑)、「今度こそ原作に則った最終作を!!」という声がファンの間で上り、製作されたのがこの『完結篇』。
もっとも『完結篇』と銘打ちながら、この後ビデオで何作も続いたんですけどね…。(苦笑)

丁度原作が感動の最終回を迎えた事も、原作回帰の気運を高める材料になりました。
これは自分の想像ですが…原作者高橋氏が作品を終らせようと決めたのは、映画4作目の影響が有ったんではないかと。


「(あの映画を観て)印象的だったのは、あたるが走って世界が再構築される場面でした。」


…こんな様な作者の感想が、当時発行された某アニメ雑誌に載ってたんすよ。
そう考えて最終話を読み直すと、ラムの角が無くなり超能力が失せる等、符合する箇所が多い。

それだけでなく原作最終話からは、作者のアニメに対する反論めいた要素が、多く垣間見られる。(笑)


・角が無くなって超能力が失せようともラムはラム、意に染まぬ相手には凶暴な牙を剥く気の強い少女。
・攫われたラムを救いに、直ちに駆け付けるあたる。(こっから先は映画3作目を思い起しながら、お読み下さいませ)
・ラムの行方が掴めない間、全く女の子に声を掛けようとしないあたる。(余裕が出ると声を掛ける)
・てゆーか露出度の激しいゲストを前にしながら、全くよろめかないし。
・記憶喪失装置を作動させようとするラムに、「帰りたかったら自分だけ星に帰れ!!あたいは地球の奴ら、結構気に入ってたんだ!!作動させてみろ…てめェとは縁切りだァー!!!」と叫ぶ弁天。
・「お前と別れるのなんか、悲しないけどな…さいなら…。」と、眠ってるあたるに向け、涙零して別れを告げるテン。
・「忘れるもんかーーーっ!!!」


…この中で弁天とテンの台詞は、自分、特に嬉しかったです。
元はラムを通してだったとしても、今やラムを抜いた個人的繋がりにまで発展してるんだなって。
そりゃそうだ…ランちゃんなんか、友引高校に入学までして、ラムとは別の友人関係築いてるんだから。
それぞれ地球の奴らから忘れられたくなくて、記憶喪失装置を停止させようと頑張ってる姿には、感動を禁じ得ず。
それと珍しくラムが怒られた事に、新鮮な驚きを感じた。(笑)
実際今回の彼女の行動は、怒られるべきだと思うのよ。
自分だけでなく、自分の周囲に居る人間の記憶まで、地球人から失くそうとしたんですから。
ついでに皆から忘れられちまったら、堪ったもんじゃない。(笑)


…いいかげんアニメ映画の話をしましょう。(汗)

感想としては、「原作最終話の感動を再現してくれて有難う」っつか…。
ただ忠実にアニメ化したんじゃなく、挿入したオリジナルシーンも、ちゃんと話の盛上げに役立ってたし。
ラストのあたる回想シーンは、感動の涙流して観ました。
原作者が泣いて喜んだのも解ります。

監督を務められたのは出哲氏。
アニメ『キャプテン』等、地味ながらも、原作の持つ魅力を引き立てる仕事には、定評の有る方です。(実はあの出統氏の弟さんだったり)
氏曰く「原作ファン、アニメファン、その両方のファンを納得させられる様に、映画を作った」との事…思惑は成功してたと思います。
原作がどうの言う前に、1本通して素直に「面白い」と思える作品なのですよ。
…そういう「うる星」映画は、考えてみれば、今迄あんま無かったかもしれない。(笑)

あたるファンとしては、あたるが格好良く描かれてるのが嬉しかったです。(笑)
ラムを始めとした女の子はどんどん綺麗になるも、あたるはズッコケた絵で描かれてばっかだったからね~、それはそれで愛嬌有って好きでしたが…自分も女ですから。(照笑)
何より嬉しかったのは、学ランの下がちゃんとシャツだった事。
我侭言って申し訳無いですが、あの赤トレーナー、どうしても嫌だったんですよ…。(汗)

原作ではカルラが茸を「鍋の具材にしてくれ」と提供する。
「光と熱で茸が巨大化する」と解っててやるのは「?」と感じてただけに、「付着してた茸をランが見付けて入れた」と変更したのはナイスだったかと。

原作にだっておかしい点が無い訳じゃないですから。


毎度『ワンピ』を例に挙げて申し訳無いが(御免、今嵌ってるのそれだから)…

「ルフィの爺ちゃんに攻撃されてる最中、悠長に船の名前を考えてるクルー」の場面とか。

コマ送りの漫画では深く気にならなかったのですが、連続した時間の中で表現するアニメだと、「そんな暇無いだろう。てか何で攻撃休んでんだ爺ちゃん!?実は盗聴してて配慮でもしてくれてんのか爺ちゃん!?」なんて気になっちゃう。(笑)
「逃げてから船の名前を考える」展開に変えても良かったんじゃないかとね。
そんでかつての懐かしい人々出す場面は、回想シーンも入れて丸々1話使うとか。

週刊漫画の1話分をそのまんまアニメ化すると、約10分で終ってしまうんですよ。
とするとアニメ1話で進むのは、原作2~3本分の計算になる。
所で漫画は、連続した話だとしても、1回につき1本の軸が設けてある。(のが普通)
原作2~3本をただ繋いで作れば、1話の中に軸が2~3つ出来て、不自然な作りになってしまうでしょう。
それを避けるには、1度原作をバラして軸を1本に決め、再構成する必要が有る。

…原作をアニメ化する難しさは、そこに有るんだろうなぁと。


――話を戻して。(汗)


ロボットを出動させる面堂には笑った。
BGMがかつてのプロ野球ニュース調なのが細かい演出。(爆笑)

倒れたあたるに皆が声援を送るという、さながら熱血スポ根アニメの様な演出は、観ていて照れた…。(流石元『キャプテン』の監督)
もっともこれは好みの問題ですがね。(笑)

そしてあの回想シーンに入る訳で…。

噂ではあのシーン、描いたのは西島克彦氏らしい。
言われてマジマジ観れば、何となく絵が似て思える。(見事に修正入ってるので、判断難しいが…)

面白いな~と感じたのは、「原作通り」を目指しながら、回想シーンの多くがアニメオリジナル話だった事。
設定集見る限り、最初から予定してたらしく…だとしたら不思議…原作通りに作るなら、アニメ版「ときめきの聖夜」じゃなく、原作版「君待てども」で設定し直しそうなものだけど。
「君去りし後」だって、ラムが制服着てる点から判断するに、アニメ版からって事になる。(や、細かい事言えば、アニメ版とも制服違うんだけどね…あれは指定ミス?)
原作から抜き出したシーンって、「夢の実」と「腕相撲」ぐらいじゃないですかね?
そういやあ、友引高校もアニメ版のままだし。(これは単に美術設定し直すのが面倒だったからかもしれんが)

……この辺り、ちょっとだけ理由を訊きたかったですね。(笑)

なぞと意地の悪い興味は置いといて(汗)…本当にこの回想シーンには感動しましたよ。
正に最終回に相応しい盛り上りでした。

残念だったのは…あたるがラムの角を手放した事かな。
あの角はあたるにとって、ラムの「代わり」。
だから手放さず、ずっと持っていた筈なのに…失礼ながら、読み込み不足に思えました。

後ラムの「忘れたくないっちゃ!!」と言う台詞は、聴いてて「お前がやった事じゃないか」と感じてしまったり。(いやおかしいだろう、脚本家の方)(苦笑)


んでも「うる星」の映画の中で、自分はこの5作目と2作目が最も好きです。
「キャラ皆を活躍させよう」という姿勢が窺えたのが先ず嬉しい。
1作目もそういう意味では面白いんだけど、ラムが悲劇のヒロインしてるのがちょっと…。(汗)
あれだけ活躍してたメガネら4人組が、5作目で出番少なくなっちゃったのは寂しかったけど…でも一応出してくれたしね。

本当に感動した。
けどこの映画が成功したお蔭で、アニメうる星は原作に縛られて動けなくなっちゃった様な気もするのだ。

原作が1番で、アニメは格下。

私は漫画原作の『うる星』も、アニメ版の『うる星』も、両方好きです。
どっちも下に見られたり、否定されたりするのは、ちょっと哀しい。
かつてこんな事書いた自分が言うのも何ですが…。(苦笑)

…原作付アニメについては、来年『めぞん』の章にて、引き続き話す予定。(汗)




【おまけ:いつだって・マイ・ダーリン感想】

…書くの止めようかと思ったんだけど……無視するのも失礼かと考え直して少しだけ。(汗)


1991年11/2――「アニメうる星10周年記念」という、よく解らん理由で公開された映画。


製作はキティ・フィルム、実制作はマッドハウス。


1作目、3作目、5作目と同じ脚本家(しかも今回は何故か旦那様も参加)が書いた話だからか、1作目、3作目、5作目を混ぜて作った様な話で御座いました。
5作目は原作が有ったから良かったけど、他は皆ラムが悲劇のヒロイン。(苦笑)
沢山キャラ出してる割には、ラム以外あんま活躍せず、ただ騒いでるだけにしか思えないという。(汗)


「全部、全部うちが悪いっちゃ!
 うちがダーリンに惚れ薬なんか飲ませたから…!
 うちの責任だっちゃ!
 うちはダーリンに嫌われても仕方ないっちゃ!
 でもダーリンだけは…ダーリンだけは、絶対に元に戻すっちゃ!
 絶対に…!」


この台詞が話の全てを語ってると思う。(↑)(苦笑)

評判悪かったみたいだけど、作画は悪くなく感じられた。
てゆーか少ない予算の中で、作画は良く頑張ってましたよ。
『カードキャプターさくら(1998年放映)』でキャラデザ&作監した方が作画を担当してるんですが、元気良い絵で私は嫌いじゃないです。
話が良ければ傑作になってたかも……そう考えると、涙。

それまで根強い人気を誇ってたうる星でしたが、この映画が大ゴケしたのと、セーラームーンブーム(1992年3月~)が起った事からファン離れが加速し、未練たらしく続いてたビデオシリーズも、漸く終焉を迎えたのでした…。

……いいかげん目を覚まさせてくれた意味では、良かったかもしれない。(笑)


アニメってのは、沢山の絵を繋ぐ事で、作られてる。
連続して見えるけど、元は全て1枚の絵なのです。

…制作の裏側にまで興味を持たした、実験的TVアニメで御座いました。



といった所で、高橋留美子先生、誕生日おめでと~~♪


原作者の誕生日祝にアニメの話するのも失礼な気がしますが(汗)……原作漫画の話はまた何時かしようと考えとりますんで。(←まだやる気らしい)(笑)

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6 コメント

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とりあえずお疲れでした。 (urouro)
2007-10-10 22:21:12
怒涛の濃い濃い内容(笑)ご苦労さまでしたm(_ _)m

でも本当にうる星に対する「愛」を感じますね。
実は高校生のときにうる星マニア(笑)がいましてさんざん熱っぽく語っていたのを思い出しました。

そのとき視聴覚室でよく部活と称してみたのが「ビューティフル・ドリーマー」でした。
(年代バレバレですね。いまさらですが)

今見てもうる星というより押井アニメですよね。
パトレイバー(一作目)につながるような所が色々あるし・・

でも当時は単純な自分は最後に夢落ちかい!!といっていましたが・・・(汗)
まぁ夢でなければあんな世界はありえませんけど。。

それでは次回作楽しみに待っています。


有難う御座います。(笑) (びょり)
2007-10-11 22:01:00
私も高校の頃、視聴覚室で「ビューティフル・ドリーマー」観ましたよ…倫理の授業中、教師に薦められて。(笑)
「こんだけ無茶苦茶やってる映画は無いぞ~」って…その先生、それまでアニメ映画は観た事無かったそうなんですが、同時上映の『すかん○んウォーク』観に行ったら、こっちの方が面白かったそうな。(笑)

今思い返すに、不思議とオタクの多い学校でした。
お蔭で楽しい高校生活でしたよ。(笑)

私は『BD』もうる星っぽいなと感じます。
ああいうのも懐に入れてしまう奥深さが、うる星には有る気がするんで。
あの映画が押井氏の原点なのは確かでしょうね。
夢落ちなんだけど、夢落ちじゃない(夢から覚めたかどうか不明だし)…不思議な映画で御座いました。(笑)

コメントどうも有難う御座いました~♪
映画感想 (院長)
2009-04-28 20:00:57
読ませていただきました。今頃コメントしてもどうなるものでもないですが、ラムの「忘れたくないっちゃ」は本音というか、葛藤を表現しているのでしょうから、脚本家の人を許してあげてください(笑)。
初めましてv (びょり)
2009-04-29 14:24:24
許さない訳じゃないですが(笑)…仰る通り葛藤を表現しての台詞なのでしょう。
しかし、映画3作目といい、因幡くん話といい、完結篇、いつだってマイダーリンといい、この方が書くラムは己の気持ちをベラベラ喋り過ぎるきらいが有り、それ故個人的に減点してしまうのです。
せめて独白にするとか…言葉に出さない方が、一層強く気持ちを表現出来るだろうにと。

改めてきつい感想を書いてしまい、御免なさい。(汗)
けれどこの完結篇は好きです、大好きなのです。
あたるが「忘れるもんかー!!!」って叫ぶ所、観る度に感極まって泣けてしまう。
歴代うる星映画の中では、素直に観て楽しめる点で、1番の出来じゃないかと考えています。

コメントは何時でもOK、とても嬉しかったですv
どうも有難う御座いました♪
完結編 (フィリップ)
2009-10-07 23:42:33
うる星やつらのTVシリーズや映画の感想をとても興味深く拝見しました。
現場におられた方の感想だけあって、さまざまな内情を知ることができ、改めてあの時代を思い返しています。今さらこんなメールしていますのは、フジテレビ739でうる星やつらの再放送をしていて、20年ぶりくらいに見ているうちにまたハマってしまったからです。原作を読み返したりして、再びこの作品について考える機会があったときにこちらのブログを発見して、とても面白かったのでコメントさせていただきました。

それで完結編のことを少し書かせていただきたいと思います。このお話を私はそれほど好きではありません。というより、完結編のあたるがあまり好きではないのです。私は男なので、あたるの浮気心というのは理解できるのですが、完結編におけるあたるはあまりにも狭量すぎて理解できないのです。あたるはラムが好きだけど、縛られるのが嫌で(というかラムにやきもちを焼かせるためといえるほど)ほかの女の子にばかり優しくしたり言い寄っています。そしてあたるは自分自身が悪いことをしている、もしくはラムにいつか嫌われるかもしれないということを多少なりとも自覚をしているはずです。だから、ラムが突然うるさく言わなくなると不安になったりもします。でも基本的にはラムがいつも自分だけを好きでいてくれていることも自覚しています。なのに、ラムを迎えに行って、コピー人形に一度断られただけでヘソを曲げてしまいます。「お前は今までラムのことをどういう女だと思っていたんだ?」と個人的には怒りにも似た感情が湧きました。どんだけ金○の小さい男なんだと(失礼)。あたるって、こんな男だっけ?っていうがっかりした気持ちでした。今まで自分がやってきたことを考えたら、今回のような究極の場面ではコピー人形と分かった時点で素直に謝りに行くか、それに代わる対応をしろと(もちろん、そうなると話が終わってしまうのですが)。しかもさらわれたときの状況やそれまでのラムの態度、行動を考えれば、不自然なことにすぐ気付きそうなものです。ラムの「ダーリンはうちを、ぜんぜん信用してなかったっちゃ」という気持ちはとてもよく分かります。私は友人にあたるとまではいかなくてもそれにかなり近いヤツは何人かいるのですが、そいつらはやはり究極の場面というか、イザというときには自分のほうから動いて心からの対応をします。やはり自分がやってきたこと、相手にしてもらったこと、相手の想いを十分に理解しているからです。あたる好きとおっしゃっているのに悪口ばかり書いてすみません。私はあたるのことが嫌いではないのですが、完結編に限ってはどうも気に入らないのです。

映画のデキについて文句はないのですが、原作のそのあたりの部分が大きく引っかかってしまいました。女性と男性では見るポイントが違うんだなと改めて感じた次第です。やはり男ですからラムに同情的に見てしまい、記憶消去についてもあまり感じるところはなかったのですが、その部分は確かにラムの身勝手なところだと思います。

それとツノを落とす場面ですが、これは最終日の夕方で、もうタイムリミットが迫っていました。ツノを落とさなければあたるは一体どうするつもりだったのでしょうか?  ツノを落とす前に「忘れるもんかー!!」と叫んだところから考えると、記憶喪失装置が作動しても忘れないと信じていた、もしくは思い込もうとしていたということなのでしょう。あたるの気持ちがほとばしる名場面なのでしょうが、こいつは何の作戦もなく「好き」だとも言わずにただ闇雲にラムを追い回して、その結果、何が起こっても信じてさえすれば構わなかったのでしょうか。私にはそれがよく分からないのです。
ツノは個人的には落としたままでも拾っても意味としては大きな差はないのではと思いました。ツノはラムの分身なので、確かにこれを落としたままにしてしまうのは違和感があります。ただ、ラムに見えるところでツノを落とした時点で、それはラムにとって、あたるが「好き」と言ったのと同じ意味を持っていたと同時に、あたるにとっても「好き」という気持ちをラムに伝えたことを意味していると思います。そのことをあたるは理解したのではないでしょうか。そうすると、分身であるツノはもう必要なくなるため、放っておいて本物を捕まえに行ったのではないかと解釈できるのではないでしょうか。原作のツノを拾うシーンは、分身を拾ったというよりも「好き」という本心を隠そうとしたということだと思っています。まぁ、それでもツノを拾うのと、そのままにするのとどちらが良いかというと、やはりそれまで思いを込めて大切に持ち続けていたものですから、心情的には拾うほうが適切ではないかとは思います。

長々と書いてしまってすみません。文字数が多くなりすぎてしまったので、表示していただかなくて構いません。細部まで目の届いた深い洞察に感心しながら楽しく読ませていただきました。
有難う御座いました! (びょり)
2009-10-10 15:36:48
初めまして!
昔の漫画&アニメ作品の感想は、中々貰え難いものなので、これだけ長く深く綴って頂き、とても感動してしまいました。
フィリップさんに敬意を表して、再度「完結篇」について、自分の率直な感想を述べさせて頂きます。

その前に「あたるの浮気」について――私にはあたるが浮気をしてるようには思えないのですよ。(笑)
前半はまだしも、後半になってからの他女の子へのちょっかいは、殆どラムの前で行っている点から考えて、あれは浮気と言うより、ラムの反応を楽しんでるだけだろうと。
そもそも住所と名前と電話番号訊き回ってるだけで、本気で付き合おうとはしとらんじゃないですか。
珍しくナンパが成功して女の子とデートしてても、ラムとのデートが気になって、喫茶店に引っ掛けた女の子置いて来ちゃうし。(29巻電飾の魔境篇より)
他の女の子にばかり優しくしてるようで、実際にはラムに1番甘い奴だと感じます。
真の浮気、それはむしろ響子さんを愛してると言いながら、裏でこずえちゃんと付き合ってる五代君の様な行動を指すのではないでしょうか?
そんな訳で自分は巷で聞かれる五代=純愛説の方こそ首を傾げてしまいます。
…と書いたらめぞんファンに怒られてしまう…以前に論点ズレ捲りですが。(汗)

で、此処から「完結篇」の話――あたるがラムに最後まで「好きだ」と言わなかったのは、本人も言ってますが、「嘘か本気か判らぬ状況で言いたくなかった」からでしょう。
それこそ自分の本気を疑われて怒ったラムと同じく、あたるは「嘘でも良いから言って欲しい」と、己の本気を信じてないラムに怒り、意地を張り通したんじゃないでしょうか。
「似た者同士のお似合いカップル」、そんな留美子先生の声が、作品を通して自分には聞えました。(笑)

ただ「完結篇」については、自分も正直な所蟠りが無くもなかったり。
フィリップさんの「あたるってこんな奴だったっけ?」って疑問は、かなり鋭いと思います。
長編になるとキャラの性格が段々変化して行くものですが、作品の都合上あたるは大きく分けて3段階にキャラが変化しています。
最初は極めて不幸の星に生れた普通の少年、中盤は天下御免の浮気者、そして終わりにかけてはツンデレ野郎…
多分留美子先生は29巻辺りから終わりを意識して描いてたのでしょう。
その頃からラムがあたるに「好き」と言えってせがみだし、あたるは「言ってたまるか」と意地張り出したので。
最終回での「好き合ってるのに素直になれない2人」は、さながら少女漫画に登場する恋人同士を見てるようでした。
この漫画をラブコメとして終わらせる為に、留美子先生はあたるを「ツンデレ」な性格にシフトされてったんではと。
だからあのあたるは「あたる」で在って、それまでの「あたる」ではない…例えるなら「綾波2号」と「綾波3号」位の差が有ったと思います。(何だその例えは?)
「うる星」の魅力はラブコメだけじゃないと考えてた自分には、この纏め方は正直気に入らなかったけど、一方でラブコメとして終えるのが、大勢のファンが納得する最良のラストだったとも考えます。
何だかんだ言っても、ラスト5頁は漫画史に残るベストシーンですよ。
多分一生忘れません。
そして大人になった今、あのラストシーンは、留美子先生の「生涯ラブコメ漫画家宣言」でもあったんだな~と感じてたり…。(笑)

こちらこそ深い洞察文を有難う御座いました!
お陰で自分も改めて作品を見返したくなりましたよ。(笑)
「うる星」は私の根っ子になってる作品なので、多分何時かまた語る事も有るでしょう。
お目にかけました際には、またお付き合い宜しくです。(笑)

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