瀬戸際の暇人

もう台風は勘弁…

桜橋~神田川の源流を訪ねて~その7

2019年04月16日 00時37分54秒 | 旅の覚書
前回に続いて神田川を遡り、架かる橋を訪ねて行きます。
高速道が覆ってる間はサクサク参ります。


●下流から数えて24番目の橋…古川橋 
橋のたもとに昭和の古い建物が建ってます。

 
石切橋から上流に江戸川橋まで、橋の色が白に統一されてます。
カラーリングが面倒臭くなったとか…?


↑古川橋下流側の眺め。


↑古川橋上流側の眺め。

●下流から数えて25番目の橋…掃部橋 
一発で「かもん」橋と読めた人は凄い。
何故この橋名になったのか、由来書きが側に無かったので不明。
昔は「加仁橋(かにばし)」と呼ばれたりしてたそうなので、それが次第に変化して行ったのかもしれません。
メトロ江戸川橋駅最寄りの橋。

 
心霊写真ではなく、個人情報保護を目的に、顔を隠してあります、念の為。(汗)


↑掃部橋下流側の眺め。


↑掃部橋上流側の眺め。

●下流から数えて26番目の橋…華水橋  
「はなみずばし」…訓読みだとイメージダウンに繋がると思うんですが。(汗)
「かすいばし」では駄目なんでしょうか?


ここら辺の橋は比較的最近付け替えたのか新しめです。


↑華水橋下流側の眺め。


↑華水橋上流側の眺め。

●下流から数えて27番目の橋…江戸川橋 
神田川の下流域を昔は「江戸川」と呼んでたそうで、それが橋名の由来になったのでしょう。


↑江戸川橋下流側の眺め。


↑橋の上は車も通る大通りになっていて、上流側へ行くには交差点を渡らなくてはいけません。
上流側は桜の名所「江戸川公園」に繋がっており、春は大勢の人で溢れ返ります。


↑その江戸川公園への(江戸川橋寄り)出入口、去年の春は工事中でした。

 
↑綺麗に整備された今年の(江戸川橋寄り)公園出入口。
ただ去年まで花見のテラス席だった位置にトイレが出来たのはガッカリ…他に設置可能な場所無かったのかな?

 
↑江戸川橋上流側の眺め、下流側の眺めとえらく違う。
デスクトップPC画面で観た場合、朝撮ったのが左で、夕方撮ったのが右の写真です。
下流から歩いて来た場合、江戸川公園より遊歩道がスタート。
ここから38番目の源水橋まで桜の花見を楽しめます。


↑江戸川橋の下、大きな口を開けてるのは、「江戸川橋分水路」呑口。(写ってないけど右側にもう1つ在ります)


↑江戸川公園側の岸は高速道の天井から解放されるも、対岸は次の一休橋まで覆われたままです。
しかし遊歩道は敷かれていて、こちらから対岸の桜並木を眺めるのも悪くない、花見の混雑を回避出来るメリットも有。

●下流から数えて28番目の橋…一休橋 
ここらの遊歩道に架かる橋の内、この一休橋と駒塚橋のみ親柱が無い。
橋名パネルを設置しただけじゃ可哀想なので、一休橋と駒塚橋にも立派な親柱を造ってあげて欲しい。

 
↑渡る為の橋ではなく、ギャラリーの為の撮影スペースって雰囲気。


↑一休橋下流側の眺め。
江戸川公園の対岸は、相変わらず首都高速道に覆われています。


↑一休橋上流側の眺め、上の首都高速道が逸れるまで後少しの辛抱。


↑ちなみに江戸川公園側の岸の方が高い為、こんな風に対岸を見下ろす形になります。
奥に写るのは早稲田鶴巻町交差点、付近には黎明期の漫画雑誌等を読める、明治大学「現代マンガ図書館」が在ります。
図書館の設立者である内記稔夫氏(元館長:故人)のコレクションを、明治大学漫画研究会が受け継いだ形になりますか。
このブログで古い漫画の記事を書く際に大変お世話になっております。

●下流から数えて29番目の橋…大滝橋 
赤煉瓦風の親柱がモダン。
江戸川公園内に設置された由来書きによると、昔はこの辺りに神田上水の堰が在ったそうです。
「大洗堰」と呼ばれ、風光明媚な江戸名所として知られていたとの事。
その堰から落ちる水を滝の流れに譬え、付近に架かる橋を「大滝橋」と呼んだらしい。
昭和12年の神田川改修工事で堰は失われ、碑文のみが現存するのみだそう…どんな景色か観たかったなあ。

 
江戸川橋~大滝橋までの(上流向いて)右岸が江戸川公園の敷地。
毎年桜が咲くと町内会が大滝橋のたもとで屋台を出し、周囲に焼きフランクや焼きそばの匂いが漂います。
桜の開花が近付くと、公園内にビニールシートを敷いての場所取りが始まる、その静かな戦いの様子を観察するのも面白い。


↑大滝橋下流側の眺め、漸く両岸とも首都高速道から解放された。


↑大滝橋上流側の眺め、右岸の方が高くなってるのが解る筈。

 
↑江戸川公園の対岸、一休橋~大滝橋間の桜トンネル。
背後に写るのはホテル椿山荘東京の建物。
付近には桜並木の遊歩道以外にも、観るべきスポットが多いです。

☆大滝橋~駒塚橋間の立ち寄りスポット…ホテル椿山荘東京
 
江戸時代に上総久留里藩主、黒田豊前守の下屋敷が在った敷地に、明治時代の軍人であり政治家だった山縣有朋が、「椿山」の地名に基づき、本邸「椿山荘」を建てたのだそう。
昭和に入り、椿山荘は結婚式場を経て、高級ホテルに生まれ変わりました。
山縣有朋が粋を凝らし造園した庭が美しいと評判で、桜や紅葉のシーズンには大勢の見物客が訪れます。
茶室に古井戸、稲荷神社に三重塔まで在る庭園は、インスタ映えする事確実、今回は時間の都合により立ち寄れず残念です。
昔の金持ちはやる事が大きいですね。
桜の並木道の背景に椿山荘の和の建物が映えます。

☆大滝橋~駒塚橋間の立ち寄りスポット…関口芭蕉庵

こちらも今回は門が閉まっていて、実際には立ち寄れなかったのですが(汗)…江戸時代の俳人である松尾芭蕉が、神田上水の改修工事の際に住んでいた住まいを、後世の芭蕉ファンが復元したとの事。
初代の建物は太平洋戦争で焼失したそうで、現在の物は2代目に当たるそう。
椿山荘の庭園ほど広くはないですが、こちらの庭も春には桜が咲いて美しいです。
庭園内の小山を登れば見晴し最高。



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