チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

きものは皮膚の延長

2025年01月16日 09時40分52秒 | 日記
きものを纏うことで健康が維持されていることを確認できる一週間であった
そしてきものは皮膚の延長であることを認識
その場合は下着からすべて自然素材、特に絹である必要がある

そう絹の成分はたんぱく質必須アミノ酸16種類
これは人の皮膚と同じだそうだ
「親和性」があるというのはこのことであろう

絹を身に着けると皮膚が喜ぶと同時に精神が安定する
そうやって日本人はきものを着て過ごしていたのだろう

よくよく考えると「きもの」の形はすべての万人みな同じ
こういう衣服が他の国にあるだろうか?
この形は平安時代から続いている
しかも男も女も同じ形、袖つけなど微妙に違うところがあるが、大筋は同じ

ずっとたちっぱなにで、しゃべりっぱなしの二日間が終わり、関西まで往復してきた。それも講演だから立ちっぱなし、しゃべりっぱなし
それらを着物は守ってくれて疲れはない
絹のすごさにいまさらながらこうべを下げるのみ
先祖がこのような完璧な衣類を考案してくれたおかげだ

きものの商いをしている方はもっと誇りを持つべきだ
その誇りは日本を愛することに通じる

明治に入り西欧の文化が最もいいと感じた人々が、日本人の本質、日本の國の風土など省みず、よその文化を取り入れ身に着けることが「進歩」であり「文化的」と思いこんでそれに邁進し、本来の日本人の文化を捨ててきたし忘れてきた

きものを着続けていると日本人のすごさが認識できる
やはり本年もきものを十いsて日本を語っていこうと、今朝着物をたたみながら改めて思った

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

先約を尊ぶ

2025年01月10日 08時55分36秒 | 日記
昨日の話だ
お世話になっている上場会社の営業マンが、20代の若さで係長になったというので、かねてから行きたがっていたレストランを予約した
ここはほとんど予約のとれないところで、幸運にもこの度は取れた
大喜びの若き係長だったが
予約の時間の一時間前に電話をよこし
「新しいクライアントとの仕事が入り行けません」

美味しいしお店だしあのガーリックトーストとワインという組み合わせはいいなあ、一人でも行くかなと迷ったが、基本的にレストランで一人食事という勇気がなく、生まれてこの方一人で外食をしたことがないという弱虫

断るのは早い方がいいと思い電話をする
ペコペコ電話口で頭下げながらキャンセル
「大丈夫ですよ今年もどうぞよろしく」とマダムは優しい

電話を切ったらすぐ件の係長から電話
「やはり行けるように手筈しました、僕は初めの一時間いてあとは別のものに頼みます、もう断ったのでしょうか?」(はなからそうしろよ)

「はいもう連絡しました」
「もう一度行きますといえないでしょうか?本当に行きたかったんです」
「もうお断りしたのでね、またの機会にご招待します」(甘ったれるんじゃあねえよ)

イエイいえい!
いえたねえチャコ
そうチャ子ちゃん先生は甘いから
「そうよかったではすぐ電話しましょう」と言っちゃう人

その甘さにずいぶん付けこまれたな

基本的にどんなことがあっても私は先約は守る、そこに計算はない
何が大事かというと「人との縁」
通り一遍の付き合いは時間がもったいない
縁あればその縁を磨いていきたいと思う


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水仙の葉

2025年01月09日 10時03分24秒 | 日記
水仙が咲き始めた
水仙の手描きの帯と刺繍の帯があるのだが、この水仙の帯をする季節がつかみにくい
冬至が過ぎてすぐ締め始めるのが一番いい季節の先取りなのだが、気持ちの中ではお正月を迎えてからの方がしっくりくるような気がしている。そのため毎年締め忘れてしまう
今年こそはと思ったけど、もう花屋さんにも公園にもそしてわがベランダにも花が咲き始めてしまった

水仙はまっすぐ立っているので、描く方もむつかしいらしい
というのは曲線がないので図案に苦労するという。なんとなく構図がとりにくいらしい
水仙は花も香りも素晴らしく好きな花
しかし水仙の葉は怖い
水仙の葉とねぎの葉を取り違えて食べさせられたことがある

「ネギってこんなに硬かったかしら」
と細かく刻んだ葉を食べてみたら、なんと3分もしたら吐き気を催した
すべて吐いて
「なんで?」
と思ったら一緒に口に入れた人たちも一斉にトイレに駆け込んだ

犯人はすぐにわかり水仙の葉となった
暗闇の中でネギの葉と思って切り取ってきたのが水仙の葉であった

吐いたことですべてが解決したのだが
あの美しい花を持つ水仙にこんな毒素があるとは微塵も知らなかった
それ以来友人知人に
「水仙の葉だけは食べない方がいい」
と話すのだが
「そんなのわざわざ食べる人の方がおかしいわよ」と一蹴されてしまう
確かにーーわざわざ食べようと思う人はいないだろう
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

美少年も老人になる

2025年01月08日 09時21分24秒 | 日記
美少女も美少年も老人になる
当たり前なのだがなんだか寒い気がする
この寒いという感覚どう説明したらいいのか

何年振りかに高校時代の同級生たちにあった
こういう会はあまり興味がなかったのだが、熱い熱い誘いに乗ってしまった
私以外はよく会って一緒に旅行にも行っているらしく、それぞれ同時期に老いているので和気あいあい、もう家族のように楽しく酒を酌み交わしている
いい雰囲気
70年の交友だもの家族よりよっぽど近い、人によっては幼稚園からというので80年の付き合いか
この会は50年以上続いているらしい
一人かけ二人欠けと毎年人が少なくなっていく、それも道理だ。だから新しい人を誘う

私が東京で暮らすようになった時父が
「同郷の人との付き合いは浅く、新しい人たちと大いに付き合うといい、それぞれ育った土地の文化に触れられるから」
と送り出してくれた
その言葉もあるが新しい友人たちとの交友の方が楽しかったし、春休み夏休みは、遠くの地方の友達のところに遊びに行き、そこの文化に触れる喜びを味わった。父も喜んで小遣いを増やしてくれたりもした

そうやって大人になったので、高校の友人たちとはごく限られた人としか交友がなかった
しかしどういうわけか美少女が多く、また美少年もたくさんいた
後に雑誌の仕事をするようになり、女優や男優にあっても、この人たちより同級生の方がはるかに美男美女だよな、なんて心の中で思ったものだ

だからいきなり老けた美少年美少女にあって心が揺れた
面白いもので話していると面影が出てきて、始めのショックは揺らいでいく
トイレに入り自分の顔を鏡で見て「私も十分老女だわ」と納得して話の輪に入っていく

老いたからなお心開けて話せる仲間がいとおしいのかもしれない


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は人日

2025年01月07日 10時46分47秒 | 日記
五節句の始まりの日一月七日
おかしいよね
五節句は奇数の数字が重なる日とされている
ちなみに三月三日上陽の節句 五月五日端午の節句、七月七日七夕の節句 九月九日重陽の節句
と奇数を陽と考えるなら、一月一日を節句にしてほしい
と調べていたら、どうも江戸時代に一月七日を五節句の始まりとしたようだ

なぜ?
この日七草かゆを食べて体を休める
それはいいことだと思う、正月の暴飲暴食を戒めるのは持ってこい
この七草は三が日が過ぎると花屋で売り出している
秋の七草はいえても春の七草は言えない
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ
漢字もむつかしいが現物も言われなければならない
「胃」と「歯」にいいものばかりなのだそうな

歯といえば歯の手入れ不足はすべての病の元になるのだと教えられている
しかし歯医者ほど不愉快なところはない
ありがたいことに人生の終わりになって歯の名医に出会った、しかも昔からすぐ近くで開業をしていた。灯台下暗し

友人にも紹介したら
「こんなすごいセンセイであったことがない」と二時間かけて通ってきている

肩が凝ったり、片頭痛の元は「歯」の処置が悪いとそうなるのだそうな
入れ歯でもきちんと入れておくことで歯の働きは順調だという

七草粥に歯の保護をする要素が入っているなんてありがたや

そうそう元旦から始まる動物の占いで七日目がヒトの占いだというがよくわからない
とにかく今日は七草かゆをいただきましょう

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

救助犬のお正月

2025年01月06日 08時56分13秒 | 日記
穏やかなお正月を過ごせてよかった
いろんなことが明るみに出る、いやもう出ている
それに動かされることなく
「自分軸」を持っていることが一番

その「自分軸」って何だろうと考える
それは自分を信じることだろう
自分がやるべきことがちゃんとわかっている
そういうことかもしれない

ここのところ毎年「救助犬」を育てているお家で新年会をする
人助けのために訓練された犬たちは
仕事がないと寛いで本能丸出しの犬になって甘えたりヒトの食べているものを欲しがったりする、だからよけい可愛い

救助犬の訓練場所を見に行ったら、急のはしごや、荷物が散乱した場所、またくぼ地などがありそこで激しい訓練をするらしい
その訓練場所のはしごはどうも怖くて上がれないとチャ子ちゃん先生は躊躇していたら、救助犬の一匹が
「こうやってあがると怖くないよ」
とまるで手を引くように丁寧に上がり方を教えてくれる

涙が出るほどうれしいのといじらしいので、頭をなぜていたら「キス」してくれた
「このお正月はあなたたちの出番がなくてよかったね」
と話すと澄んだ目を向けて首を傾け同意してくれる

この子たちは自分がどういう立場にいるのか、何をするために生きているのか、そこをちゃんとわかっている
助ける時の目と動き
甘える時の体の動きや目の優しさ
ちゃんと使い分けているところがまたいじらしい

濁流の中で人を助けた、土砂崩れの中に入って人を助けた、瓦礫の中から人を引っ張り出してきたなどなど勇姿の話をしていると、じっと耳を傾けている

この子たちが一番自分軸をしっかり持っているのかも

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

輪島塗の市中祐佳さん 2

2024年12月31日 10時23分15秒 | 日記
市中さんの命を持ち去った一年目が来る
元旦から今日まで
食器はすべて市中さんの輪島塗で終わらせた
「もう作るものないね」
と言われるくらい市中さんの古代朱塗りにこだわった

「この色はもう僕で終わりになる」
とポロリと語った言葉を耳にして何もかも市中古代朱色にしてしまった

お盆、重箱、文箱、書類箱、裁縫箱、硯箱、お茶碗、お湯のみ、お汁茶碗、大皿、ラーメン用(笑)のお椀、小皿、おせちセット、手鏡、お薄茶碗、棗
40年強の付き合いで輪島に行くたびに注文していた
御湯飲みなどどんなに熱いお茶を注いでも外側は冷たく持ちやすい、どうしてこういう芸当ができるのか
「それが塗りの良さなんですよ」

「荒々しく使ってね」(中谷さんにはわざわざ言う必要もないけどと顔が笑っていた)

と言われていたので日常に使えるものばかり、そしてちょっと欠けたりしたらすぐ送って修理をお願いした
一昨年、お盆が欠けて修理をお願いしたら
「もうこれ最後にしてね、体力的に修理に時間がかかるようになって」
と話された
「うわー大変大事に使う」

ほんとうは大きな座卓が欲しかった、大きな花瓶も注文していて、デザインが決まらないうちにコロナ騒動で、全く輪島に行けず、そのうち諸般の事情で、多分支払い不能になりそうな感じになり、その話はうやむやにしてしまった

本人は職人という姿勢だったけど、出来上がったものの美しさは芸術家の感性
昼行くと、朝市の入り口に店を構える、日本一美味しいミルクコーヒーの店でおしゃべり、一泊するというと夜はおいしいお酒で語りあかす

今朝も古代朱の湯飲みで静かに茶をすすり、この一年を振り返っている
市中さーん会いたい!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

江戸は快晴が続く

2024年12月30日 10時10分15秒 | 日記
もともと江戸は地域的に住みやすい
関東平野で遠くに秩父連山そして近くに東京湾さらには川が多い
適度の乾燥と湿気があり雨もほどほど雪ももまたしかり
江戸に都を移したのは諸々の事情があったが、結果オーライなのではないだろうか。江戸の野菜もおいしい、小松菜、大根や茗荷ちょっと足を延ばすストネギやイモ類、そして東京湾で作るアサクサノリや魚の数々、シジミやアサリもおいしかった

近隣の野菜が簡単に手に入り、総武線は「千葉のおばさん」の専用列車と化していた
昭和40年代は農薬もあまり使っていないので、新鮮な野菜がいつも手に入った。今頃の季節は杵うちで作り上げた餅も、おばさんの籠にあった、頼めば鏡餅も作ってくる
お昼になると、懇意の家の縁側で弁当を広げていた
土方弁当のような大きいアルミの弁当箱に真っ白いご飯が詰まっていて真ん中に梅干し、卵焼きや煮物も一緒に入れてあっておいしそうだった
お茶をごちそうになるので、手作りのおまんじゅうなどをお土産でおいていく

野菜の灰汁のとり方、煮方茹で方芋の煮っころがしの作り方、いろいろと教えてくれる
千葉は醤油の産地でもあるので、新しい醤油を小瓶に入れて持ってくる、漬物に使うのだが、その醤油がおいしくてそれがまた商売になっていく

野菜や卵や干物を売って、息子を大学に進学させるのだと話していた
東京って面白いところ、田舎の人情もあり、都会の冷たさもある。それが混ざって独特な人種を作り上げているようだ

言いたいことを平気で言うというマインドとここは言わないでおこうと内面に落としてしまうマインドがないまぜにあり、どこか複雑な人種でもある

快晴の続く江戸の町は今外国人がこの町に住む人よりはるかに多い




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

かしらの日めくり

2024年12月29日 10時36分46秒 | 日記
年の瀬の28日とか27日には正月飾りを鳶たちの手で作っていただく
前は頭手作りだったが最近は舎弟に移っている
この舎弟がいい
すっかり仲良しこよしで毎年趣向を凝らしてくれる

ここのところ新宿駅の再開発のため、西口あたりでの販売ができなくなったので、熊野神社境内での販売となり、そこで手作りするので手炙りしながら作品の完成を逐一眺めている

鏡餅を飾る趣向は見事の一言
これは頭の手による
小さな鏡モチにもそれなりの美しさがある

境内に行く前に味噌屋に立ち寄ったら、商店用の正月飾りが終わっていた
「これ頭のでしょう?いいねえ粋だわね」
「前はここにも大きな鏡モチを飾っていたんだけどね」
「そうだったわね見事だった」
「店の作りを今風にしたら、鏡餅の安定が悪くなっちゃったよ」
「やはりここらあたりの正月飾りは江戸の雰囲気が残っているわね」
「かしらがいいからね」
お互いに頭自慢して店を出る(笑)

「今年はどういうのにしようかな」
「お任せ」
ササさーとできていく
「ここの万両の結びめは隠さないとな」
「鶴がいい」
「おおー」

完成したところに赤坂からわざわざ立ち寄った深沢菜月さん
「うわー先生と同じの作って!」
「いいよ」

銀座にあった日本料理屋を閉めたので「かしらの門松」は今年はお休み、それでもきっぱりとした美しさに魅せられているので、赤坂のイタリア料理のお店には今年は和風のリースを飾るのだという

「いい年を」と頭の「日めくり」頂いて超ご機嫌のチャ子ちゃん先生
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

めでたく転んだ

2024年12月28日 09時45分26秒 | 日記
何十年ぶりかに転んだ
昨日は今年最後の整体院に行くべく30分の道のりを歩いていた
途中信号が7つある
いつものことながら信号の一番前にいないと気が済まない
たったったと人波かき分けて一番前を陣取る(バカだね)

最後の七つ目は一番長い信号つまり道幅が広い
そこに来て人の隙間をぬって一番前に陣取ったと思いきや
見事に転んだ!

ああ転ぶつまずいた!と思ったけど足にストッパーがかからない
最近特にそれを感じていた
弁慶の六方を踏むみたいにたったったと踏みとどまらなくなっていた
足の衰えか腰の衰えか

出かける時
「この靴は躓くんだよな、気を付けねば」
と自分に言い聞かしたのだが、靴の方はその独り言を真に受けて見事につまずいて見せた
左のほほ、左の膝、右の手のひらを擦りむいたようだが血はでていなかった
全開のハンドバックの口からスマホが滑って飛んで行ったが、親切な方が拾ってきてくださった
起き上がりながらにこにこ笑ってお礼を言うが恥ずかしい

幸い整体院はその信号を渡ってしまえば目の前なので、すぐ駆け込み
「コロンじゃった」
「あら厄落としね」

とさっそく骨のゆがみをいつもより丁寧に直してくれる
「咳がひどかったの?」
「痛い痛いいはー、そうですよ」
「未だ咳が出たりないのね、其れで転んだのよ」

咳は骨のゆがみを必死で直してくれるのだからどんどん出しなさいーーと
風邪は体の治療薬、ありがたいと思わないとねーーと
一年の骨のゆがみがこれで直ったみたい
ありがたや天才整体師

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする