カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

おばさんが帰って来ていた

2023-03-18 | 母と暮らせば

 おばさんがペルーから帰って来ていて、僕の家にも一週間ほど滞在した。母の妹で、82歳になる。彼女はシスターなので、まだ働いているのである(仕組みは僕にはよく分かっていないが)。それで8年ぶりに帰ってきたのだが、数年に一度長期休暇があるものらしい。日本に帰って来ると、杉並にある本部というところに基本はいるらしいが、せっかくだからきょうだいのところに順次遊びに行ったりする。その一つとして家にもやって来たということなのだろう。
 今となっては、母の言っていることのほとんどの真偽は分からなくなっている現状があって、この機会におばさんから話を聞けることは、たいへんに貴重なものがあると思われた。何しろもう、そういう機会はこれからもありそうにないし、母の話はさらに混迷を深めるだけのことだろう。
 それで久しぶりに会って様々なお話を聞くことができたわけだが、まず安心したのは、まだまだお話がかなりクリアなものだったのがある。話し出すと長くなる傾向はあるものの、一応のお話の着地点のようなもの、いわゆるオチがあり、基本的にユーモアに彩られている。
 母の話は既に知っているものばかりであるのだが、しかしその構成の在り方は予測不能であることもあり、何の話のつながりがあるのかも不明になっていく。要するに話すために話しているのであり、話しかける相手も僕の妻に向けたものであり(何しろ僕はちゃんと聞いていない可能性が高い)、なのでかろうじて話しかけてはいるものの、独語に近いものである。何かもとになっているものがあるのだろうとは思われるものの、内容については自分の都合によって妄想に彩られているものであって、事実は何一つとしてない。いくら何でもそれは違うだろうと思うのだが、そもそも僕の話であっても知らないことなので、何を言っても仕方がない。妻はそのすべてを既に知っているので(要するに何度も聞かされて細部まで暗記している)、対象となる人の名前などをその都度訂正したりして、相槌を打っている。そういう時間を延々と過ごすのが家での時間だと言っていい。
 おばさんの話で助かるのは、だから知らない新鮮な話であるばかりか、聞いていてオチまであるのだから、素直に笑ってもいいのである。こんな時間なんて家の中でそんなにあるものではない。さすがに長くなりすぎると僕は少しつらくなる時はあったものの、妻は熱心に聞き続けていた。
 しかしながら実のところ肝心の結論を言うと、母の言っていることの真意というか、その頃の事実らしいもののことは、やはりわからないことが多かった。叔母と母は9つも年が離れているし、おばの記憶は、生まれた場所よりその後引っ越した先からのことのようだった。また事情があって母も仕事で離れたりなどあるようで、その近所付き合いの人と親戚の人などは入り組んでいるようで、母の話している固有名詞の人がいったい誰なのかは、やはり確証的にはわかり得ないのだった。
 まあ、そうではあったのだが、今となっては何かわかったところで、はやりどうかなるような話ではない。分かっても、僕らだけが知っている事実であり、何か語り継がれる可能性のあるようなものでもないのだろう。もう新しい歴史が生まれることも無い訳で、そのようにして母の育った事実というものは、どこかに埋もれていくものなのだろう。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大食いは特殊すぎる | トップ | ウルトラマンの時代は良かったな »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。