カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ペンに束縛される人生

2020-02-20 | HORROR

 文房具マニアというわけではないが、文房具は好きかもしれない。特に筆記具に関しては、というか、ボールペンが好きである。格別高価なものを持っているわけでもないし、あらゆる書き味を試したわけでもない。しかしボールペンを使って文字を書いているだけで、それなりに快感のある場合もあるような気がする。文字を走り書きさせて、そのペン先のインクが紙に乗る状態に、いい感じを抱くというか。特に近年のボールペンの書き味は進化を見せていて、各社の書き味というものはそれなりに違いながら、僕の子供のころのそれとは、明らかに美しさとインクのノリが違うのである。まあ、その分インクの減りが以前より激しいようだが。
 そういうわけでインクが減ると、替え芯を買うことになる。しかしながら、これに多少の問題がある。それというのも、普段は基本的に三色など多色のボールペンを持っているからである。ほぼ黒が基本で文字を書いているようで、当然黒の替え芯の頻度が圧倒的である。だから黒をたくさん買っているのはいいのだが、そうやって替え芯をしながら使用すると、別の色だって減ってくる。だからめったに替えない別の色だって、時々買わなければならない。そうするとまた、黒をたくさん買って調整して、そのボールペン自体を長く使うようになる。近年のボールペンは耐久性もそれなりに優れているのであるが、数年単位で使用すると、取っ手のラバーの部分が、経年にともなって傷んでくる。そうすると、なんとなく書き手である僕の方の、負担が増えるような気がする。飽きも来るというのはあるし、実は予備のボールペン自体も、いつも持っているのである。そういう予備も時々使わなければならないというような強迫観念のようなものがあって、電話を受けた場合の机に常備してあるペンや、ポケットの手帳に書き込むときのヤツとか、広めのノートにアイディアなどを展開させる時用とか、単に机の抽斗に入れてあるものとか、鞄に入れてペンを忘れている人に貸すためのヤツとか(僕は自分の今使っているペンがなくなると、不安になって仕方ないので、人にちょっとペンを貸す場合でも、その短時間を埋めるペンを持っていたいと思っているのである)、とにかくいろいろのペンの替え芯をそれなりにストックする必要が出てくる。そうすると替え芯は残っているのに、使っているペンのラバーが破損して、使いたくなくなるということが出てくる。そうすると、この替え芯のために、新たにまたこの破損した方のペンを買い替えなければならないということになるのである。
 要するに、そういう具合に無限のループにハマるような感覚というのが、ちょっとだけ嫌なのである。もっと自由に生きていきたいものだな、と、思うだけのことなんだけれど。
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