カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

イヌイットを苦しめる人々

2019-02-13 | culture

 北米のイヌイットに、主にアザラシの猟で生計を立てている人たちがいる。ところがこのアザラシ猟に対しての批判や規制の波にさらされて、大変に困難な状況に立たされている。いわゆるアザラシの保護団体は、子供のアザラシをマスコットにして、豊富な資金を集めて、様々なアピールを国際的に展開している。実はこれ自体が商売になっていて(他の保護団体も似たようなものだけど。特にクジラなど)、保護運動などは安易に資金の集まりやすい構造(いわゆる現代のポピュリズムである)になっているので、保護運動をやればやるほどがっぽり稼げるおいしい商売になっている。一方でイヌイットの生計は大変な打撃を受けているというわけだ。
 ことは簡単ではなくて、イヌイットはアザラシの肉を食べるということだけで、生きていけるわけではないことだ。現代社会においてはイヌイットであっても、経済活動がなければ(いわゆる現金収入)生活が維持できない。アザラシの肉を食べるのはもちろんのことだが、アザラシの毛皮や骨の装飾品など様々なものを売ることによって、貴重な現金収入を得ている実態があるのである。
 もちろんこのことを鑑みてカナダ政府などは、北極のアザラシの生態調査などにイヌイットが協力することで、助成金を創設するなど生活資金を保護するなどしている。ただし、やはりその調査員などには限りがあるので、すべてのイヌイットに恩恵があるわけではないだろう。
 保護団体は、アザラシ猟の規制はイヌイットだけは免除しているので問題は無いという立場をとっているのだが、しかしながら毛皮の流通などは絶対的に悪だとして激しく批判する(それでまた金が集まる)。毛皮などが売られなくなる現状は絶対に無くならないのだから、ほぼ無限に活動はできるのだが、イヌイットの生活の先行きは細まるばかりなのだ。
 ただし、イヌイットも西洋人である。このような保護団体へのロビー活動に対して、激しい反論も展開している。日本のクジラ問題と少しばかり事情が違うのは、彼らはアザラシを食べない人々に対して、アザラシに関する商品を売らなければならないことなのだ。実際にイヌイットの生活様式もかなり様変わりしており、伝統的に純粋に猟を行いながらその地で生きていくことは大変に困難になっている。車はもちろん、電気の通った暮らしをしているわけだ。そういった生活様式は変化しながら、いわゆる伝統の文化を守るという観点だけでは、イヌイットはその地にいられなくなるのかもしれない。そうしてそのような生活を脅かしているのは、アザラシの赤ちゃんがかわいそうだという、イヌイットとは無関係な人々の感情なのである。現代人というのは、つくづく無知で残酷な人々のことのようである。
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