カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ゾンビふたたび

2008-09-25 | 雑記

 しばらく聞いてなかったようにも思っていたが、いつの間にかゾンビのように復活する血液型性格診断ブームであるようだ。何故か職場にはO型の本が置いてあるようで、昼休みなどにはワイワイみんなで回し読みなどをしている。その何故かはO型の人が持ってきたらしいことが後でわかった。何人いるか知らないが、ウチの職場は圧倒的にO型の人が多いらしい(パーセンテージまで知らないが)。しかし後になって熱心に読んでいるのはAB型の人で、同僚を観察調査しているのだろうか。まあ、面白いことが書いてあるのだろう。
 血液型と性格との因果関係が明確に定義づけられたことはないが、それにもかかわらず熱心な信者がそれなりに存在するのは何故だろうか。それもほとんど日本においてのみこのように普及するのは何か訳があるのだろう。いろいろそこのあたりについては議論もあることと思うが、ほとんど誤解のまま了解してしまう魔力も含めて、いや、そういうものを超える面白さが人々を虜にする要素としてとらえられ魅了してしまうのかもしれない。
 適材適所という考え方もあって、どのような人がどのような行動を(仕事)とるべきかという指針になると考える人も多いのかもしれない。田淵コーチのような人にはこれが真剣になり、本当に選手起用の材料にまでなっていたらしいから、ほとんど犯罪である。昔のあるある何とかというような捏造テレビ番組では、血液型を基に教育をする恐ろしい幼稚園があることが放映されていた。明かな洗脳で、将軍様も真っ青である。アナウンサーの梶原しげるなどは、目立つためには自分の血液型がAであることの不利に気付き、B型と偽証して仕事を増やしたということを告白している。なるほどその手があるのかとも思うが、偽装は偽装である。それほど社会的な病理は深く、ちょっとした遊びを逸脱するほど罪深いことになっているのが現実である。
 日本人において比較的少数派であるB型やAB型の血液型の人間のことが、少し悪く書いてあることも普及に大きく貢献したとも言われている。日本人の多数であるとされるA型の人全部が、几帳面で真面目だとされるところからかなり怪しいと思うのが客観的態度だと思うが、そうは思わない多数の人たちが共感したということなのであろう。なるほど、因果はなくとも共感が勝るというのは経済学的にも正しいようにも思える。誰もそうは思っていないことを含めて。
 何かのコラムで、これはマーフィーの法則と同じものだと指摘しているのを読んだ記憶がある。なるほど、それなら共感があって当然かもしれない。何の慰めにもならないが、たとえ現実が納得いかないものであっても、人は自分の所為にはしたくないものだ。本当に自分だと気付いた人は、かえって精神を病んでしまったりする。これは人間のもともと持っている防衛本能というか、まっとうな誤解行動ととるべきものなのかもしれない。
 テレビを見ていると矢追純一(懐かしい)が出ていて、相変わらずUFOと宇宙人であった。子供が見ているのでその有害性に嫌悪さえ覚えるのだが、その映像はなかなか面白いのは確かである。いや、はっきり滑稽で思わず笑ってしまったのだけれど、テレビの紹介の仕方にもフェイクがあって、最初は映像に驚きや感心するような顔をしている芸能人を映していたが、段々頭を抱えるように困った顔の知識人や芸能人を映すように画面が移り変わった。はっきりと矢追を裏切り馬鹿にしている。
 インチキというものはある程度は時代に淘汰される運命なのかもしれないとも思う。もちろん矢追純一は本当に映像を捏造(しているものを集める能力が高いのかもしれないが)するけれど、だまされるのは大衆である。いや、正確には受け入れたのではなく、欲したのかもしれない。そのニーズを提供していたはずの人間が、ニーズに適応できなくなったとみるならば、淘汰ということには当たらないのかもしれない。
 だとすると、血液型ゾンビは今後(未来も)も何度も復活するということはあるのかもしれない。残念ながら日本の集団の中には、まだまだある種のスケープゴートの欲求があるのだろう。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 性と愛の日本語講座 | トップ | ほんこーん »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

雑記」カテゴリの最新記事