カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

死というのはやはり軽くない   切腹

2013-12-30 | 映画

切腹/小林正樹監督

 傑作と名高い作品。なんかリメイクされたということもあってか、また見直されているのかもしれない。率直に言って、そういう感想もごもっともな、素晴らしい作品であった。みるみる引き込まれ飽きさせないばかりか、観終わった後も余韻にしばらく浸ることになる。場面の美しさもあるが、淡々と繰り広げられる会話そのものが、いかにも時代劇とサスペンスの見事な融合を遂げている。明と暗のコントラストの鮮やかさ、そうして動と静とを際だたせ方の見事さ。どれをとっても傑作の名にふさわしいものだった。
 最初から絶対絶命の立場にありながら、ちょっとばかりの語りの中から凄まじい過去の理由が明らかにされていく。貧乏な武士の家庭の落ちぶれていく様子の悲しさと、その窮地故の残酷な運命。切腹という題名からも明らかなように、まさに自ら腹を切らざるを得ない壮絶さは、気持ちの悪いというだけでなく深いトラウマになりそうな嫌悪があった。武士という立場のやりきれなさと恐ろしさ。そうしてそのプライドから展開される理詰めの嫌らしさ。最終的にはすべてか崩壊してしまうカタルシス。まさかこんな世界を見せられようとは考えもつかなかった。
 しかしながら考えようによっては、実に運の悪い人たちの話という気もする。その根源にあるのは貧困と病気だ。ささやかでありながら確実にあったしあわせが、ズルズルとどうしようもなく崩れていく。その先にあるのは、なすすべのない死以外に無いのだ。すがる思いで芝居を打った相手も悪く、もっとも最悪の選択をしてしまったと気付いた時にはすべてがあとの祭り。そうして起こる壮絶な復讐劇も、不幸の連鎖を生んでしまう嵐の様なものだ。もとはと言えば貧困が生みだした人間の悲しさ、ということも出来るのではなかろうか。
 人間は霞を食って生きる訳にはいかない。最終的には動物に過ぎない。しかしながら生きていく社会には理屈がある。ぜんぶ人間の作った作りものの理屈なのだ。しかしその作りものに縛られて生きている。生きていかざるを得ないのである。これほどの残酷なことがあるか。そういう思いも現代人は持っているのではなかろうか。まさにその理屈の上に切腹という行為がある。昔の武士の世界の特殊な事情と思っていたら大間違いである。現代人だって切腹という極端なことをさせられはしないものの、多かれ少なかれ似たようなことを課されている。その様な不条理に嫌気がさしている者にとっても、大変に意味のある映画なのではないだろうか。
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