カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

悪ぶっているけど本当に馬鹿なのか   ジャッキー・ブラウン

2018-01-24 | 映画

ジャッキー・ブラウン/クエンティン・タランティーノ監督

 実は二度目の鑑賞。一回目はもうずいぶん前だ。だからなんとなくしか覚えてなくて、ちゃんと楽しめた。さらに以前はそんなにこの映画の良さが分かってなかったところがあって、多少大人になっていい加減になった分、理解は深まったかもしれない。勘違いかもしれないが…。
 原作はエルモア・レナードの小説が元になっているようだ。そちらも未読。銃の密売人の手下のボーマンが警察に捕まる。今度の刑は重くなりそうで、量刑を免れるために自分が警察に売られると察したオデールは、保釈金を積んで保釈させたのち口封じに殺してしまう。しかし既に少なからぬ情報を警察に漏らしていたらしく、金の運び人であるスチュワーデスのジャッキーも現金輸送現行犯で捕まってしまう。そこでやはり司法取引を持ちかけられるのだが…。
 タランティーノらしい悪い奴らがたくさん出てくる。保釈請負人の男だけは少しまともそうで、しかし保釈されてきたジャッキーに一目ぼれしてしまって、彼女を助けようとする。黒人社会の事はよく分からないので、カセットテープで黒人音楽を聞いたりしてお茶目である。
 確かにアメリカ社会の中で黒人の文化というのはしっかりあるはずだが、日本に伝わってくるものはあんがい少ないような気もする。もちろん今はヒップポップのようなものが売れたりして、少しくらいはエグザイルのようなものの中に文化的に伝わっているとは思う。もちろんほとんど勘違いだと思うが、とにかく遠いものだし分かりにくいというのがあると思う。タランティーノは映画オタクだから、昔のエロ目的に作られた黒人もののB級映画をたくさん見たのだろうと言われている。そういう分野のスターがパム・グリアで、彼女を主役に据えて、そのような黒人映画を現代風に再現したかったのだろうと思われる。いくつもの思惑が交錯して妙なミステリ作品になっているけれど、雰囲気としての黒人感というのがビシビシ伝わってくる変な映画になっている。音楽だけはやたらにカッコよくて、そういう雰囲気だけで内容があまり伝わらないのだが。
 悪い奴らの馬鹿げた会話が延々と続くので、一体彼らの中で誰が一番賢いのかよく分からない。気持ちが通じ合っているのかどうかも、僕のような日本人には分かりにくい。馬鹿にしたりされたりして、時にはキレて暴走する。そういうのが面白いかと言われたら、タランティーノの悪ふざけ過ぎだと思わざるを得ない。それが好きで観ているのだけど、やっぱり本当には好きではないのかもしれない。タランティーノには頑張ってもらって、またパルプ・フィクションみたいな傑作を作ってもらいたいものだ。もう無理なのかもしれないけど、そういう期待だけで、また次作も観てしまうのだろうな。悲しい。
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