カワセミ側溝から (旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

嘘が向けられた方向があちこちに   Fake

2017-07-02 | 映画

Fake/森達也監督

 いわゆる事件後の佐村河内守の生活を追ったドキュメンタリー。日本のベートーベンとまで言われた人が、ゴーストライターを使ったペテン師だったというニュースは衝撃的で、僕にもその印象がすっかり残っている。それからいくらか時間が経過しているとはいえ、その渦中の人を今追って、どんなことが分かるのか。
 光がまぶしいということで、比較的暗い部屋の中で奥さんの手話通訳に答える形で森監督と会話を交わしている。ドキュメンタリー撮影中にも、他のメディアからの取材が来たりしている。テレビのバラエティでは、すっかり時の人として人気を博すようになった新垣氏が活躍している。雑誌にも着飾った新垣氏が映ったものを眺めている。一緒に曲を作ってきた人なのに、どうして彼はこんな嘘をつくのか「わからない」という。しかし彼はこのような活躍をしている。このようなことの為に、自分ははめられたのではないのか? ということらしい。診断書の正当性をマスコミは無視し、難聴であることは医学的にも明白であるのに、扱いは大変に厳しい。被爆者二世で、家族(父)もこの事件後友人を失ってしまったようだ。弁護士にも相談はしている。事件後多くの予定された公演会はキャンセルされ、損害賠償が請求されているようだ。そんな中、新垣氏とは相談が出来ず、著作権は明確に佐村河内氏側にあるという。今後弁護団もその方向で話を進めるということのようだ。
 見ていながら、これは何だろう、というもやもやが消えない訳では無い。障碍があるらしいことは見て取れるし、異常に豆乳を飲む姿に、性格的なものか、重圧のストレスのようなものも見て取れる。ベランダでたばこを吸い、猫を飼っている。特に何かをしている訳ではなさそうだが、奥さんの世話を受けて、ただ、その部屋で生活している。そうして最後には、唐突に扇情的なメロディのある曲をシンセサイザーで演奏する。事件後部屋が狭いという理由で楽器を手放していたが、突然創作活動に入ったということだろうか。それで映画は終わるわけだが、モヤモヤモヤっという感じか。こういう姿はあるんだろうが、ではどうしてやっぱりゴースト使って、最終的に裏切られたのだろう。それが答えとしてどうしても分からない感じなのだった。確かに一度マスコミ的に叩き落された人間の恐怖は描かれているが、そのために何をするのかがやはり分からない。やはり何らかの障碍はあったのだろうにせよ、そういうスタイルを使って生きて行く選択のようなことをしたのではなかったのか。それが営業スタイルだったとして、許されるかどうかも別にして、路線が違ってしまった後の影響の大きさに戸惑っているということなんじゃないか。
 いまだに奥さんがついておられるので辛うじてこのような選択の中生きておられるが、それが無ければ、やはり生活は破綻するだろう。その後の公的な支援が受けられるほどの状態であれば、佐村河内氏の生活は、また変わるのではないか。分からないが、そこまで分からなければ、やはりこの問題は晴れないという気もする。それはマスコミが悪いのか僕が悪いのか。もうそれすら分からないのである。
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2 コメント

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Unknown (ワイグラ)
2017-07-02 23:40:43
劇中で森監督が新垣隆氏の「著書」のサイン会に乱入するシーンがありましたが、この著書、佐村河内という人間に対する見方が抜群に面白いのです!
なぜか森監督、この著書の感想を一言も語らないのですよね。
「彼は完全に普通の人なのです。彼はなにかしら超然としたイメージを纏おうとしていましたが、それ自体が非常に凡庸な事なのです。」
著書のタイトルは「音楽という〈真実〉」!!
Unknown (マサアキ)
2017-07-03 06:23:14
劇中、新垣氏が何故うそをつくのか分からない、というスタンスでしたけど、観ていてそれだけでいいのかな、という疑問がずっと消えない感じでした。

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